真夜中の決闘 そして血糖値が上がるベーコン

 ババットを倒し、静かにかっこよくその場を去ろうとしたが。


「どこに行く気だ、マサキ殿」


 引き止められました。

 だって面倒ごとの気配しかしないんだもの。逃げても仕方なくね。


「そろそろ飯の時間かなって」


「完全に逃げる背中だったわよ」


「サファイア、わたしどうしてここに……」


「お母様、話せば長くなります。まずはお身体に異常がないか調べましょう」


 母はエメラルド。綺麗な黄緑のふわふわロングに紫の瞳。

 お姉さんっぽさがあるけれど、身長も胸もサファイアの勝ちだな。


「家族水いらずに水を指すわけにもいかんだろ」


「マサキ殿、何も手荒な真似をしようというわけではない。露骨に面倒事から逃げるな。これは本当に偉業なのだぞ」


「本気でそう思ってるか?」


「当然だ。正直数日でここまで事態が好転するとは思わなかった」


「あらあらいい雰囲気ね。ひょっとしてアリアちゃんの恋人さんかしら?」


「…………胸に豚の紋章がある人はちょっと……」


「ねえよ! あれはあの場限りだ! もうねえだろ!!」


 シャツをめくって腹の部分だけ見せてやる。

 違うんだよあれは戦闘中にボケ倒したからでだな。


「きゃっ!? こんな所で服を脱ぐなんて!」


「マサキ様、お母様の前ではしたないわよ」


「ええいもうめんどくっさいわ!!」


「いや本当に恩義は感じている。恋愛は知らぬしわからぬ。だが姫を救っていただいたことは本当に感謝しているぞ!」


 そこでエメラルドさんの腹が鳴る。


「おなかすいちゃったわね~。アリア、晩御飯はまだかしら?」


「至急食堂へ運ばせます!!」


 ダッシュで出ていくアリア。俺を残して行くんじゃないよ。


「サファイア、こちらの殿方は?」


「はい、私とお母様を救ってくれたマサキ様です」


「どうも、マサキです」


「あらあら、それじゃあ食事をしながらゆっくり聞きましょうか~」


 そんなわけで広くて綺麗で豪華な食堂へ。

 俺の向かいにエメラルドさんとアリア。横にサファイア。

 四人いるけど圧倒的にテーブルがでかい。そして長い。


「やっぱりお城のご飯はおいしいわ~」


 物凄い量の飯が超高速で食われていく。

 意味がわからん。これが王族の食事量なのだろうか。


「エメラルド様はいろいろと国を守るために試行錯誤しておられてな」


「これはフードファイターだった頃の名残ね」


「王族にやらせることじゃねえだろ!?」


「おかわり。同じ……いいえ、大盛りでお願いね~」


「まだ食う気だ!?」


 食べ方は上品だよ。なのに異常な速さで食い物が減っていく。

 これちょっとしたホラーじゃないかな。


「さてマサキ様」


「なんでしょう?」


 俺も食いながら話を聞く。いやあ超うまいね。

 肉料理でと注文したらすげえ豪華なやつが出てきた。

 鳥も牛もある。知らん肉もある。そのすべてがうまい。


「まずはサファイアとわたしを助けていただきましたこと、厚くお礼申し上げます」


「ありがとうマサキ様」


「感謝してもしきれん。本当にマサキ殿は英雄だ」


 こう褒められるとむず痒いもんだな。

 どうしていいのかわからん。

 前の世界では敵を倒して即、別の場所へ行った。

 大抵の場合変人扱いされるか、ひたすら困惑されるからだ。


「ありがとうございます……? 無事で何よりです」


 対応にちょい困る。ただでさえこういう場に慣れていない。


「おなかいっぱい食べてくださいね~。最高級のお肉ですから~」


「はい。とてもおいしいです」


「ほらこっちもおいしいわよ」


「悪いな」


 とにかく最高の食事であることは確かだ。

 一生食えるかわからない肉を堪能し、サファイアが今までの経緯を話すのを聞いていた。


