女神コノハの試練

 英雄マサキがほっくほくおかずブラザーズを倒したという話は、その日のうちに国を駆け巡ったらしい。

 次の日から兵隊やメイドの俺を見る目が少し変わった。

 あいつマジで強かったんだ……城でごろごろしてるだけじゃないのね的な。


「ブラザーズってことは」


「うん、兄弟が残ってる。きっと般若より強いよね」


 準備できるならしておきたいが、敵の手の内があまり知られていない。

 よって俺たちが強くなる以外の対抗策がないのだ。


「面倒な……」


「それでもマサキ様なら平気だよ。問題は私。私がもっと強くならなきゃ」


 サファイアは今のままでも十分に強い。だが般若に勝てたかと聞かれると微妙だ。

 それでもこの世界じゃかなり上なのは間違いない。


「急激なレベルアップは難しいぞ」


「でも私の国なんだから、いざという時に戦えないのは嫌よ」


「俺にできることがあればいいんだが……」


 戦い方が特殊すぎて参考にできないのだ。

 俺が剣や魔法で戦えれば、教えることもできたが……どうしたものかね。


「コノハちゃんを訪ねてみては?」


 いつの間にかユカリがいる。でっかい骨付きチキン食いながら、堂々とソファーにいる。


「お前なんでいる?」


「ご飯作るの面倒になっちゃいまして」


「城は無料の食堂じゃないんだぞ」


 こいつは平和になったのをいいことに、別の世界に行かずだらだら暮らしている。

 災厄から世界を救ったとして、長期の休暇も貰っているようだ。

 女神界のシステムについて詳しくないが、そんなんでいいのか。


「コノハ様を頼れとはどういうことですか? ユカリ様と同じ女神様ですよね?」


「私の試練をクリアしたでしょう? あれをコノハちゃんの神殿でもやっておくんです」


「女神別にあるんかい」


「全国にあるわけじゃないですよ。ギャンゾックは大国で、帝国を倒せるかもしれなかったんです。だから神殿の改装を急いでいた」


「俺が来ちまって、解決したからご破算か」


 そう考えると俺のせい……いや違うな。帝国が悪い。

 俺とサファイアはかなり苦労したから、あれが無駄とは思えん。


「別に救ってくれたらいいんですけどね」


「行きます。その試練を受ければ、強くなれるんですね?」


 決意を固めた顔だ。だが何でもこいつに背負わせることはない。

 サファイアを犠牲にするくらいなら、俺がすべて終わらせる。


「サファイアが強くならなきゃいけないわけじゃないんだぞ」


「前にも言ったでしょ。私は足手まといのお姫様じゃなくて、マサキ様の仲間なの。この世界を守るなら、この世界に生まれた私に責任があるわ」


「あんまり気負うなよ。この世界全員の責任だ」


「そうですよ。無理そうならマサキ様に丸投げしちゃいましょう」


「同意するのは不本意だが、まあそういうことだ」


 ずっと世話になっている。帝国や怪盗を倒してはいるが、城で生活できているのは、サファイアとエメラルドさんの存在が大きい。


「では神殿前まで転送します。がんばってねサファイアちゃん」


「はい!」


「マサキ様、サファイアちゃんはお姫様です。もし何かあれば」


「ああ、俺がカタをつけるさ」


 そして転移した場所は、コノハの神殿らしいのだが。


「いやこれ神社だろ」


 めっちゃでかい神社だ。剣と魔法のファンタジーになんちゅうもん作ってんだよ。


「これじんじゃっていうの?」


「現地にねえもん作ったのかよ!?」


「ずーっとお待ちしてました。ささささーどうぞ中へ」


 玄関からコノハが出てきた。なんか和装なんだけど、ここギャンゾックだよね?


「なんで神社なんだよ」


「そっち系の女神なもので。ファンタジーには合いませんけど、でも東の国的なあれでふんーわり結構出てきますよね?」


「私見たこと無いよ」


 自由だな女神。気にしても無駄か。中へ入ると、なんか普通に超高級な家だな。

 畳の匂いとか久しぶりだわ。


「自分の家だと思ってだらーっとくつろいでね」


「女神の神殿ですよね?」


 居間で緑茶と羊羹を出された。高級品のような気がする。上品な味だ。


「おいしい……食べたこと無い味です」


「まだまだありますよー。どんどん食べちゃってくださいねー」


「食いながらでいい、試験の内容を頼む」


「ではモニターをどうぞ。ばばーん」


 近くに大型立体モニターが出た。だから異世界ファンタジーだっつってんだろ。


「わっ、これ前に見た気がします! 遠くのものとか映るんですよね!」


「はしゃぐな。それで、俺たちは何をすればいい?」


「第一回戦はバトルです。ユカリさんの試練と一緒ですね」


「やっぱ戦うのな」


 先頭が必須科目なのだから、当然だけどバトルになる。

 っていうか俺はどうやると強くなるんだ?


