イケメンも徹底すれば武器となる

 ピンクのオーラと、無数のハートに囲まれたケンファーは、それはもう強くなっていた。


「イケメンはな、何があっても負けないんだ。物語でもそうさ。負けるとファンがうるさい。だから無理やり生かしておく」


「お前に人気なんて無いさ。それに上っ面で女を口説くだけじゃ、戦いには勝てないんだよ」


「なら試してみるがいい。イケメンポージング!!」


 ピンクの光を放つケンファーは、よくわからないポージングのまま光速移動してくる。


「お前の速度は見切った!!」


 飛んでくる前に上空へと避難する。何度も見ていれば、そうかわせない動きじゃない。


「美顔投影陣!!」


 様々なポーズのケンファーが、ピンクに発光しながら飛んでくる。

 幻覚を飛び道具みたいにしているのだろう。

 こうも逃げ道なく連射されるとまずい。


「やりやがるな」


「逃げてマサキ様!」


「逃さんよ!!」


 ついに一発あたってしまう。不思議と痛みはない。

 ピンクの光とハートが、徐々に俺の姿勢を変えていく。


「くっくっく、この技の恐ろしいところはここからだ! この技をくらったものは、オレと同じポーズを取ってしまう! 必然的に、どっちがイケメンか比べられてしまうのさ! まったく同じポーズでなあ!!」


