異世界チートVS女将奥義

 旅館の女将が、客だったケンファーという男と逃げた。

 しかも御神体持って。これは最悪だぞ。


「どうする? 追えるのか?」


「一応こっそり全員に発信機付けときました」


「ナイスユカリ!!」


「凄いです女神様!」


「素晴らしいですなあ!」


 これで追跡できる。早速旅館を出て反応を追う。


「まったく……終わったら風呂に入り直しだな」


「無駄な汗かいちゃったわ」


「この先には何がある?」


「大きな公園があって、その中央にご神体を置く台座があるって」


 なんとサファイアから答えが返ってきた。

 このあたりに詳しいとは思わなかったが。


「さっき御神体をどう使うか、旅館の人に聞いておいたの」


「いい仕事だ」


「ここは通しません!」


 なんか知らん女たちが足止めしてくる。

 武装しているが、どいつも見たことがないな。


「美形怪盗ケンファー様親衛隊! ここに参上!!」


「なんだそりゃ?」


「騎士団記録によると、美形怪盗は女性を魅了し、現地に潜り込ませてアシスタントにするらしいですな」


「なーるほど、小賢しいやつ」


 女将もアシスタントだったわけか。ちょこざいな。


「ケンファー様を悪く言うな! 全員突撃!」


「どうするの?」


「どうせ悪人だ。片っ端から倒す。必殺異世界チート! 美形の肖像!」


 俺が美形へと変わっていく。研ぎ澄まされた刃のように伸び、とがる鼻。

 比例するように伸び、日本刀のような切れ味を持ったアゴ。


「美形キツツキアタック!!」


 鼻とアゴの連続刺突。光速を超え、俺は光よりも尖った美形になった。


「いやああぁぁ!?」


「きも、うげあああぁぁ!!」


「こんなやつにいいぃぃぃ!!」


 親衛隊とやらは全滅した。やはり正式な戦闘訓練を受けた連中じゃないな。


「これが武田騎馬隊のキツツキ戦法だ」


「絶対違うよ!!」


「お見事ですぞマサキ殿!」


「この人たちは地元騎士団に渡しておきます。急ぎましょう」


 公園が見えてきたところで、俺たちの前に女将が立ち塞がる。


「現れたわね、女将さん、あなたの正体は知っています。おとなしく観念しなさい!」


「私は止まらない。ケンファー様とともに、この世界を怪盗の支配下に置く。そのために生まれ変わった私はそう、ゴッド女将!!」


「時間が惜しいわ。フリージングバレット!!」


 サファイアの氷の弾丸が、女将めがけて飛来する。

 質も数もかなりのものだ。対処できるはずがない。


「無駄よ!!」


 溢れ出す光によって、氷が打ち消されていく。

 明らかに女将とは別の力だ。


「言ったはずね。私はゴッド女将。あの方の隣に立つ女神となったのよ」


「なるほど、女神と女将は似ている。そういうことだな」


「どういうことよ!?」


 サファイアは困惑しているが、女将は理解しているようだ。


「そこに気づくとは、流石は英雄マサキ」


「なんという洞察力。英雄とはすさまじいものですな!」


「ここバカばっかりか!!」


 どういう経緯かは知らないが、あいつはちょっぴり女神の力を手に入れている。

 これはちょいと面倒なことになるな。


「その力、怪盗とは別に黒幕がいるはずです」


「知りませんねえ。私の心はケンファー様のもの。これはあの方から頂いた力。それだけわかれば十分です」


「ユカリ、あれ原因わかるか?」


「解析してみます。しばらくここを離れても?」


「かまわん。女神スペースに戻れ」


 女神には、全世界を監視できる特殊空間が与えられている。

 そこに勇者呼んで説明したり、チートくれたりするのだ。

 そこならデータもあるだろう。


「ではお任せします」


「あら、消えた? 逃げたのかしらあ?」


 女将に時間をかけるわけにはいかない。さっさと倒させてもらうぜ。


「お前の相手は俺たちだ!」


「いくわよ! フレイムドライバー!!」


 炎のビームが女将に当たる。だがまとわりつく光が、女将の体を守っているようだ。


「この光はオートで私を守る。矮小な魔法で破れるものではないわ。女将奥義!」


 何か仕掛けてくる。そう思った時には、女将は客用の配膳セットを持ち、上に料理を乗せたまま、高速で突っ込んできていた。


「配膳ボンバー!!」


 さらに俺たち全員の前に、小さな鍋セットが運ばれた。


「しまった、足場が!」


「マサキ殿! この鍋!!」


 ムラクモさんが開けた鍋の中には、がっつりダイナマイトが入っていた。


「うおおおぉぉ!?」


 自分の足をスプリングに変えて、爆発寸前で空高くジャンプ。

 なんとかサファイアも連れ出せた。


「ありがとうマサキ様!」


「姫! ご無事ですか!」


 ムラクモさんも自分でジャンプしていた。やはり騎士団長。できる。

 そこで俺たちに影ができる。なんだ、急に曇ったのか?