「ぶっちゃけマサキ様を強くする方法はわかりません」


「でしょうね」


「なのでサファイアさんをぐわーっと強化していきます」


「お願いします!」


「ではテレポートします。どうか試練に打ち勝って、わたしたちは、この世界が好きですよ」


 今日はよく転送されるな。

 飛ばされたのは、山のてっぺんだろうか?

 広くて土と岩の中間のような足場だ。

 しめ縄や御札や鳥居など和風なものが多い。紅葉が舞っている。


「高いな」


「これ……大地が浮いてるんじゃない?」


 俺たちはどうやら雲より上らしく、下は真っ白。横は青い空。

 神々しさは溢れているが、これ帰れるんだろうな。


「よく来たなアストラエアの姫よ!!」


 空中に巨大な目が現れ、闇を纏っていく。

 まるで毛布のようで、黒と紫と白で刺繍が作られていた。


「オレは邪眼毛布。温かなぬくもりの中で死に誘う狩人だ」


「ふっ、だがその毛布で俺の心が温めきれるかな?」


「急に気持ち悪いこと言わないで」


 そんなわけでバトル開始。まずはサファイアの戦闘を見よう。


「ブリザードストライク!!」


 おびただしい量の氷塊が飛んでいく。魔法の威力が上がっているな。


「毛布の柔らかさ……」


 ふわりと氷塊すべてを包み込み、瞬時に溶かしてしまった。


「そうか、熱と氷は相性最悪なのか」


「苦手を克服できなければ意味がない。漫然と魔法を撃つだけでレベルアップなどできんぞ」


「それっぽいこと言われた……」


 だがサファイアの魔法は氷だけじゃない。

 杖に雷を収束させ、数千本が同時に襲いかかる。


「ライトニングシャワー!」


「毛布の……触り心地……」


 ふわりと毛布が舞い、その表面をさらりと雷が滑っていく。


「そんな!!」


「冬の毛布がどれだけ偉大か……お前に教える」


「毛布なんだから燃えるはず。フレイムドライバー!!」


 炎のビームが飛ぶ。しかし、そのすべてを毛布が包んでしまう。

 温かいものと熱いもの。似ているから御するのも容易いというわけだな。


「お前の炎……オレが温めて返そう」


「そんなっ!?」


 まとめてサファイアに突っ込んでいく。ギリギリで避けているが、少し押され気味かな。


「落ち着いていけ。勝てない相手じゃないぞ」


「ほう、言うじゃないか。英雄マサキよ」


「お前も俺のこと知ってんのか」


「当然だ。この場を作ったコノハ様に聞かされている」


 どう説明したのか気になるところだが、やってることがやってることなので追求はしないでおく。説明する人大変だよね。


「応援は静かに頼むぞ、英雄様」


 くっ、せっかく着たチアガールの衣装が無駄になっちまったぜ。


「マサキ様は関係ないよ。今は私が強くならなきゃいけないんだから。っていうか着替えて」


「そうか、ならば死なない程度に再起不能にしてやろう」


「凍らせるのがダメなら、もっと凍らせる! 極光冷砕波!!」


 凍気を極限まで高めて撃ち出される、サファイアの必殺技だ。

 女神ですらダメージを負うこの技なら、毛布の暖かさを超えられるはず。


「防ぎきれないか。やるものだな」


「効いている! いけるぞサファイア!」


「いいや甘い。サファイアよ、お前は力の使い方が甘いのだ。膨大な魔力と天賦の才があるからこそ、多少雑な力の使い方でも凡人を遥かに上回る」


「それは……」


「そこに甘さがある。ムラのある力では、人を丸ごとくるんで温める毛布には届かない」


 確かにそうだ。冬にくるまる毛布は、それこそ人間そのものをカバーできる。

 その圧倒的なポテンシャルは、並の魔法使いでは到達できない。


「これが魔力の使い方だ」


 氷ビームをくらっている最中だというのに、その魔力が人の体を作っていく。

 暗黒闘気が満ちていき、風でたなびく毛布がマントのようだ。


「サファイアよ、お前に戦い方を教える」


 頑張れサファイア。お前なら勝てると信じているぜ。

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