「陰湿な嫌がらせだー!?」


「ぐぬぬ……まず精神的ダメージを狙うか……」


「さっきの戦いでわかったよ。お前は屁理屈をこねれば攻撃が効かなくなる。ならば精神を砕き、戦闘不能にすればいい!!」


だんだんポーズが確定していく。ナルシスティックな雰囲気を出し、ハートが演出を補佐していけば、俺はもうじきポーズ合戦に参加させられるだろう。


「さあどうする! ピンクのオーラをまとって、オレと同程度のイケメンでいられるか!」


「いけない! マサキ様の顔が普通なのが裏目に!」


「お前どういうことだおい!?」


 知ってるよ普通なのは。改めて言うなや。サファイアが一番心えぐってきやがる。


「うおおああああぁぁぁぁ!!」


「終わりだ英雄!!」


 光に導かれるままに、畳の上に寝そべり、リモコンでテレビのスイッチを入れ、スナック菓子を食べながら、ただごろごろする。


「あああああぁぁぁ……マジだりー」


「くつろいでるうううぅぅ!?」


「何故だ! どうしてポージングをしない!」


「めんどい」


「そんな理由で!?」


 この程度の呪縛など、俺なら逃れることは可能だ。こいつは俺を甘く見た。


「わかっちゃいないな。俺は戦闘で常にボケることを強いられているんだぜ? 生半可なメンタルでやってられるかよ!!」


「すごい説得力だ!?」


「いくぜ必殺異世界チート! テレビのチャンネル光速チェンジ!」


 猛烈な勢いでチャンネルを変え続ける。

 様々な場面に切り替わり、そのたびに文章が出来上がっていく。


『打ったー! 大きい! これは特大ホームランです! 巨大な』


『隕石が接近中と、軌道衛星からの通信が』


『目印はピンク色の』


『ケン』


『ファーがもっとも呼び寄せることでしょう』


「なんだって?」


 そしてケンファーの頭上に、ホームラン隕石が落ちていく。


「おいおい嘘だろう?」


「さあどうする? 石にポージングはできんぞ」


「ぬうん!!」


 真正面から隕石を支え、その両腕で押し返そうとしている。


「だからお前は甘いんだよ。英雄マサキ」


「バカな!? 受け止めただと!?」


「オレはイケメン。筋肉も鍛え、理想のイケメン筋肉を維持しているに決まっているだろう?」


 落下の衝撃波にも耐え、重さにも耐え、そして横へと受け流している。


「イケメンであること。そのことにかけて、オレは本気だぜ」


「こいつ、変な方向に努力しやがって!!」


「強い。この人、ただかっこつけてるだけじゃないわ!!」


 隕石を横に置き、ビリビリに破れたシャツを脱ぎ捨てると、そこには確かに筋肉が存在する。ただのイケメンバカじゃないようだな。


「オレは怪盗結社ナンバー2だぞ。この程度できて当然だ」


「にしちゃあ女神の力を感じるぜ。お前を手助けしているやつがいるな?」


「驚いたね。女神がわかるのか」


 戦闘中、こいつが本気を出せば出すほど感じる神の気配。

 そいつが濃厚に匂い立つ。女神すらも口説いたか。


「俺も似たような境遇だったもんでね。だが別の女神だろう?」


「複数いるらしいな。だが名は知らない。彼女の身に危害が及ぶことも気に入らん」


「徹底してやがるな」


「イケメンの嗜みさ」


 どうするかね。女神が近くにいるのなら、正直これ以上の連戦は避けたい。

 っていうかユカリどこ行ったんだよ。あいつぶつけりゃいいだけだな。


「女神様がどうして皇帝を? 生き返らせるメリットはなに?」


「さあね。だが復活のチャンスなんだ。利害の一致さ」


 いつの間にかオーラもハートも消え、より魔力の上がったケンファーが、のんきにストレッチなんぞしている。いやに余裕があるな。


「ピンクのオーラも、やたらあったハートも消えてるじゃないか」


「すべて体内に吸収した。君は全力でなければ倒せないからね」


「そこまで強いのに、怪盗皇帝とやらを復活させる理由は何だ?」


「皇帝は恩人だ。戦闘と怪盗の指導をしてくれた。そして女神の声が聞こえた。皇帝を救い出し、ともにこの世界を奪おうと」


 その女神が元凶らしいな。どうしてろくなことせんかね……ユカリやコノハは仕事熱心ないい子なんだなあ。


「それほど皇帝は大切か」


「当然さ。君にとって、そのお姫様は大切な存在だろう? 助け出せるなら、何が何でも助けるはずさ」


「なるほど、確かにサファイアは仲間だ。助けられるなら手を伸ばす」


「マサキ様……」


 そこは同意できるが、結局のところ皇帝は怪盗で悪人だ。悪人が野に放たれるのは避けたい。


「そしてもうすぐゲートが開く。時間稼ぎはここまでだ」


 御神体のある場所が裂けていく。

 空も、光も、地面も、次元ごと縦に、まるで門が開くように裂けていく。


「どうなってやがる!」


「さあ、再び怪盗の世を! 師匠!!」


 そこから出てきたものが、最初はなんだかわからなかった。

 太く長く……何かとてつもない邪気をまとった十本のそれは、次元の門をこじ開けるように動く。


「人の……指?」


 巨大な指だ。両手で門をこじ開けようとしている。


「なんだこいつは……師匠! 師匠はどこだ!!」


「この指が皇帝じゃないってことか?」


「これは女性の手だ。こんなものが封印されているなんて、聞いていないぞ!!」


『マサキ様! 急いでそこから逃げて!!』


 ユカリの声が公園に響く。かなり焦っているようだな。


「ユカリ?」


『世界の文献を調べていてわかりました! 封印されたのは、怪盗皇帝だけじゃない!!』


「なんだって!?」


 どんどん次元は開いていく。どうする?

 まずサファイアとムラクモさんを安全な場所に移動すべきか。

 だがこの膨大な悪しき魔力は……今止めなければいけない気がする。


「師匠! どこだ師匠!!」


「コレデ……コレデ……」


 地獄のそこから響くような、暗い怨嗟のこもった、いや怨みしか存在しないような声がする。なんだこの化け物は。


『それは邪悪に落ちた女神、白薔薇。かつて怪盗皇帝が、その身をとして封印した、最悪の化け物』


「師匠が……? どういうことだ!!」


「コレデ……」


 白く長い髪と、それよりも青白い肌。

 そして暗い穴と呼ぶべきか……何も見えない両目と口。

 目からも口からも大量の血を流し、この世すべてにぶつけるような、憎悪の咆哮が響き渡った。


「ワタシハ自由ダアアアァァァァ!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る