「これは……白い……雲?」


「女将奥義! 布団を敷いて差し上げます!」


 白い雲がどこまでも伸びている。

 地面にもあるようだ。まさか布団かこれ。


「さあ、永遠の眠りにつくがいい!!」


「逃げろ二人とも!!」


 二人を布団の範囲外まで投げ飛ばす。


「マサキ様!!」


「いかん、マサキ殿!!」


「俺のことは気にするな! 必殺異世界チート!!」


 発動と同時に、俺は巨大な布団に挟まれ、眠りへと誘われた。


「クックック……まずは一人。英雄マサキ討ち取ったりいいいぃぃ!!」


「マサキ様ああああぁぁぁ!!」


「呼んだ?」


「横にいるうううぅぅぅぅ!?」


 無事サファイアの横に生み出されたようだ。


「バカな!! 確かに布団で包み込んだはず!」


「ああ、今もぐっすりだぜ」


「どういうこと?」


 布団に寝転がり、安らかな顔で眠る俺がいる。


「お前の奥義は確かに強かったよ。だが、俺を眠らせたのが間違いだ! 配膳ボンバー!」


 女将の周囲にお膳を並べていく。


「そんな!? 私より速いですって!?」


「それだけじゃないぜ。食事もより高級な食材だ!!」


「そこいる?」


「自分にはわかりませぬ」


 爆発が起きるも、やはり女将は無傷だ。光のバリアをどうするかだな。


「少しだけ焦ったわ……けれど、ケンファー様の力は偉大ね。お返し女将奥義! 強靭背中流し!!」


 手ぬぐいが刃のように反り返って固定されている。


「こいつで背中を削ぎ落としてあげるよ!!」


 迫る女将。だが問題ない。俺はもう、ケンファーの外見へと変わっている。


「ケンファー様!? どうしてここに!!」


「君を迎えに来た。さあ、バリアを解いておくれ」


「は、はい!!」


 完全に光のバリアが消えた。今がチャンスだ。


「しゃあおらああぁぁぁ!!」


「おぶっしゃああぁぁ!?」


 俺の渾身のボディブローが突き刺さった。


「外道か!?」


「うぐぐ……どうして、完全に魔力も声も顔もケンファー様だったのに」


「今の俺は夢の中の俺。夢ならどんなことでもできる! これが必殺異世界チート、湯けむり温泉夢気分!!」


 そう、俺は夢の中に入り、あえて眠り続けることで、無限の想像力を武器にしたのだ。


「まさかそんなことが……」


「ケンファー湯けむり大分身!!」


 ケンファーを大量に出す。女将を取り囲むように。

 そして周囲を露天風呂へと変更だ。


「裸のケンファー様がいっぱい……」


「なにこの気持ち悪い空間!?」


「湿気が……湿気が凄いですぞ!!」


 ケンファーに心酔している女将には、今の俺を攻撃することはできない。作戦通りだぜ。


「だめよ! 攻撃できない!!」


「クックック……さあどうする?」


「完全に悪役だよマサキ様……」


 たくさんのケンファーに抱きつかれ、自然と光も消えていく。


「終わりだな。吹っ飛べ! 必殺異世界チート!」


 温泉が間欠泉のように吹き出し、女将とケンファーたちを空高く舞い上げる。


「のぼせあがりにご用心!!」


「ケンファー様に栄光あれええええぇぇぇ!!」


 空中で分身が爆発し、見事女将に完全勝利だ。

 夢の俺が消え、布団も消えた頃には、俺も夢から覚めていた。


「ふっ、やれやれだぜ」


「起きて急にかっこつけた!?」


「お見事でございます!!」


 やれやれ、なんとか勝てたが、だいぶ時間を食っちまったな。


『マサキ様、聞こえますか?』


「ユカリか」


 頭に直接声がする。何かわかったのかもしれない。


『この先の巨大公園の中央です。そこにご神体が集められています!』


「わかったわ。ありがとう女神様!」


「急ぎましょう!」


「よし、決着をつけるぞ!」


 待っていろケンファー。俺の温泉旅行を台無しにした報いを受けてもらうぜ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る