捕まっちゃいました 死と豚の運命に

 列車で逃げるはずだった。

 ほとぼりが冷めたらゆっくり観光とかするつもりだったんだ。


「姫、トウフの君を連れてまいりました」


 掴まっちゃった。

 アリアに戦闘をがっつり見られ、強引に謁見の間まで引っ張り出されたよ。どうしてこうなった。


「おお! この男じゃ! 間違いないぞ!」


 笑顔で出迎えてくれる姫。間違いなく、あの日見た顔だ。


「そうか、君がトウフの君か」


「いえ違います俺アリアっていいます」


「嘘つけ! 本人目の前にいるだろうが!!」


 アリアと姫。そして近衛兵さん。これは逃げられんぞ。


「ただ礼を言わせて欲しいだけじゃ。私もアリアも兵も無事じゃ。ありがとう」


「どうも。元気なようで何よりです」


「改めてありがとう。おかげで助かった」


 兵士から拍手を送られる。ここまでされると照れるな。

 そこで初めて名乗る。そしてなんか凄い財宝が運ばれてきた。


「何が喜ばれるかわからんのでな、適当に見繕った。その中から好きなものを持っていけ」


「いいんですか?」


「よい。国を救ったのじゃ。それも二度も」


「受け取ってくれ。救われて礼も出さぬとあれば、国の評判と信用にも傷がつく。遠慮はいらぬぞ」


 宝石類や金属系がいいかな。剣や鎧は重いし、普通の戦い方はできん。


「ではちょこっと宝石を」


「そこにあるのは欲しいだけ取ってくれてよい。そんな堅苦しい言葉遣いもいらぬ。戦っている時のあの……なんじゃ。意味わからん方が面白いぞ」


 そりゃ形容できんわな。俺自身説明とかできんよ。


「英雄を盛大にもてなしたい。どうか一晩城に泊まっていってくれないだろうか?」


 アリアさんからの提案は、正直ありがたかった。


「わかりました。宿を探そうと思っていましたし」


「では早速食事の準備に取り掛からせます」


「私と城の散歩でもするのじゃ」


 そんなわけで晩飯まで姫とアリアとふらふらしている。

 外はもう日が沈む。この世界の夕日は綺麗だな。


「どうしたの?」


「いや、いい景色だなって」


 城の最上階にて、沈む夕日を眺める。

 とてつもなく大きい城の上から見る景色は、それこそ言葉にできなほどの絶景だった。


「城下が見渡せる、私の好きな場所なの」


「わかるさ、これだけ……」


 なんか姫の口調が違う。

 なんだろう、さっきまでキリッとした王族っぽかったが。


「姫」


 アリアがたしなめる口調だ。それに笑い返し、俺に笑顔を向けるサファイア。


「いいのよ。ここにはアリアと彼しかいないもの」


「そっちが素か」


「半分はね。私は王族として振る舞わなければいけない。最後の一人なんだから」


 俺と歳も変わらないだろうに、国を任されているわけか。

 そりゃいろいろと大変だろうし、そういう教育も受けるわな。


「きっと帝国は私を狙ってくるわ。三騎士もまだ残っている。戦いもそう。世継ぎもそう。問題が山積み」


「姫は我々が全力でお守りいたします」


「ありがとうアリア…………ねえマサキ様。帝国との戦いが終わるまで、アストラエアにいてくれませんか?」


「俺が?」


「正直グラードは我々では倒せなかった。最高戦力の一角でな。情けない話だが、今のままでは残りの三騎士に勝てん」


 ここまで関わった以上、死なれるのも気分が悪い。

 だが俺が介入するのもまた難しい。


「俺は防衛戦とか、集団戦闘に向いていない。軍人として訓練を受けたわけでもない。反発が起きないか? ただでさえ裏切り者が出たんだぞ」


「わかっているわ。なので私の護衛として、信用に足る人物であるとわからせることができれば……」


「俺は魔王とか邪神は潰してきたが、戦争に加担するつもりはないよ」


「帝国を放っておけば、合成怪人がさらに増え続け、戦乱は全世界に広がるでしょう」


「合成?」


 どうやら人体実験で人間も獣人もエルフも化物にしているらしい。

 サイの化物だったサイファーも、元は人間で将軍なんだとか。


「シャレにならんな」


「だからできる限り警戒しておく必要があるの」


