杭はボタンを押すためにある

 醜く恐ろしい装甲の化け物となった残党カセーマさん。

 さっさと倒してくれ。お前ら強いだろ。


「やれやれ、そんなんじゃあ俺の輝きは超えられないぜ」


「まだはまってたの!?」


「今の俺は宝石。いや鹿の一部さ」


「いいから戦おうよ!!」


「くひゃひゃひゃ! お前らで慣らし運転してやるよぉ!」


 渋々鹿から降りて人に戻る。これで宝石人生ともおさらばだ。


「こいつがあればおれは! 新帝国の頂点に立てる!!」


 俺が戻ったことで、またゴゴゴゴ……とかいいながら階段が上に戻る。


「まずは邪魔してくれたお前らに……」


 カセーマごと三階へ戻っていった。


「敵まで戻ったー!?」


「ふざけんなオラアァァ!!」


 天井ぶち破って戻ってきた。なんかキレているみたいだ。


「なんて心の小さいやつ」


「いや怒るよ今のは……」


「おめえら! ぶっ倒れてる場合じゃねえぞぉ!!」


 紫の光がザコどもを包み、黒い煙を吹き出すザコ集団に変わった。


「殺せぇ!!」


 一斉に飛びかかってくるも、そこは味方が強い。


「無限烈閃光!!」


「輝けホーリーブレイド! 唸れ村雨丸!!」


 ヴァリスの技と、アリアのレア武器により蹴散らされていく。

 それでも三階から十人くらい追加されるとうざい。


「ライトニングバレット!!」


「剥製アタック!!」


 手頃な剥製を投げて援護しよう。そこそこ怯んでくれるし。


「足りねえなぁ。もっと動けやぁ!」


 倒れたザコを黒い煙が包、紫の光が関節部分を補っている。


「ゾンビかよ……」


「あまりやりたい手段ではないが、オレに任せてくれ」


 ヴァリスが蒼い闘気を発しながら、ザコ軍団とすれ違う。


「一凍両断!!」


 敵の切り傷が凍りつき、凍結範囲を広げている。


「なんだぁ?」


「切った部分から凍結し、その効果は体外体内の両方を駆け巡る。それが皮膚であれ、臓器であれ神経であれ、血液であっても凍結させていく」


「えっぐ……」


 やがて内外の凍結は心臓や脳に届くらしい。っていうか切った場所によっちゃ、到達は一番早いだろう。

 かなりえぐいな。騎士の仕事ってのは大変なんだろうなあ。


「これで復活しようが動けまい。魔力まで凍らせた」


「いいぞヴァリス! 俺ボケないで済むかも!!」


「それ心配してたんだ……」


「観念しろ。我々に勝てるほど、お前は強くあるまい」


 どう考えても敵が不利だ。なのに余裕すら感じられる。

 装甲で顔が見えないが、笑っている気さえした。


「なら試してみなぁ!」


 高速でヴァリスに肉薄し、拳と剣がぶつかりあう。


「この程度!」


「だから甘いのさぁ!!」


 手の甲から無数に杭のようなものが伸び、ヴァリスの鎧にぶつかる。

 だが飛び退いたヴァリスの体に傷はない。


「その程度では、この鎧は貫けん!!」


「ああいいさ。その方が困るだろぉ?」


 ヴァリスの右腕がだらりと下がり、剣を落とす。

 本人も何が起きたのかわからず、呆然と眺めた後、右肩を抑え始めた。


「これは……」


 そこは唯一杭がぶつかった箇所だ。


「いいねぇ。あの野郎、マジモンじゃねえかこれ!!」


「今回復するわ!!」


 サファイアの回復魔法でも、内部から感じる黒い魔力が消えない。


「無駄だ! それはダメージなんか与えてねえ! 内部に侵入した黒い力が、人体の動きを止めるのさぁ! 肩にあたったってことは、右肩は動かねえ。今は動いても肘までってとこかぁ?」


