妃乃里と買い物⑳ ー 初めての間接おっぱい

「……着けないんですか?」



「あ、いや、その~、俺としては麗美さんのほうが似合うと思うから着けなくても……」



「私としては奏ちゃんさんの方が似合うのではないかと思っています」



 どんだけ俺に着させたいんだよ…………。

 もう勝負みたいになっているんだろうな。

 どちらの意見が合っているかみたいな。


 麗美店員が男であっても女であっても、間接おっぱいなんていう難易度の高いことをこんなやすやすとしていいものなのだろうか。まあ、男にはおっぱいはないんだけども。ないんだけども、乳首が同じ位置にある以上、やっぱ意識はしてしまうぜ。間接的なおっぱい接触を。




 目を開けたまま顔を試着室の内側に向ける。


 その時、一瞬しまった!と思った。麗美店員は上裸なんじゃないかと思ったが、いつの間にか制服を着直している最中だった。


「奏ちゃんさんはそれを着てください。私はもう一つ同じものを売り場からとってきます。二人で同じものを着て比較しましょう」


「は、はぁ……」


 二人で同じものを着て上だけ下着姿の状態で見比べると……。



 ………………。


 

 それよりも、今、麗美店員がさささっと出て行ったが―――。




 ノーブラ……だったよな。



 だってその証拠に着けていたのであろうブラジャーはそこにあるもの。

 見ちゃいけないんだろうけど、目に入ってしまったのであればしょうがない。致し方ない。


 ノーブラでもいいんだよな、きっと。だって普通だったもの。特に恥ずかしがることなく、何の躊躇もなくフロアに出て行ったもの。



 麗美店員が男なのか女なのかというのはまだ判明していないが、女だとしたら、人目につくようなところでいつもブラジャーをしている人が突如ノーブラになって人目に触れると言うのは心理的にどうなんだろうかとふと思ってしまった。


 妃乃里みたいに見せつけるように胸をぶるんぶるん揺らして歩いているような人種は、そういう点では全く参考にならないが、やっぱりこう、何かノーブラであるということ、何も保護されずに上下左右に揺れるということにいつも以上に意識が行くのだろうか。



「持って来ました」


 

 はえぇな。

 売り場を知り尽くしているとはいえ、ものの数秒だったぞ。

 片手で数えられるんじゃないか?



「では私も着ますので……」



「は、はい……」


 

 麗美店員が躊躇なのかわからない間をとりながらも凛々しく話すその姿に、俺はたじろいで、たじろぎながらその細い指先がワイシャツの第二ボタンを解き放ち、第三ボタンに手をかけたところで再び反対を向いて壁とご対面した。ほぼゼロ距離で。


 

 …………聞こえる。


 ワイシャツを脱ぎ捨てている音が。


 ここで脱がないと、脱げない人に、自分で自分が着ている服を脱ぐことができない男子高校生というレッテルを貼られてしまう。


 もう麗美店員は女性下着屋の店員としての熱意、情熱を通り越して、意地、執念の域に来ているような気がする。


 もう止めることはできないだろう。少なくとも俺には。


 そういえば妃乃里は今何をしているんだろうか。

 ちらりと試着室のカーテンを開けて覗き見てみる。

 

 妃乃里はデパートの店のフロアと導線の境界あたりにいた。

 そこにもラックがあり、下着がかかっているのだが、そこに妃乃里の歩くたびに躍動感溢れるおっぱいを包めるようなサイズのブラジャーは置いてあっただろうか。

 それなりに通っているからわかることだが、確か無かったはずだ。

 結奈用のものでも探しているのだろうか。


 とりあえず、何も悪さもしていないようでよかった。

 逆に言えば、何かしだす前にここを出ないといけない。

 三女の中で最も快楽主義的な妃乃里は、何をしでかすかわかったものではないのだ。


 俺は腹をくくって、麗美店員から手渡されたブラジャーをつけることにした。

 つまり、間接おっぱいをすることにした。




 …………感じる。


 視線を感じる。


 背中に直接的なのか鏡を介しての間接的なのかわからないが、視線を当てられている……気がする。

 しかしそんな中でも決心した俺は服を脱いで上裸になり、両手で麗美店員から引き継いだブラジャーを両手で持つところまで来た。


 ブラジャーのつけ方は知っている。

 もちろんだ。

 逆にこの歳でこれほどまでにブラジャーを扱ってきた男など稀有だろう。

 毎日というわけではないけども、ほぼ毎日、姉たちの誰かしらにブラジャーを着させてきた。そんな無駄な自負があるわけで、今、この手に持つものをどうやって装着するのかは知っているのだ。


 ―――知っているのだ…………。


 ―――ふぅぅ…………。


 ―――へ~んしん!はっ!



