異世界ライフを楽しみたい 木綿豆腐のように
青い空。石畳の道。どこまでも続く美しい草原。
俺はそこそこよさげな馬車に乗り、流れていく風景を堪能する。
のどかな異世界だ。そうそう、俺はこういう場所で、チート使ってのんびり暮らしたかったんだ。
「おおぉ……」
横に川が流れている。大きな魚が跳ねていて、とても澄んだ川だ。
前や後ろに目をやれば、同じような馬車が走っている。
四台くらいはあったはず。
「たまにはいいものじゃな」
「ええ、空気が綺麗です」
乗り合わせた人の会話が聞こえてくる。ちゃんと言語も翻訳されているな。
「気分転換にはよいの」
「まったくです」
俺以外にも何人か人が乗っている。
フードを被っている女が二人。
マントで隠しているが、鎧を着た男が三人。
テンプレファンタジーっぽくていいね。
そして馬車が止まる。
「なんじゃ、もうついたのか?」
「そんなはずは……」
後ろの馬車も止まっている。トラブルだろうか。
「ここでいい。両国から救援するにしても時間がかかる。逃げられんだろう」
一番豪華な鎧のイケメンがわけわからんことを言う。
おいおい変なトラブルはやめろよ。
「うわあぁぁ!!」
「きゃあぁぁぁ!!」
他の馬車から悲鳴があがった。おいおいおいおい。冗談じゃないぞ。
「ここで死んでもらおう、不幸な姫君」
男三人が剣を抜く。
「えぇー……」
なんか変なことに巻き込まれたー。
馬車でトラブルに遭遇とか、そんなお約束はいらんのよ。
「この男はどうします?」
「待て! その男は関係ないはずだ! 民間人に手を出すな!」
フードの女一号が止めに入ってくれる。
赤い髪の二十代前半くらいの女性だ。
「私がアストラエア王国一の剣士と知って歯向かうかアリア」
「姫様にも、民間人にも手は出させない。お前の企みは終わりだ」
別の馬車から鎧を着た集団が出てくる。
どうやら男の計画はバレていたようだ。
だが余裕の表情を崩さない。
「ほう……伏兵がいたのか」
「お前の下策など、我々が気づかんと思ったか!」
「無駄なことを」
男は斬撃を無数に飛ばし、左右の兵士団を切り刻んだ。
戦いは前の世界で見慣れたが、気分いいもんじゃないぞ。
「そんな!?」
「こんな連中で私に勝つつもりかい?」
驚愕している女騎士と、得意げな男騎士。対照的だな。
「そこの男、こっちへ来るのじゃ」
姫と呼ばれた女が俺を誘導してくれる。
美しい水色の長い髪と、薄紫の瞳。
スタイルもよく、胸も大きい。間違いなく美少女か美女の部類だろう。
「グラード、何故謀反を!」
「知れたこと、この国に未来はない。やがて強者が自由に生きる世界が来る」
「許さん。この名剣ガイアブレイカーにて切り刻む! 一級品の業物として名高いあの剣だぞ! どうだ羨ましいか!」
「君の武器談義は聞き飽きたよ」
アリアとグラードが切り結ぶ。
魔法も飛び交っていて非常に危険だ。
「ここにいればアリアが守ってくれる。じっとしておれ」
姫と呼ばれた女の子が励ましてくれる。アリアという女を信頼しているのだろう。
「姫と男を捕らえろ!」
「そうはさせん!」
グラードの部下が数人こちらへ来る。
魔法の杖っぽいものを構える姫様。
しょうがない、他人の事情に首突っ込みたくないが、流石に見捨てるわけにもいかんだろう。
「お前らちょっと戦闘中断してくれ」
「何を勝手なことを!」
「正直どっちの味方していいかわからん。そっちの男が悪いやつなのか? 実はこいつらが悪の帝国で、クーデター起こして民衆を助けようとか、そういうのじゃないのか?」
まずどうなっているのか情勢を確かめよう。
「何を言い出すのじゃ!」
「ふむ、姫をこっちによこしてくれ。そうしたら仲間にしてやらなくもないよ」
「だからちゃんと事情を話せって」
「いいだろう。お前ら、話が終わるまで待て」
意外と融通効くのね。話をまとめよう。
それなりに平和な王国があり、敵国が姫を消そうとした。
それに気づいた国は、隣国とのパーティーの帰り道で姫を影武者と入れ替え、本物はこの馬車に隠した。護衛を潜ませながら。
「つまりお前らが悪いと? なんで姫を狙う?」
「姫にはもう家族はいない。姫を崩せば国も崩れる」
なんか王族の加護とか神秘の力で、国が格段に維持しやすくなっているらしい。
そういう世界なのかな。
「普通に友好国にでもなっとけよ」
「断る。いずれ来る強者がすべてを手にする世界には、平和なだけの国など不要」
面倒なことになったなあ。そうぼんやり考えていると、アリアがグラードに斬りかかる。
「お前の願望に付き合うつもりはない! 覚悟しろグラード!」
「いい加減邪魔だねアリア。消えろ!」
斬撃が360度からアリアを襲う。
「うわああああぁぁぁぁ!!」
鎧すらも深く傷つけ、血を吹き出しながら倒れた。
「アリア!!」
死んじゃいないな。本格的に俺がやるしか無い。
乗りかかった船ならぬ馬車だ。