「何よそれ!」


「なら光の力で消せないか?」


 サファイアの光魔法で浄化させよう。


「やってみる!」


「させると思うのかぁ!!」


 突っ込んでくる敵を、アリアの豪華な盾が防ぐ。


「くっ、パワーも化け物か!」


「随分と豪華な装備だな。杭の魔力すら無効化してんのか。いや人体まで届いてねえのかねぇ」


「秘宝、蒼炎の槍!」


 蒼い炎が渦巻き、カセーマを包囲していく。


「おっとっと、そうくるかぃ」


「広範囲に熱を撒けば、中のお前はひとたまりもあるまい」


「なら近づけばいい。ドンドン魔力が溢れてくるぜぇ!!」


 お互い近距離での攻防が続く。しかしアリアが不利だ。

 技術はアリアが上。圧倒的にだ。

 しかし手からも足からも出る杭にあたってはいけないというのが、猛烈に戦闘の難易度を上げている。


「そろそろ消えな!!」


「無限烈閃光!!」


 閃光の束がカセーマの背中に降り注ぐ。


「がああぁぁ!? てめえ!!」


「左腕があれば、お前などに遅れはとらん!!」


 どうやら光の魔力をぶつける作戦は有効みたいだ。

 右腕がわずかに動いてる。

 そしてヴァリスの攻撃は効果があったようで、背中の装甲が崩れかけていた。


「フレイムドライバー!!」


 サファイアの放つ赤いビームは、飛び出す杭たちを貫き、カセーマへと直撃する。


「ぎゃああああああああ!!」


 大爆発を起こし、室内を消化機と煙が満たし始めた。


「やった!!」


「お見事です!」


 勝利ムードだが、まだ嫌な予感がする。

 今までの戦闘経験からくる勘だろうか。


「やって……くれたなああぁぁぁ!!」


 煙の中に潜んでいたカセーマが、サファイアの背後に迫っている。


「サファイア!!」


 一番近くにいた俺がやるしかない。自然と体が動いていた。


「必殺異世界チート!!」


 二人の間に入り、拳から突き出た杭を腹にくらう。


「ちっ、邪魔しやがって!!」


「マサキ様!!」


「マサキ!!」


 そろそろ俺も本気を出すか。


「押したな? 俺のへそを」


「ああ押したぜ。さあてどこが止まるか……」


「よりによって自爆ボタンを押したか」


「自爆だと!?」


 その言葉を聞き、敵が俺から飛び退く。見事なバックステップだ。

 そしてカセーマは爆発した。


「べっはああぁぁ!?」


「押したのは、お前の自爆ボタンだ」


「なんで敵の自爆ボタンがあるの!?」


「偶然だよ」


「どんな偶然だ!?」


 今の爆発で倒れてくれりゃいいんだが、頑丈だな。

 まだ立ち上がりやがる。装甲ボロボロのくせに。


「やってくれんじゃねえか。腹はやめだ! まず動きを止める!」


 そして俺の右膝に杭がぶつかる。


「そこもボタンだ」


 カチリと音がして、カセーマの頭上にタライが落ちてくる。


「ぶげっは!?」


「そこはお前の頭にタライが落ちるボタンだ」


「そんなピンポイントで!?」


「今の俺は全身が起動スイッチ。全身ボタン人間なのさ!」


 こうなれば人体を押されるだけで何か起こる。

 こいつ相手にはちょうどいい。


「ふざけてんじゃ……ねえよ!!」


 杭が俺の鼻に直撃する。別に痛みとかはない。

 なぜならボタンだから。押されることが役目だからだ。


「五秒以上鼻を押したな?」


 俺の胸が開き、現れた小さい俺が俺のへそを押してくれる。


「べっぴゃああぁぁ!!」


 またカセーマが爆発する。


「今のは小さい俺が、お前の自爆ボタンを押してくれるボタンだ」


「二度手間だよ!! 自分でへそ押したらいいでしょ!!」


「小さい俺も俺さ」


「小さいマサキ殿はどういう存在なんだ……」


 それは誰にもわからない。胸の中へと帰っていったから。