「三騎士の中には影を移動して、運命や因果を操るものがいる。やつに勝てるものはグラードくらいだと言われていた」


「絶体絶命もいいとこだな」


 そういうチートくさいかっこいい能力はずるいと思う。俺とか最悪だぞ。


「せめてお母様がいてくれれば……」


「どういうことだ?」


「ある日突然消えたのだ。行方はわかっていない」


 思った以上にやばいな。泊めてもらった恩もあるし、返せるもんなら返したいが。


「いっそマサキ殿が姫と結婚して王族になられては?」


「えぇ……トウフと人間は結ばれるの?」


 すげえ困惑しながら俺の顔を見ているサファイア。

 誤解が生まれているじゃないか。


「いや普通に人間なんだよ。あれは戦うためにやっただけだ」


「人の体を捨ててまで戦いに身を投じたのか! マサキ殿はなんという高潔な精神だ!」


「捨ててない捨ててない。普通に人間なんだって」


 これどう誤解とけばいいんだよ。誰かどうにかしてくれ。


「まあ姫が危ないなら……でも俺の戦いは特殊なんだ。あまり見られたくない」


「姫から聞いた。まったく意味がわからなかったが」


「それで正解だ」


 聞いてわかるやつとか凄いと思う。理解力とは別に力が必要だろ。


「一生懸命説明したのよ。でも誰もわかってくれなかったの」


「……なんかごめん」


 あれを納得させるのは不可能だろ。すまん姫。


「クックック、つまり貴様を殺せばよいのだな?」


 暗く気味の悪い男の声がした。

 足元から影が忍び寄り、俺の体を締め付ける。


「うっ!? なんだこれ!!」


「マサキ様!?」


「おのれ離れろ!!」


 アリアが光の剣で影を刺す。だが一瞬速く離れた位置へと移動している。


「我輩はドグレサ帝国三騎士、黙示録のババット」


 金髪ロングのタキシード男だ。黒いマントに長い牙。

 ヴァンパイアみたいなやつだな。


「強いのか?」


「先程話した運命を操る男だ。だが結界のある城へどうやって……」


「今の姫では力不足。影が入り込む隙間くらいはあるのだよ、騎士団長様」


 ニタリと嫌な笑みを浮かべるババット。面倒なことになったな。


「誰か! 誰かいないのか!! 敵だ!!」


「無駄無駄。紹介しよう、我輩の助手になったマスカレードだ」


 なんか変なマスクつけた戦闘服の女がいる。体型からして女だ。

 あいつが全部倒したのか、扉の向こうに倒れている兵士が見えた。


「マサキといったな。おぬしだけ因果が見えん。障害になるものは排除させてもらう」


「おのれババット! 我が剣で散れ!」


 斬りかかったアリアが消え、俺のすぐ後ろに出た。

 とりあえず避けよう。


「うおっと……何だ今の?」


「よくかわしたな。我輩は短距離だが次元も操れる。生半可な攻撃は通らんぞ」


 ババットの右腕が虚空へと消え、俺の胸へと押し当てられた。


「なにっ!?」


「それはお前の死の運命だ」


 胸に大きく紫色した紋章が浮き出た。てっぺんだけ紫に暗く光っている。


「その模様は我輩に従属し、運命を握られた証。上から時計回りに一周した時、どんな生物でも魂を砕かれ死ぬ。死の因果が集中するのだ」


 また妙な技だな。こういうの使えたら俺もかっこよく戦闘できるのに。


「マサキ様!!」


「問答無用ということか。なら反撃されても文句はないな?」


 やるしかない。俺は敵とみなされている。姫も死なせたくない。


「できるものならご自由に。あと十分で全身が死の運命に支配され、この世から消える。毒でも術でもないから浄化もできんぞ」


「どうかな? やってみりゃいけるかもしれないぜ」


「始まるわ……マサキ様の戦いが……」


 俺たちが立っている場所の外に大きな木が伸びてくる。

 そこには必死に枝にしがみつく豚たちがいた。


「あの豚が全部落ちた時、お前の命も散ってしまうのだ」


「我輩の!? いやいや何だこの状況!?」


「も……もうダメブヒ……ブヒイイィィ!!」


 豚が手を放し、下へ落ちていく。


「豚吉いいいぃぃ!!」


