秋の味覚と作文に込めた勝利

 エメラルドさんとの激闘に見事勝利した俺は、晴れて王宮に食客として残ることになった。


「いやあ大変だったな」


 今は中庭のベンチに腰掛け、四人で談笑中だ。


「エメラルドさん強かったなあ」


「マサキくんも強かったわ~」


「おいマサキ殿。これはいったい……」


「きっと聞いても無駄よアリア」


 夜風が俺の頬を撫でる。

 激闘で疲れた体を、涼しい風が癒やしてくれるようだ。


「綺麗な星空だ」


「本当ね。こうして星を眺めていられるように、もっとこの国を平和にしないとね」


「そうね~。わたしもサファイアもアリアも元気だもの。もっといい国になるわ」


「誠心誠意お仕えいたします」


 サファイアのがんばりは伝わってくる。

 俺ですらわかるのだ、きっと国民も伝わっているはずだ。


「これから辛いこともあるだろう。帝国の攻撃は厳しくなる。けれどこの国なら大丈夫さ。俺も協力するよ」


「マサキ様……」


「さて、それじゃあ夜も遅くなって来ましたし。戻りますか」


 ベンチを離れ、そろそろ寝室へと戻るとしよう。


「そうねえ。じゃあわたしも~」


 エメラルドさんが立ち上がり、剣を構える。


「烈火のコンチェルト!」


 必殺の炎が俺を焼いた。


「やっぱりダメだったあああぁぁぁ!!」


「ダメに決まってるでしょ!? なんでいけると思ったのよ!!」


「だってこういう感じで話進めちゃえば勝ったことになるかなって!」


「意味わかんないわよ!!」


 全力で終わった雰囲気出せば乗ってくれると信じてたのに。

 結局普通に戦わなきゃいけないってことかよ。


「裏切られた気分だぜ」


「マサキ殿の頭の中はどうなっているのだ」


「ならば葉隠の術!」


 斬りかかってくるエメラルドさんを、紅葉の葉っぱで撹乱して身を潜めた。


「あらあら、隠れても無駄よ。ぜ~んぶ切っちゃえばいいの」


 剣の範囲に入った気配を察知して斬撃を繰り出している。

 相当の手練だな。


「さすがはエメラルド様だ。葉をあそこまで美しく切り裂けるとは」


「紅葉を狩ったな? その罪、軽くはないぞ」


 ゆらりと風に揺れていた紅葉が、軌道を変えて光速でエメラルドさんへと急襲をかける。

 剣をぶつかり、キインと金属同士がぶつかる音と火花が散った。


「なにかしらこれ?」


「紅葉狩り狩りさ。もう紅葉は狩られるだけの立場じゃないんだぜ」


 壮絶に鳴り響く金属音と火花の嵐。


「少しきついけれど、まだまだ甘いわね」


「剣士としての年季だ。長年培ってきた剣の腕は、周囲に入るものを自動で切り落としていく。どこまで鍛錬を積めばこうなるのか……エメラルド様はとてつもなく強い!」


「ならば、ここから俺が様々な狩りを体験させてやるぜ」


 そしてエメラルドさんの手から剣が消える。

 無防備になったところへ紅葉の群れが襲いかかる。


「剣が……きゃあぁぁぁ!?」


 剣が奪われても、紙一重で紅葉を避け、魔法で打ち落としている。やるな。


「これが刀狩りだ。続いてぶどう狩り!」


 大粒のブドウが点から降り注ぎ、落ちては破裂して紫の果汁を撒き散らす。


「この匂いは……ワイン!」


「アルコール度数は80%だ」


 盛大に火をつけ、周囲を火の海へと変えてやる。


「ううぅ……まだまだ! 猛る吹雪のエチュード!」


 予備の剣を抜き、炎を氷で消火して、そのまま斬撃を繰り出してくる。

 だが俺の前には無数のアサリたちがいる。


「これは!?」


 そのままアサリとともに強烈な蹴りを叩き込む。


「これが潮干狩りじゃい!!」


「うわああぁぁ!?」


「うまい! 貝類はその実を守るため強固な鎧をまとう。ある意味鉄壁の盾になる! なんという機転だマサキ殿!」


「アリア!? お願いだから戻ってきて! ずっと意味わかんないよ!」


「続いてきのこ狩りだ!!」


 俺自身が巨大な松茸のきぐるみに入り、狩られるその時を待つ。


「せいっ!!」


「胞子爆発!!」


 縦に両断された俺は、きのこらしく胞子を撒き散らして消える。


「くっ、これは……」


「痺れ胞子だ。毒キノコには注意だぜ」


 分割されて二人に増えた俺の力は二倍。

 左右からエメラルドさんを挟み込む。