「姫……そういや名前聞いてなかったな」
「……サファイア」
「俺はマサキ。サファイア、ひとつ頼みがある」
「なんじゃ?」
「今から俺が君の肩を叩くまで、目を閉じて、耳を塞いでいて欲しい」
「どういうことじゃ?」
泣きそうな顔で俺を見ている。まあ不安だよなあ。
「君を助けられる」
「血迷ったか。姫さえ渡せば見逃してもいい。使えそうなら仲間にもしてあげよう」
とりあえずあいつは無視。さっさと終わらせよう。
「俺の戦闘スタイルは特殊なんだ。見ちゃいけない。どうなるかの保証ができない。けれど必ず君を守る。アリアさんも助ける」
「アリアを? アリアは助かるの?」
「助ける。だから頼む」
「……わかった。信じてみるのじゃ」
「ありがとう」
目を閉じ、両手で耳を塞いでいる。
これでいい。正直見られたくない。本当にどうしてこんな能力なんだマジで。
「愚かなやつだ。姫の前でいい格好しようとしなければ、死なずに済んだものを。やれ!」
敵の部下三人が剣を抜き、俺を斬りつける。
「ほう、切れ込みを入れると肉を美味しく調理できると知っているとは」
数回切られた俺は、そのまま鉄板の上でジュージューと香ばしく焼かれている。
無論痛みも熱さもない。
「なっ、何をしている貴様!!」
「肉汁アターック!!」
切れ目からあっつあつの肉汁を噴射し、敵の顔面にぶっかける。
「あっつううぅぅ!? 目が!? 目があああぁぁ!?」
「鉄板はお熱いのでお気をつけくださいお客様ああぁぁ!!」
そのままでかい鉄板を持って兵士三人に突撃。
弾き飛ばして焼けた鉄板を乗せてやる。
「あっつうううううぅぅぅ!?」
「あちゃちゃちゃちゃあああぁ!?」
鉄の鎧だ。さぞ熱いだろう。ビクンビクンしている。
これでしばらく動けまい。
「何者だい? 私の部下を倒すとは、並の腕ではないね」
「名乗るほどのものじゃない。むしろ今のは忘れて欲しい。切実に」
「そうだね。さっさと殺して忘れさせてもらうよ!!」
斬撃が渦を巻き、竜巻となって俺を飲み込む。
だが遅い。俺の全身はもう、白く変化を終えている。
「手応えあり。さて、姫を……」
「お前が手応えなら、俺は歯ごたえだぜ」
全身豆腐となった俺は、その硬さで斬撃を耐えたのだ。
「お前、人間じゃないのか!!」
「人間さ。木綿のな」
「も、もめん?」
「豆腐には大きく分けて絹と木綿がある。絹は脆く崩れやすいが、木綿は違う。その硬さはお前の斬撃など無効化する」
「ありえん! ならば直接切り刻んでやる!」
四角く白くなった俺の頭に、グラードの剣が振り下ろされる。
だが無駄だ。職人が手間をかけて作り上げた豆腐には、半端な斬撃など通用しない。
「異世界よ、これが豆腐だ!」
「バカなっ!?」
拳を四角い豆腐に変え、角で殴りつける。
それだけでやつの剣は脆く崩れていく。まるで安物の豆腐のように。
「こ、こんなやつに負けるはずが……」
「俺の中には豆腐の歴史が詰まっている。お前に豆腐を超えることはできん!」
上空へと飛び上がり、全身を丸め、ただ四角い巨大な豆腐となった。
「豆腐の角は……痛いぜ?」
「バカめ! そんなものに当たるはずが……なにい!?」
グラードの足が白くなった地面へと沈む。
「上に気を取られたな。既に地面は絹豆腐へと変えておいた」
「ぬ、抜け出せん! 底なし沼か!!」
「食い物を粗末にするやつはお仕置きだ。必殺異世界チート!」
200トンの豆腐となった俺は、グラードへと急降下し、爆音と衝撃を発生させる。
「絹と木綿のマリアージュ!!」
「こん……な……あ……あああぁぁぁ!!」
大地が揺れ、後に残るは豆腐のみ。
グラードは完全に消滅した。
「さて、あとはこいつらか」
人間に戻り、アリアと味方の兵士たちに豆腐を塗り込んでやる。
「な……なにをしておるのじゃ?」
「目を開けるなと言っただろう」
「うっ、すまぬ。しかし心配で……誰にも言わぬ。おぬしが白くて四角いよくわからんやつじゃということは黙っておくのじゃ」
完全に見られたじゃないか。おいおいちょっと怯えているぞ。
これもう無理だな。機を見て逃げよう。
「怖がらせてすまなかった」
「よい。助けてくれたのじゃ。礼を言うぞ」
意外と素直なんだな。
今回のような目に会わなきゃいけない子でもないだろうに。
その境遇には同情する。
「何をしておる?」
「豆腐を塗っているのさ。イソフラボンの力を借りている」
「イソフラボン?」
「ああ、豆腐は栄養がある健康食だからな」
そしてアリアがうめき声を上げる。
これで全員命に別状はないだろう。
「うっ……姫? 私は……」
「アリア! アリア!!」
アリアにしがみつき、泣きながら名前を呼ぶ姫。
これ以上は目立つな。そっとこの場を去ることにした。
次の国では平穏な異世界を満喫できますように。
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