辻橋女子高等学校⑮ ― 見つめ合う時間が恋を育むというのなら、俺は他の人と見つめあいたい
…………チューブ?
沙紀の両手に何かはわからないがチューブを一つずつ手に持っていた。
俺を見つめながら手馴れた様子でそれぞれのチューブの蓋を小指を使って器用に外す。そしてそれぞれのチューブから反対の手のひらに中身を出し、再び蓋を閉める。ここまでを流れるような手つきでこなしたあと、いつもそうしてます感を出しながら二つのチューブを化粧台に置いた。
……なんだ今のスムーズな流れは!!!
いつも沙紀の化粧をしているのは俺だぞ!
なんだそのいつもやってる感満載の動きは!もはや誰だお前は!!
パンッ!
沙紀が両手を合わせ大きな音を立てた。
なんだ。何か練成する気か?とか思っていたら、手を合わせ、さっきチューブから出したであろうものを手の平でひねりこねる。視線は寸分たりとも俺の目から外さない。
「あの……。何をなさってますか」
………………。
返事がない。ただの屍のよう―――でもない。無言で活き活きしながら手をねりねりしている。ついでにいうなら無表情で。無表情で活き活きとしている。活き活きとしていると判断できるのは世界中で俺だけだろう。
「あの、何を練り練りしているのでしょうか」
「ようやく女性としての自覚がでてきたようね。言葉づかいが良くなった」
「いやそれは―――」
恐怖感といいますか、圧迫感といいますか……そんなところなのだが。
「……目を閉じなさい」
「な、なぜに?」
「目に入って痛い思いしてもいいのか?」
「いやです。いやですけど何をするつもり―――」
「じゃあ目を閉じなさい」
「……はい」
この女に情けなどない。やめてといってやめる女ではない。初志貫徹、頑固一徹―――やるといったらやる女で、それはいつでも一方的だ。
…………うわっ!
顔にベットリと塗られてる。
この感触、知ってる。
沙紀の休みの日で学校に行くのではない外出のときに、たまに使っているリキッドファンデーションだ。
化粧してる感がかなり強いため、学校に行くときには使っていない。いつも俺がしてやってるのだが、どうしてこんなに手馴れているんだ?
「あの、なんか陶芸のような……まるで俺が粘土を塗ったくられてこれから焼かれるんじゃないかと心配になってきたんだけど」
「それは気のせいだろう。それに「俺」なんていう男言葉使っちゃだめだ。女の子なんだから」
「いや女の子ではな―――」
「目をあけなさい」
今度は開けるのか。忙しいな。
目を開けると、沙紀が小さな容器の蓋を開けてそこに指先をつっこんでいた。そしてそれを宝石でも見るかのように光にかざし、チェックしている。
その指先に持つものは、コンタクトだ。うん。コンタクトにしか見えない。しかも青い。カラーコンタクトを一生懸命見ている。どうやら表裏逆だったらしく、ひっくり返している。
そのコンタクトをどうするのか―――俺はそんなことは考えていない。この状況なら論理的に考えて二択だし、この展開からしてどう考えてもどうせ俺が対象だもの。
そこに関してはもういい。思考しない。抗っても無駄に終わるから。それよりも俺が気になっているのは手をちゃんと洗ったのかということだ。拭いたのであればしっかり根気よく拭いてピッカピカにしてからコンタクトいじってるんだろうな?! 失明したらどうしてくれる!!!
「ねえ、姉御。そのコンタクトどうし―――」
「お姉様」
「は?」
「お姉様と呼びなさい。私のことは」
さっきから一体なんなんだ?
俺は姉御が通うお嬢様学校の生徒でもなんでもないぞ?
しかし今は何も言えない……抵抗できない……。
「はい……お姉様。で、どうしてコンタクト―――」
「目を開けなさい」
「……いや開けてる―――」
「もっと」
完全に入れる気満々だよこの女。
だって指をクイクイってして準備運動してるもの。
そして風を切るような勢いで前後に動かしてるし、その軌道、俺の眼一直線だもの。
そしてなぜだろうな。俺は自分の瞼に早く閉じろ!と命令しているのに、俺の神経の管轄外、肉体の外側からの強烈な力によって、俺の瞳は不本意にも沙紀の真剣に狙いすましたまなざしを受け入れざるを得なかった。
つまり、コンタクトを持っていない方の手で、沙紀は俺の目をこじ開けていた。
つまりあれだよね。俺の目に入れるつもりだよね、やっぱり。その小さい円形のプラスチック製品入れるつもりだよね?視力だけはいいんだけどなぁ~。だからそういう見えなくてもいいものも見せてしまう強制力のある人工物は必要ないんだけどなぁ~。どうしてそういうことしたいのかなぁ~~~~~~あああああぁぁぁぁぁ!!!
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