「きのこドッキングサンド!!」


「ぐうっ、抜け出せない!!」


「きのこの王者を甘く見たな。とうっ!」


 空高く飛び上がり、俺と俺を繋ぐように竹串が貫通した。

 何本も何本も突き刺さり、やがて脱出不可能な牢屋と化す。

 下に大きな七輪をセット完了。


「松茸は七輪に限るぜ!!」


 巨大な七輪による炭火の魔力は、俺をより香ばしく焼き上げていく。


「あの火力。そして煙。きのこではないエメラルド様にはきつい。これは勝負あったな」


「きのこなら平気ってわけじゃないと思うよ」


「さあ食べてみな。極上の秋の味覚を!! 必殺異世界チート!!」


 口にこれでもかと松茸をねじ込み、食事が終わるその時を待つ。


「豊作の秋は太り過ぎにご用心!!」


「お……おい……しいいぃぃぃ!!」


 七輪ごと大爆発して、この戦いは終わりを告げる。


「あまりのおいしさに爆発したああぁぁ!?」


「夜食はお肌の大敵だぜ」


「ならなんで食べさせたのよ!!」


「ふ……ふふ……まだよ。まだ負けていない! まだ戦えるわ!!」


 ふらふらになりながらも立ち上がるエメラルド。

 そこへサファイアの格好をした俺が手を差し伸べた。


「もういい。もういいのよお母様」


「サファイア……」


「違うよ!? どう見ても違うよ!! 私こっちだよ!!」


 胸に挟んでおいた作文を広げ、エメラルドに読み聞かせる。


「二年三組、サファイア。『わたしのおかあさん』」


 これ以上傷つくエメラルドさんを見ていられない。この作文で決める。


「わたしのおかあさんは凄い人です。剣士だったりフードファイターだったり、なんでもできる凄い人です」


「サファイア……わたしのことをそんな風に見ていたのね」


「だからそれマサキ様だって! 凄いとは思ってるけど!」


「国のためにがんばって、みんなが楽しく暮らせるようにお仕事している凄い人です」


 精一杯俺がサファイアの気持ちになって書いた作文だ。

 これで少しでも心に届いてくれれば。


「でもなんでも自分一人でやろうとして、怪我したり、苦しい顔ばっかりです。もっと私やみんなを頼って欲しいと思います」


「そうね……お母さん無理しすぎちゃってたかもね」


「もっとお母さんには笑顔でいて欲しいです。だから無理はしないで、たまにはゆっくり休んで欲しいです。いつまでも私やアリアや国のみんなと楽しく元気でいられればいいな。いつもありがとう、エメラルドお母様。サファイアより」


「サファイア……サファイアアアァァ!!」


 泣き崩れるエメラルドさん。

 もう戦う気力もないだろう。


「どんな異世界チートも、親子の愛には勝てなかったってことだな」


「わたしの負けよ……」


「よくわかんないけどマサキ様が勝った!」


「素晴らしい作文でした、姫」


「だから私じゃないって……」


 ゆっくりと歩み寄り、エメラルドさんの状態を確認する。

 大丈夫だ。松茸の栄養素が、完全に傷を癒やしてくれた。


「見事だったわマサキくん」


「いいえ、エメラルドさんこそ強かったです」


 お互いの健闘をたたえて握手を交わす。いい勝負だった。


「とりあえず、その服は着替えて」


「俺にしちゃ豪華すぎますね」


「私の服だからだよ! どっから持ってきたのそれ!」


 服を元に戻し、今度こそゆっくりベンチに腰掛ける。


「でもこれで確信したわ。マサキくんになら、安心してサファイアを任せられる」


「ここまで関わったんですから、しっかりと護衛します」


「頼りにしてるわね~」


「まあ、強いのは確かだし……よろしくねマサキ様」


「ああ、よろしくサファイア」


 久しぶりに手に汗握る勝負だったぜ。もうさっさと休みたい。


「アリア、これより帝国の侵攻に備え、本格的な準備をします」


「はっ、なんなりと!」


「そうね、まずはお風呂かしら。もう泥だらけよ」


 確かに戦闘で汚れちまったな。風呂入ってもう寝たいぜ。


「マサキ様は後だからね」


「別に一緒に入る気はないさ」


 城のやたらでかい風呂に入れることになった。

 この世界に来てから妙なことが続いたからな。

 ここらで体の疲れを癒やしておこう。

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