辻橋女子高等学校④ ー 弟のジュニア

 真の姉―――偽者、偽りではなく正真正銘血のつながった真の姉だと思っている沙紀に、視線を落とされ、俺が必死になって隠している部分に向かって真の弟宣言されているこの状況…………。






 ―――もしかして…………






 ――――――俺の本体はコレなのか…………?





 人生を終えるまでにどのくらい人的ないし心的な熱膨張と萎え収縮を繰り返すかわからないイキり立つことしか能のないこの体のど真ん中にあるこの一物に対して、実の姉がそれを真の弟と称している現実が俺の目の前にある。ということは俺の本体はやはり………………。




 いやいやいやっ!!! ないから! この長い肉塊の中から小さいおじさんがひょっこり出てきて、「実は君はアンドロイドじゃったんじゃよ。わしが全部操ってたんじゃ」とか言われる展開ないから!



 この毎日の使役と罵声の狭間で生き抜いてきたこれまでの俺の努力が、乗り越えてきたものが誰かに操られて得たものだったなんていうのはたまったもんじゃない。それは俺が残した結果であり、成果であり、思い出なのだ。




 まあとりあえず沙紀が今ここにいる理由は、真の弟を観察したいらしい。視線はいまだ下がったままだ。ただ一点を物静かに見つめている。表情は特になく、まさに観察という言葉が似合う。


 


 ああ…………。


 沙紀も妃乃里の影響か知らないけど、生徒会長とかやってるしな。







 …………疲れてるんだろうな。きっと。



 人は疲れてると普段しないような突飛な行動をとったりするとかしないとか。でもその突飛な行動をとる上での行動要因というのはきっとあるはずで、深層心理に眠らせていた自分の欲求がここぞとばかりに花開いたということもあるのだろうか。


 もしそれが今この状況に適用されるのならば、沙紀の深層心理には男のアレ……もとい弟のアレ……もといもとい真の弟がうごめいたということになる。


 

 世界中で暗躍する思春期真っ只中男子高校生が、ちょっとした出来心で姉のシークレットなところをついつい覗き見てしまうということはありそうな気がするが、その逆なんてこともあるのか。ましてそんな当たり前のように言われるレベルの日常的かつ常識的な普遍性は持ち合わせていないと思うが。


 ……まあいい。それはいいとしよう。問題はそこではない。


 一体何を目的で覗いていたのか―――今重要なのはその一点にある。


 事実、視線は現在進行形で俺のど真ん中に注がれているわけだが、それは今注がれているのであって、それが覗く目的かどうかはまだ決まったわけではない。沙紀はあくまで『真の弟』を観察するために覗いていると言っているのだから、その真の弟というものが何なのかによって、この状況は一変する。



 ……そうだ。まだ可能性はある。



 実は俺はかなり焦っている。


 それは焦るだろう。寡黙系、真面目系、正論系など、クールなイメージで称される当家の次女が、まさかちんち……いや男性の股間からにょきっと生えてブラブラとぶらさがっているアレに瞬きをせずに熱視線を注ぐような事態になっているのだ。逆に焦る以外にやることがあるだろうか。いや、ない。ぜんぜんない。


 

 俺は、……まあ可能性として考えればごくごくわずかなものだろうが、沙紀が今ここを覗いている真の目的について、迫りたいと思う。




「……あのさ、姉御。真の弟を観察したいってことだけどさ、一体全体さ、その真の弟やらは何なのかな。俺のことだよね? 俺でいいんだよね?」



「何なのかと聞かれれば、それはお前の……そうだな。俗に言うジュニア……という他ないだろうな」




 アウトォーーー!

 

 アウトですこの人ーーー!



 

 ほぼ直接的と言っても過言ではないギリギリの間接表現を使ってくるとは、さすがは沙紀といったところか。



 やっぱりそうか…………。

 うちの次女も年頃かーーーーーー!


 そうだよな。女子高生も思春期真っ只中だもんな。興味の中心はソコということか。いまや思春期は二十四歳まで説も流れている昨今。それだけ伸びたということは、思春期をこじらせる確立も上がるというものだ。頭の中がHなことでいっぱいなのは男も女ももしかしたら変わらないのかもしれないな。


 なんせ沙紀の学校には男がいないからな。教員にも当然のようにいないらしいし、男性のイメージがある用務員ですら女性だそうだ。徹底的に女子女子した環境に創り上げた学校に沙紀は通っている。となると生活の中で接触する男性は俺だけの可能性もある。さすがに俺一人だけではないだろうが、指折りの一人であることはほぼ間違いないだろう。



 間違いないだろうけども……けども! 


 けどもさっ!!!




「……なんで見たいのかは聞いてもいいのでしょうか。弟のジュニアを」



「ん? どういうことだそれは。姉が弟のジュニアを気遣う―――その行動に理由などいるのか? 弟がしっかりとたくましく健やかに猛々しく成長していること以上な姉冥利につきることはないぞ。姉としての弟管理の一環といったところか。まあ、そこはかとなくジュニアに対する好奇心がないわけではない。自分にないもの、持てないものに好奇心が膨らんでしまうのは、それはまた私も慎ましくも順調に淑女としての階段を上っている証拠と言えよう。そうは思わないか?」

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