たまにはボケない日常を満喫したい
サファイアの護衛になって一週間。
今日も朝からサファイアの稽古を見ていた。
今はピアノだ。次はダンスだっけな。
「うまいもんだ」
エメラルドさんも楽器が上手いらしい。
なんでもピアニストとエステティシャンを兼業でやっていたことがあるとか。
「今日のお稽古はここまでです。お疲れ様でした」
「ありがとうございます。もう下がってよい。また頼むのじゃ」
「はい、失礼いたします」
お姫様モードだ。どこか気品とか威厳がある気がする。
「マサキ様、私の演奏はどうじゃ? 悪いものでもなかろ」
「素直にうまいよ。王族ってみんなこういうのできるのか?」
「嗜みじゃ。マサキ様は何でもできるわけではないのじゃな」
「普段の俺はごく普通の一般人だよ」
稽古の先生が去ってもメイドとかいるので、ずっとこの口調だ。
これもサファイアの一面だし、別にどうこう言う気はない。
割と嫌いじゃないしな。
「お茶をお持ちしました」
メイドが紅茶を運んでくる。普通にメイドがいるのだ。
しかも俗っぽい派手な媚びたやつじゃない。マジのやつ。
「すまんのう」
「いただきます」
当然だがすべてが高品質だ。出てくるものが全部うまい。
「こういう生活も悪くないな」
「ごく普通の一般人には似合わんがの」
「なら今のうちに楽しむさ」
「もうしばらくで帝国との戦いになるじゃろう。どんな形で行うにしろ、激しいものになる」
「さっさと終わらせよう。できる限り安全にな」
休憩終わり。次はダンスのお稽古に行く。
当然俺もついていくわけだ。
社交ダンスみたいなものを、音楽に乗せてやっている。
「もっと優雅に。せかせかしない」
先生から指導が入る。
結構難しいんだな。こんなんめんどくさいだろう。
王族も大変だ。金持ちに生まれた時点で一般人より格段にいいが、それでも苦労はあるもんだなあ。
「では休憩に入ります」
しばらく座って休憩。水の入ったグラスを渡してやる。
「すまんのう。ふう……見てないでおぬしもやるのじゃ」
「めんどい。できるわけないだろ」
「練習あるのみじゃ」
「これ以上変な目立ち方したくない」
まず間違いなくダンスの相手はサファイアになる。
まあ悪目立ちしますわな。地獄かな。
「あれだけわけわからんことしおって、目立ちたくないは通用せんじゃろ」
「俺はああしないと戦えないの」
「そもそもどういう戦闘スタイルなんじゃ? 流派は?」
「あれはボケ。流派はない」
「ぼけ?」
「好き放題ボケ倒して、ノリと勢いで突っ走る。それに敵を巻き込んで倒す。だから特定の流派っていうか戦闘術じゃないぞ」
「意味わからんのじゃ」
でしょうね。そんなもんで救われる国と倒される敵かわいそう。
「戦っているのを見たのだって、こっちじゃサファイアとエメラルドさんに、アリアと……兵士がちょっと見たくらいか?」
「そうじゃな。ここにいるものも知らんじゃろ?」
遠くで控えているみなさまが頷く。
だから最初は不審者扱いだったな。
アリアと一緒に行動して、最近ようやく警戒されなくなった。
「つまり剣とか使えんのじゃな?」
「ボケればいける。素なら無理」
「極端じゃのう……」
極端だねえ。事実上の不老不死かつ無敵みたいなもんだし、助かっちゃいるんだけどもさ。
「今も剣持ってないだろ」
「非常時にどうするんじゃそれ」
「そのへんに畑出して、ゴボウでも引っこ抜けばいい」
「突然何を言うとるんじゃ」
めっちゃ呆れ顔ですよ。すげえ冷たい目で見てきますねサファイアさん。
「何言ってんだろうな。でもそれで邪神とか殺せたし」
「そんなはずが……いやいや邪神? 邪神がおったのか。前もそんなことを言っておったな」
「別の場所を旅していた時にな」
「面白そうじゃ! もっと聞かせるのじゃ!」
一転して笑顔だ。新しいおもちゃを見つけた子供みたいにはしゃいでいる。
「面白いかどうかわからんぞ」
「ほぼ城から出られぬ。そういう話は貴重なのじゃ」
「姫、そろそろお稽古を再開しますよ」
話し込みすぎたな。家庭教師によりストップがかかる。
「失礼、ちょっと話しすぎましたね」
「いいえお気になさらず。いい気分転換になっているようですから」
「うむ、ではもっと気分転換をじゃな……」
「いけません。エメラルド様からもレッスンは厳しくと仰せつかっております」
露骨にしょげている。感情の起伏激しいな今日。
「がんばったら後で話してやる」
「よし、約束じゃ!」
これはこれで平和だ。
俺の求めていた日常とは少しずれたけど、こういう時間もいいかもしれない。
もうしばらくゆっくりした時間を堪能しよう。
「はいそこでターン。いいですよ。ご褒美があるとやる気を出しますね」
「無論じゃ!」
「なくてもがんばれ」
そしてダンスが終わり、軽装に着替えて剣の稽古に行く。
宮殿と道場の中間みたいな部屋だ。トレーニングルームってこういう感じかな。
「じゃあがんばれ」
「おぬしもやるのじゃ」
「断る」
「そこはやっとくべきじゃろ。いざという時に困る」
「そうだぞマサキ殿」