「う~ん……つまりカズマくんがサファイアのピンチにいて、斬られて鉄板の上で焼かれてから、トウフになってグラードを倒して」


「サイファーを倒して、ババットの運命を回想シーンの放映と豚の協力で覆して撃破した所まで見ました」


「…………ちょっと難しいわね~。これがジェネレーションギャップ?」


「いえ普通に全年齢が理解できないと思います。エメラルドさんは正常です」


 これである。毎回の説明が本当に手間なんだ。

 面倒だから逃げる癖がついた。転移してくれていたユカリに感謝だ。

 ……あいつも連れてくりゃよかったかな。


「大道芸人さん?」


「違います。ごく普通の一般人です」


「それは流石に通らないぞマサキ殿」


「そうしなきゃいけない場面を作るお前らが悪い」


 なぜ普通に異世界で遊ぶはずが、姫とか救うことになるんだよ。

 あの状況異世界テンプレもいいとこだろ。

 それそのものがボケとして通用するレベルだぞ。


「こちらとしては、マサキ殿に帝国との決着がつくまでいて欲しい所だが」


「何年かかるんだよそれ」


「三騎士を倒して、改造人間をやめさせて、皇帝を倒すまで?」


「長いわ。国のいざこざに干渉する気はない」


「もうあっちは敵とみなしているわ。このままどこかへ行っても、そこを狙われるだけよ」


 俺の異世界珍道中は、どこでルートを間違えたんだ。


「帝国は世界に侵攻をかけているから、他の国と共同で立ち向かえばいいの。それまでの護衛よ。無関係の人間に戦争を肩代わりさせるのは気がひけるわ」


「だから食客として置いておきたいんだけど~。兵士とか重臣が不信感とか持っちゃうのよ~」


「そりゃそうでしょう」


 むしろこの状況で俺に何の疑いもかけないやつは、国の重要ポジにいるべきじゃない。

 危機管理能力ゼロだろそんなやつ。


「だからちょっと食後の運動。わたしと戦ってみない~?」


「…………え?」


 月と城の明かりに照らされた中庭。

 よく整備された木々と、綺麗な噴水のある広い場所だ。


「さあ~いくわよ~」


 エメラルドさんが剣を構えている。いやいやおかしくないかなこれ。


「お母様もマサキ様もがんばって!」


「気を抜くなマサキ殿。エメラルド様は剣士として闘技場で十年間チャンプだったお方だ」


「おかしいよな!? 絶対おかしいよな!?」


 なぜ王族にわけわからんことさせるのさ。

 誰か止めないの? 大怪我したらアホじゃん。


「しかもあの剣は国宝セントエトワール。その製作工程の難度は筆舌に尽くしがたい。あれこそまさに国の宝! 一度振ってみたい!」


「うっさいわ!」


「いくわよ~蒼き雷鳴のプレリュード」


 青い雷が何本も俺をめがけて飛んでくる。

 そのすべてをサッカー少年となってジグザグに回避していく。


「ドリブルドリブル!!」


「なんて奇抜な動き。面白いわ~。雷追加しちゃうわね」


 電撃のおかわりを蹴り飛ばし、エメラルドさんへと返してやる。


「必殺電撃シュート!!」


「本当に電撃をシュートした!? 凄いですマサキ様!!」


「荒れ狂う竜巻のソナタ!」


 竜巻を体にまとわりつかせ、電撃をかき消している。


「やりますね」


「わたしには届かなかったわね~。もっとも~っと痺れさせてあげる」


 軽快なフットワークで避け続けるも、雷はボールに直撃する。


「しまったボールが!?」


 破裂して消えてしまった。なんてこった。


「これじゃあ……ドリブルができない!」


「そうよ~。もうあなたは雷に打たれて死ぬしかないの~」


「普通に避ければいいのに」


「いいえ姫。きっとあのボールには意味があったのでしょう」


 雷が俺に降り注ぐ。

 だがボールが消えた今となっては、あの華麗なドリブルも見る影もない。


