妃乃里 編
妃乃里➀
うちの長女、妃乃里は、一言で表現するならば、素直だ。
暑ければ脱ぐし、寒ければ暖房の前を占領する。長女が暖まるだけで、肝心の部屋の中が全く暖まらない。
沙紀がそれに苦言を呈し、結奈が暖房の前からどかそうと引っ張る。しかしその精神攻撃、物理攻撃を持ってしても、妃乃里は微動だにすることはだいたいない。自分の体が寒いから暖める――己の欲求に忠実な証だ。
昔……といってもほんの1年前くらいだが、妃乃里は変わった。今でこそ肌の露出に関して包み隠すことなく、むしろ積極的に見せびらかしているが、前は今と打って変わって心を閉ざさないまでも大部分の肌を包み隠していた。高校生活3年間の間、黒いストッキングを毎日着用し続けた長女は、一部のストッキングフェチから絶大な支持を集めていたらしい。炎天下の真夏でも履いていたのだから、やはり目立ったのだろう。
もともと妃乃里は、恥ずかしがり屋だ。めがねをかけて、髪は2本のお下げでまとめていたその姿は、さながら学級委員長だったが、そういった目立つような役職には一切就いたことがなかった。大人しく、控えめで、愛想がよかったから友達にも恵まれ、平和に高校を卒業した。
ここまで話していると家でもいい姉なのではないかと思うだろうが、外面と家面は一致することなどほぼないのだということを、俺は女の子と付き合ったこともないうちから理解している。
長女は家に帰るなりお下げをふりほどき、眼鏡を取る。眼鏡は伊達だ。なぜかけているのか聞いたら、「いろいろと都合がいいの」とのこと。その「いろいろ」を掘り下げること無く「ふーん」で済ませておく。その流れで、服を1枚1枚歩きながら廊下に脱ぎ捨てていく。制服を全部脱ぎ捨てた頃にたどり着いた先には、部屋着がハンガーに掛かっているのだ。もちろん、それを準備するのは俺であり、その脱ぎ捨てられた制服、ワイシャツ、スカート、時にはブラジャーまでも、拾い集めるのは帰ってからの俺の一仕事になるのだ。
妃乃里はすごく冷たいとか、態度が悪いとか、意地悪をするとかそういうことは一切ない。悪意が無い。ただ、素直なんだ。
例えば、妃乃里がホットケーキを食べたくなって、自分で作り始めたことがあった。しかし、数分後、
「ねえ、奏ちゃん。あたしね、なんかホットケーキ食べたいけど作りたくなくなっちゃう病になっちゃったみたい。助けてほしいな」
こんなことを言ってくる。他にも、
「ねえ、奏ちゃん。もうなんかあたし、家までもうちょっとだから歩きたいけどなんか歩きたくなくなってきちゃった病にかかったみたいなの」
「なくなってきちゃった病」ってなんだよ。なくなるまでとりあえず歩けよ!
このように、長女妃乃里は、様々な病気を持っている。病気になっちゃった発言は、俺に「やってほしい」という意味であるのは言うまでも無い。
高校卒業後、看護師になりたいらしく、看護専門学校に進学。自分の世話もできないのに人の世話なんぞできるのか!(怒)という疑問は、もしかしたら世界で俺の心にしか思い浮かばないかも知れない。
外面はいいみたいで、各方面から「しっかり者」としてご好評をいただいている。各方面というのは、学校、近所、その他ストッキングフェチや、ボインフェチなどの変態の方々等を含む。それなりにしっかり者としての振る舞いをしていたものだから、周りから見れば責任感のある仕事というのはしっくりきたのかもしれない。周りはどうあれ、今でも俺が帰ると、玄関から1歩歩くごとに服を1着拾っていることはとりあえず言っておく。
そんな長女であるが、専門学生になってしばらくしてから、どうも様子がおかしくなった。一番変わったことは、前にも言ったが、露出が激しくなったことだ。なぜその変化に至ったのかは、変化を間近で感じられる身分の弟でありながら知らない。
まあ、そんなことはどうでもいい。
俺は自分の人生を切り開かねばならない。
とりあえず、長女、妃乃里のパンツを貰いに部屋をノックする――。
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