 さらばだ豚吉。お前のことは忘れない。そもそも全然知らないけど。


「俺がいながらどうして……どうしてこんなことに……」


「あいつ豚吉っていうのね」


「許せねえ……豚の命を何だと思ってやがる……」


 落ちていった豚の悲しみを込め、渾身の左ストレートがババットの顔に炸裂する。


「この腐れ外道があああぁぁ!!」


「げばああぁぁ!?」


 外道に容赦はしないぜ。


「やつあたりだー!?」


「今のは豚次郎の分だ」


「名前間違ってるよ!?」


 殴られた頬を手でおさえ、目を見開いているババット。

 ようやく自分の犯した罪を自覚したか。


「いや……は? なぜ我輩に攻撃が通った?」


「その調子ブヒ……ボクたちの分までどうか……生きてブヒ……」


 そしてまた一匹、豚が落ちていく。


「豚之助ええぇぇ!! 絶対に許さんぞババット!」


「我輩が何をした!!」


「罪を償え! 豚の紋章よ! 俺に力を!!」


 眩い聖なる光とともに、俺の胸に浮かび上がる紋章。


「胸に輝くブタのヒヅメ。これが一周して輝く時、俺の運命は勝利へと確定する」


「我輩の術がかっこ悪い紋章に!?」


「豚吉と豚之助の魂により、今の俺は攻撃力が上がっていてもおかしくはない」


「そこ曖昧なの!?」


 俺の攻撃力に恐れをなしたか、ババットが距離を取る。


「正体のわからん術に付き合っていられるか! マスカレード! やつを殺せ!」


「マサキ殿、あれの相手はこちらに任せてくれ!」


 マスカレードがこちらへ迫るが、アリアが割って入る。

 攻防を見るに、どうやら力は拮抗しているらしい。


「いけるわ! がんばってアリア!」


「いいのかサファイア姫よ? そいつは貴様の母親だぞ!!」


「……そんな!? 母さまがどうして!!」


 おいおい込み入った家庭の事情があるみたいだぞ。


「苦労したぞ。国家間の会談のため移動中だった軍隊の目を盗み、さらって洗脳するのはな」


「あなたが……あなたが母を! 許さない!」


「なら回想シーンを見てみるか」


 大きな薄型液晶テレビをつけ、過去の映像を再生する。

 そこには山の上から軍隊を見下ろすババットがいた。


『ふう、今日もいい天気だ』


「これは昔の我輩!? どうなっているのだ!!」


 若かりし頃のババットへと歩み寄る過去の俺。


『お前が過去のババットか』


『なっ、何者だ貴様!?』


「普通にマサキ様出ちゃった!?」


 気づいた時にはもう遅い。

 過去のババットは後ろから俺に掴まれ、渾身のバックドロップを受ける。


『死にさらせやああぁぁぁ!!』


『ぎゃあああぁぁぁぁ!!』


『こうしてババットは死んだ』


「死んだの!? じゃあ今のババットは誰なのよ!!」


「我輩の体が……消えていく……?」


 指先から光の粒子になり、ゆっくりと消え始めるババット。


「あらやだ!? あらやだどうして!?」


「おもいっきりマサキ様のせいでしょ!?」


「何故だ! 因果が……我輩の運命が操作できん!!」


 その答えは意外な所から帰ってきた。


「お前の運命なんて、豚の餌にでもなっちまえブヒ」


 それだけ言い残し、最後の豚が落ちていった。


「豚がかっこいいこと言って落ちたー!?」


「必殺異世界チート!」


 完成した胸の紋章が右手に移り、光り輝くブタのヒヅメとなる。

 そのまま光速を超え、光の矢となってババットを貫いた。


「この話を道徳の教科書にのせてください!!」


「身の程知らずな技名だああぁぁ!?」


「こんな……我輩が手も足も出んとは……うおおおぉぉぉぉ!! ドグレサ帝国に栄光あれえええぇぇぇ!!」


 やがて光は消え、ここにババット討伐は完了した。

 後に残るは美しいドレスに身を包んだサファイアの母。

 過去を変えたから洗脳されず、平和に暮らしていたことになる。


「終わったよ、豚太郎」


 俺は星になった豚へ静かに報告し、その場を去った。

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