「ざけんな……おれはまだ負けてねぇ!! 最大出力で心臓を止めてやる!!」


 足から伸びた杭が、俺の左胸を勢いよく押し込んだ。


「いっけなーい速くお茶をお出ししなくっちゃ」


「わっせ、わっせ」


 二人の俺メイドがお茶を持って両側からカセーマに迫る。


「ただ純粋に気持ち悪い!?」


「あうっ!」


「あん! こぼしちゃった!!」


 躓いた二人の俺は、お茶をカセーマに向けて飛ばしてしまう。


「甘いぜ! そんなもんあたるかよぉ!!」


 お茶を避けるカセーマ。

 だがやつは知らない。そこまで予定通りだということを。


「あーん勢い付きすぎー!!」


「いやーん!!」


 二人はそのままくるりと回転し、両側からカセーマの喉元にラリアットをかます。


「死にさらせえええぇぇぇ!!」


「おげええぇぇえ!?」


「どうしてそうなったー!?」


「左胸のボタンは、二人の俺メイドがお茶をこぼしたと見せかけて、ダブルラリアットをかまして消えるボタンだ」


「何その長いボタン!? 無駄に長いよ!!」


 フェイントまでは読めなかったか。

 いい感じにダメージが積み重なっているようだ。


「何なんだよテメエはぁ!!」


「俺の名はマサキ。ごく普通の一般人だ」


「嘘つけ馬鹿野郎!!」


「うん、そこだけは敵が正しいよ……」


 全員頷いている。いや俺だって好きでやってねえよ。


「両耳を引っ張ると完全にヴァリスが回復する」


 ヴァリスに入っていた黒い力が、跡形もなく消えていくのを感じた。


「もうボタンじゃない!?」


「ならばもっと押してやるぜ!」


 前歯を四本とも押し込む。


「こ、今度は何だってんだよぉ!」


 カセーマの横に現れた丸太が、猛スピードで激突して吹っ飛ばす。


「うげあああぁぁ!?」


 吹っ飛んだ先は落とし穴ができている。


「うおおおおぉぉぉ!!」


 そして中には地雷がぎっしりだ。


「みぎょおおおぉぉ!!」


 爆炎が穴から天へと昇っていく。

 衝撃で上に飛んだカセーマは、横からくるギロチンを避けることができなかった。


「いじゃばああぁぁ!?」


「これがトラップボタン四連コンボだ!!」


 装甲はほとんど崩れ去り、ズタボロのカセーマがそこにいた。


「強い……やはりマサキはとてつもない強さだ!!」


「どんな武器すらも超えた、斬新な強さだな」


「いやあ……褒めていいのかなこれ」


「こんな……こんなわけわかんねえ野郎に……負けられるかあああぁぁ!!」


 無数の杭が俺の全身にぶち当たる。

 だがそれは、カセーマの最後を意味していた。


「必殺異世界チート!!」


 俺の体から生え続ける銀の杭は、悪しき存在を決して許しはしない。

 四方八方から複雑な軌道を描き、敵に刺さり続ける。


「杭で悔い改めて!!」


「久々にダジャレ出たー!?」


「こんなやつにいいいぃぃぃ!!」


 最後の叫び声とともに、敵が大爆発を起こした。

 悪しき野望は、この屋敷と一緒に滅びたのだ。


「まったく……結局ボケなきゃいけないんだな」


 周囲を見渡せば、どうやらもう夕方。空と庭が見えた。


「屋敷吹っ飛んじまったな。全員無事か?」


「ああ、なぜかオレたちは無傷だ」


「やったな、マサキ殿」


「マサキ様のおかげだね」


 全員怪我はないようでよかった。

 あってもボタン押しといたから回復しているはず。


「とりあえず……帰るか。これじゃあ証拠も何もないだろ」


「ああ、あとは別の部隊に任せる。我々は戻ろう」


「お疲れ様マサキ様」


「やはり勉強になる。マサキについてきてよかった」


「学んじゃいけない気がするぞこれ」


 ひとまず調査隊に任せ、俺たちは城へ戻るのだった。

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