監督はアリア。俺は見学していたい。切実に。
「といってもなあ……最初の頃に重すぎて買うのやめたくらいだぞ」
「リクエストはあるか? なんでもあるぞ! 私の武器コレクションを貸してやろう!」
壁には剣・槍・鎌・鉄球・ハンマー・円月輪・蛇矛・ムチなど多彩な武器がある。
「よくまあこんなに集めたな」
普通の剣を右手で持って振る。やはりしっくりこない。
「よいしょっと……これなどどうだ? ドラゴンすら切り殺せる大剣だ」
アホみたいにでかい剣を持ってきやがった。
左手で持って軽く振ってみるも、型とかわからないのでかっこつかない。
「ダメだな。本職に勝てる気がしない」
隙がでかくなるだけ。真面目に戦ってもしょうがないし。
「…………それは片手で持てる武器ではないぞ」
「力持ちじゃな!」
「そうか? 冒険してたからかな」
冒険の中で自然と体力がついたか、ボケに耐えられる体になったのか。
後者だったら嫌だなあ。前者だと思おう。それで決まり。
「ボケしてた?」
「その聞き間違いはNGだ」
「そういえば邪神の話を聞いておらんのじゃ」
「はいはい、稽古の後でな」
「いい心がけだ。ではマサキ殿の剣はこれにしよう」
ごく普通の剣を渡される。
刃先が丸まっているタイプか。訓練用かな。
「俺は剣士じゃない。ただのボディガードだ」
「それでは困る。最低限の基礎はできて損はないぞ。健康にもいい」
「うむ、きっとやればできるのじゃ」
「お前は犠牲者を増やしたいだけだろうが……いいけど本当に知識も経験もないぞ?」
「問題ない。これでも剣の道は十五年を超えている。初心者に教えるくらいはできるのだ」
「そら凄い」
結局持ち方から振り方、重心とか基礎的な構えを教わり、最後に素振りをやらされる。
「ほう、筋が……まあ普通だな」
「そこはいいと褒めてくれ。やる気が減る」
「そうじゃそうじゃ」
「すまない。本当に素人なんだな。師匠や剣士の仲間はいないのか?」
「いない。最近までめが……ガイドみたいなんと二人旅でな。そういう機会はなかった」
剣は素人なのに、ふざけ倒せば師匠を倒せるやつを弟子にしないだろ。
辛い修行とか乗り越えられる気もしないし、手っ取り早く強くなれりゃいいんだよ。
強さは手段だ。責任とか義務とか、そういうしょうもないもんを無視できるくらい強けりゃ自由に生きていける。
「本来そこが異世界チートの醍醐味だよなあ……」
「どうした? 手が止まっているぞ」
「へいへい」
「二人旅と言ったな。その人は強くないのか? どうしている?」
「それは気になるのう」
女神ユカリのことを思い出す。
まだほんの少し前のことなのに、ずいぶん懐かしく感じた。
「かなり強いぞ。一緒に旅する目的が解決してな。それぞれの道を選んだ。それだけだ」
本当に感謝しているよ。
こんな能力だけど、異世界で生きていけるのは紛れもなくユカリのおかげだ。
異世界のこと、女神のこと、女神だけの上位世界があること。
旅の途中で話し相手になってくれた、唯一の存在だ。
「感謝しているし、あいつはしぶとく生きていけるさ」
「大人な感じじゃな」
「うーん……そうでもないんだけど……まあいいか」
そして休憩。健康的に汗をかくのは久しぶりかも。
少し疲れた。サファイアと一緒に水飲みながら座る。
「サファイアの方が剣の腕がいいな」
「年季の違いじゃ。お母様の才能も受け継いでおる」
「マサキ殿も今日からにしては悪くない。基礎体力はあるようだ」
「だといいけどな」
ひとしきり休憩が終わり、さてどうしようかと思っていたら、アリアから声がかかる。
「マサキ殿、よければ私と戦ってはもらえないだろうか」
「なんだ弱い者いじめか?」
「違う! そもそもエメラルド様より強いだろうが!」
「むやみに戦いたくない」
俺は戦闘狂じゃない。こんなんめんどい。
「剣でどれだけ戦えるか確かめたいのだ」
「だいぶボケの範囲を狭められたな」
「私のコレクション貸す。これなど伝説に近い業物だぞ」
刃がギザギザの刀みたいなやつを出される。柄に美しい細工付き。
「お前武器マニアか」
「趣味と実益を兼ねている。武器はいいぞ。強くても美しくてもいい。そのせめぎあいもまた素晴らしい」
「アリアはこういうところがあるのじゃよ」
「なるほどね。じゃあ武器の話でも聞くか? 正直疲れたから今日はボケずに終わりたい」
「それは却下だ」
なぜですかアリアさん。そこはOKしましょうって。
一日くらいいいじゃん。俺だって平穏な日常とか欲しいんだよ。
「失礼します!」
騎士団の人が来た。よっしゃいいタイミングだ。
「姫、アリア隊長、マサキ殿。隣国との会議のお時間です」
「なんだそれ?」
「帝国への対策会議だ。今回は同盟国であるギャンゾックとだな」
「俺はどうする?」
「姫の横で控えているというのは」
「各国のえらいさんがいるのにか?」
「よいよい、来るのじゃ」
強引に行くことが決まった。
妙なことにならなきゃいいが。
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