 こんな掛け声でもしないとつけることができなかった。もちろん、心の中だが。


 背中に手を回し、止め具を調整する。

 

 

 

 

 ……着け終わりました。

 着け終わってしまいましたこんちくしょー。

 

 ……心がざわめく。

 

 姉達に無理やり着けられたことはあるが、自分でつけたのは初めてだ。

 なにか……こう……言葉にできない感情が俺の心の中でうごめいている。強大な俺何やってるんだ感が。



「できましたか?」



 麗美店員は俺の後姿にそう声をかえた。

 一人でできましたか?みたいに聞こえて、なんか子供扱いされているような感覚にもなる。動揺のしすぎで心が過敏になっているのだろう。

 ただ単に下着のプロとして言葉をかけてくれただろうに、それを子供扱いだのなんだの言う俺はそういうプレイを求めているのだろうか。



「はい……なんとか」


「ではこちらに来てください」



 こちらというのは、もちろん鏡の前だ。

 狭い個室の鏡の前に、二人並んで立った。肩がぶつかるかぶつからないかという距離感のもとで、俺と麗美店員は鏡に写った自分達を見比べていた。



 ……異様な光景だ。

 男一人と男か女かわからない女性下着屋の店員一人が、密室空間で同じブラをつけて鏡の前で並んでいる。鏡だからお互いがお互いを、そして自分をも一同に見ることができる。なんとも異様、異様以外の何物でもない光景が俺の目の前には広がっていた。




「奏ちゃんさんの方が似合っていますね」



 麗美店員が言った。



「いや、麗美さんの方が似合っています」


 ここで躊躇するのも失礼なので、俺はすぐさまそう言った。

 実際、すごく似合っている。

 俺と比べたら、麗美店員は華奢な体つきで、筋肉質でもないため、やはり女性に見ようと思えば見れるわけで、女性に見えるという時点で俺より似合っているわけだ。女性のための下着なのだから。ブラジャーというものは。俺は一応それなりに筋肉があるため、どこからどうみてもそういう趣味がある人にしか見えない。

 だから今鏡の前には、筋肉があまりついていない華奢な体つきの肌の綺麗な男か女かわからない人と、そういう趣味があるようにしか見えない男が上裸にブラジャー状態で鏡の前に立っているという異常にシュールな絵が今ここにある。



「……1対1、ですか。勝負はつきませんね」



 そうだろうな。俺は自分で自分の今の状態を似合うなんていったらもうそれは末期であり、きっと家に帰ったらそれが性癖にでもなってしまい、姉達の下着に手を出してはそれをつけて生活することになるのだろう。結奈はすごく怒りそうだな。沙紀は軽蔑し、妃乃里は結構気前よく貸してくれそうだが、カップがでかすぎてブカブカでスカスカになるだろうな。


 ………………何考えてんのじゃ俺はあああああああぁぁぁぁ!!!



「私達だけでは判断がつかないようなので、もしでしたら、お連れの方にどちらが似合うか決めてもらうのはいかがでしょうか」



 妃乃里に……か。



 妃乃里にこの姿を見せるのか………………?


 こんな姿を見せたら、すぐさま沙紀、結奈の耳に入り、未来永劫延々とこの話題を出され、変態扱いされたあげく着せ替え人形のように遊ばれるに決まっている。そして女装させられ、今後は女として生きて行けなんていうことをたやすく言ってくるに違いない。



「どうしますか?」



 矢で標的を射るように力強い視線を俺に送ってくる。



「……あぁ……まあ……はい。まあ、なんといいますか、俺達だけでは決まらないわけでどうしても決めるというのであれば適任はあれ以外いないわけで、その…………いいと思います」


 どうも麗美店員の圧に負けてしまう。妃乃里に大笑いされそうだが。



 本当にこの状況を妃乃里に見せるのか? まじで?


 やっぱ心の底からごめんこうむりたい気持ちが湧き上がってくるわけだが…………ちょっと試着室のカーテンを少しめくってみる。



 すると、妃乃里が全身をカラフルに着飾ったチャラそうな男二人組みに絡まれていた。

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