「おああぁぁぁ!!」


 雷を浴び、髪の毛が静電気で逆立った俺は、身だしなみのなっちゃいない男になった。


「姫の前でこれか……安物のシャンプーやめときゃよかった」


「そういう問題じゃないよ!」


「しぶといのね~。烈火のコンチェルト!」


 炎の塊が銃弾のように鋭く俺の胸を突く。

 左胸に突き刺さり、爆発の衝撃で仰向けにふっ飛ばされた。


「マサキ様!!」


「期待はずれね~。こんな弱さじゃ~サファイアの護衛は任せられないわ~」


 だがこれは俺も予想外の幸運だった。

 奇跡的に無傷だった俺は、ゆっくりと立ち上がり笑みをこぼす。


「クックック、炎の技があだになったな」


「なんですって?」


 新しくできた胸ポケットから、一枚のカリカリになったベーコンを取り出す。


「そ、それはベーコン!」


「食事中に一枚くすねておいたのさ」


「いやいや無理でしょ!? ベーコンだよベーコン!!」


「ただのベーコンならそうだろう。だが炎をくらってカリカリになったら、どうかな?」


「策士ね」


「いやいやいやいや無理ですって!! お母様どうしちゃったの!?」


 より香ばしさを増したベーコンを、しっかりと噛んで飲み込む。

 食べ物を無駄にしてはいけないのだ。


「戦闘中に食事と塩分の補給を済ませたか。考えたなマサキ殿」


「アリアまで何言ってるの!?」


「エネルギー充填完了! いくぜエメラルドさん!」


「いつでもいらっしゃ~い」


「この俺の新たな相棒だ!!」


 懐で温めておいたバスケットボールを取り出し地面に置く。


「知らないボールね~。少し楽しそう~」


「地面に置いた? 一体どんな意味が……」


 そしてさらに本を取り出し、じっくりと読んでいく。


「えーまず持ったら三歩まで歩けます。シュートは遠くからだと三点……」


「ルールブックだー!? あの人ルール知らないままボール出しちゃった!?」


「猛る吹雪のエチュード!」


 俺の周囲は瞬時に絶対零度を超えた。

 氷の棺の中へと閉じ込められた俺は、そのまま身動きが取れなくなる。


「そんなにボールが大切なら、その棺の中で眠るといいわ。一瞬で神経まで凍る。最後の言葉すら聞けなかったのは残念だけど、そこで永遠に眠りなさい」


「マジかよやべえな」


「喋った!?」


「喋ってねえよ」


「喋ってるよ! 会話してるじゃない!!」


 氷はどろりと解け始め、やがて水浸しの俺が誕生した。


「どうやって抜けたんだ!」


「これさ」


 懐から少し小さいベーコンを取り出す。まだ温かい。


「ベーコンジュニアさ!」


「小さいからってなめんなよ!」


「喋った!?」


「やるわね~あっつあつのベーコンなら、氷も溶かせるのね~」


「そういうことだ」


「溶けませんって!! もういいよベーコン! 次もベーコンだったらいい加減しつこいよ!!」


「ベーコンベーコンうるさいんじゃああぁぁ!!」


「マサキ様のせいでしょ!?」


 だが頭は冷えたぜ。これでやつに勝てる。


「電気ショックに氷漬け。そして塩分の補給。これだけあれば、秘策も思いつくってもんさ」


「期待するわ。久しぶりに全力で戦えそうだもの」


「お母様からのほほんまったり感が消えた。マサキ様と本気で戦う気なんだ……この勝負どうなっちゃうの!」


 それじゃあ反撃開始といこうか。


「必殺異世界チート!!」


 俺の体がこの世界に来てから一番の輝きを放つ。

 できるだろうか。これはかなりの大技。

 どうか見守っていてくれ、サッカーボール、バスケットボール。


「超奥義! 次回冒頭でなんか勝っちゃったことになってるの巻!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る