妃乃里②
コンコン――。
「どーぞー」
気だるい声を確認し、長女・妃乃里の部屋を入る。いつものことだが、この部屋を開けた時に真っ先に出迎えてくれるのが、どっから入手したのか分からないお香のどきつい匂いである。よくこんな部屋にいれるなといつも思う。そういえば、昔、くさやをみんなで食べたことがあったが、1人だけ平気な顔して食べていた。もしかして、鼻悪いのかな。
部屋の中は、ところどころに置かれた間接照明で照らされている。それだけ聞けば、そんなに珍しくもない一般的な光景だが、妃乃里の間接照明は、ライトの色が赤色とピンク色だ。そして、妃乃里自身は黒色ベースの所々に紫で刺繍が施された、ほぼ脚の付け根までしかないといっても過言ではない丈のネグリジェを着て、脚丸出しなのである。ブラもしていないのか、胸元が少し動くたびに揺れている。胸と腰周り以外の隠す必要の無い部分は、シースルーになっており、夕方の時のバスタオル1枚で歩きまわっていた暑そうな様子とは打って変わって涼しそうだ。
「どうしたの? こんな夜更けに。夜這い?」
妃乃里は床に座って足の爪の手入れをしながら、にこにこして腑抜けたこと言ってくる。姉に夜這いなんかして喜ぶ弟がどこに居るんだ。妃乃里は寝相が悪いからつぶされるだけだろ。
「まだそんな夜更けじゃないよ。まだ8時だよ」
「あら、そう? じゃあなが~い夜を一緒に楽しめそうね」
何する気だよ。まだやらなきゃいけないことがわんさかあるんだが。
「いや楽しまないから。それよりさ、パンツちょうだい」
躊躇なく言えてしまった自分が気持ち悪い。
最初から難易度の高い沙紀を攻略したせいか、もう恥ずかしくもなんともない自分がそこにはいた。
沙紀とは違い、妃乃里は気むずかしさとは無縁の、柔和な性格なのでだいたいのことは許してくれる。だから、おそらくすんなりとくれると思う。
展開としては、一緒に引き出しの中を見て、「どのパンツにする?」なんて言う会話が繰り広げられるのだろうと予想している。
「パンツ? 欲しいの? いいわよ」
やはり。思った通りすんなりいった。
いや、だめだろ。思った通りでは。意外性を探るためにやっているのに、これでは目的が達成されないじゃないか。
妃乃里はペディキュア塗りをいったん止め、その場で立って腰のあたりに両手を据えると、そのままむっちりとした脚に這わせて手を下ろしていく。
「はい、どうぞ。奏ちゃん?」
黒いレース生地の使用済みパンツを左手中指の腹に掛け、妃乃里は俺に見せびらかすように持ち上げた。
「………………」
絶句とはこのことか。
そうか……。そういう解釈もあるのか……。
パンツを頂きに上がったら、その場で履いているパンツをくれるという俺にとって意外な事態が起こりましたけども……。
考えてみれば、これは妃乃里の意外な一面というより、最もな一面かもしれないな。
とりあえず言えることは……姉の使用済みの生パンいらねーよ! 洗濯籠かゴミ箱行きだよ!
「……一応聞きたいんだけど、どういう意図で今の行動を取ろうと思ったの?」
「え? だって奏ちゃんがお姉ちゃんのパンツを使って何かするっていうから」
「言ってねーよ! 何かってなんだよ! それに、なんで使用済みを渡すの?」
「だって使用済みの方が効果ありそうじゃない?」
「なんの効果だよ! 何に対する効果だよ!」
「もう。急に来てお姉ちゃんの生パンツが欲しいっていうから大サービスしているのに~。なんなの~? その言い草わ~。お姉ちゃん、ちょっとプンプンしちゃうかも知れない~」
パンツを持ったまま胸のあたりで腕を組む妃乃里。胸が腕で持ち上げられて、谷間が強調される。その左腕の先には脱ぎたてのパンツがぶら下がっており、妃乃里はぷんすかしてるのか、片頬を膨らませて軽く地団駄を踏んでいる。
パンツがそこにあるということはノーパンということか……? どんだけの痴女が俺の目の前に立ってんだよ!
「いや、生はつけてないから。ただのパンツだから」
実際、生パンツってどういう意味なんだ? 今の話の流れからするに使用済みパンツがそれに相当するようだが。
「生じゃないの? いいの? それで。男として」
「いや……うん……。とりあえず生じゃなくていいです」
生パンツに関しての疑問は、とりあえず胸の内に秘めておいた。プンプン状態だし、これ以上プンプンされてはパンツがもらえない。
……いや、違うぞ。目的が違うぞ。目的はパンツをもらうことではないぞ。意外性を見つけることだ。
しかし、どうやら妃乃里の場合は、この方法では意外性を見つけることはできなさそうだ。
使用済みパンツを渡してくるという常識外れのとんでも行為は、意外な一面ではなく変態な一面のため、カウントしない。
「はぁ……。我が弟ながら情けないわね。草食系極まれりとはまさにこのことね」
妃乃里はそう言って指に引っかけたパンツを振り回す。
ちょっとふてくされている顔がこの状況の異常性を増大させている気がする。
こんなことを平然とやってのけるうちの長女だが、少し昔を思い出すとやっぱり違和感がついてまわる。
1年前にこんなことをやられたら目を疑っただろう。精神科に連れて行ったかも知れない。
もう、パンツでは妃乃里の意外性を引き出すのはできない――そう判断した俺は、性格上の意外性を知ることをやめ、前から聞きたかったうちの家族最大級の謎である妃乃里の変化の秘密を解き明かすことに目標を変更することにした。
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