帝国残党を探れ

 サファイアのピアノを聞きながら、ソファーでお茶飲んでいる俺とヴァリス。

 ゆったりとした時間が流れている。


「運動の後は冷たいお茶だな」


 氷がカラカラと音を立てる。部屋も快適な温度。ついだらけてしまう。

 のんびりしている俺とは対象的に、ヴァリスは多少緊張していた。


「リラックスしていいぞ。そんな緊張するか?」


「あぁ……ここは同盟国の城。ピアノを弾いているのは王族。これで緊張しない騎士はいない」


 同盟国に一人。しかも王族の前ってのは、騎士団員からすりゃしんどいのか。


「大変だな」


「視線が痛い……これも修行か」


 メイドたちの視線がヴァリスだけに集中している。

 イケメンさんだもんねえ……そりゃそうなるわ。

 しかも若いのにエースですよ。将来性もバッチリとか、まあ注目されるわ。


「どうじゃ? 私のピアノもいいものじゃろ?」


「久しぶりに聞いたわその口調」


「正直悩んでる……もうお母様もいるし、無駄に偉そうにしなくてもいいかなって。帝国はなくなったし」


「好きにしろ。俺はどっちも嫌いじゃないよ」


 肩肘張る必要がなくなるってのはいいことだ。

 俺の前で緊張する必要はないからな。素でいいと思うよ。


「見事な演奏でした。楽聖と呼ばれたエメラルド様の才を、見事に受け継がれておりますな」


「あの人本当に多彩だな」


「ありがとう。ヴァリスさんも歌や楽器はできるの?」


「上から音楽も嗜むようにと言われておりますが……」


 こいつら欠点とか無いなー。王族貴族って得だなあ。


「いつか聞いてみたいわね」


「どうせうまいんだろうに」


 アニメの主人公みたいなイケボだからなこいつ。

 これで歌えばそりゃ絵にもなるだろうさ。


「マサキはできるのか?」


「なーんもできんぞ。戦闘特化だよ」


「特化してるのは戦闘なの?」


「そこは考えちゃいけないぜ」


 そこを考えると悲しくなるからやめるんだ。


「マサキ様もやってみればいいじゃない」


「断る。経験者ばっかりに見られながらやるのはきつい。だったら俺が楽器になった方がマシ」


「意味わかんないよ……」


 楽器になっちまえば何でもできるが、俺自身を演奏するというよくわからん絵になる。単純にめんどい。


「お稽古終わり。しばらくゆっくりしましょ」


「ではマサキ、訓練の続きを……」


 ヴァリスに訓練をせがまれるが、一日に何回もやるのはきつい。


「やんねえっての。何度もやるもんじゃないの」


「なら私と戦ってみないか? マサキ殿」


「アリア?」


 アリアが各種武器を持って近づいてくる。

 それ怖いからやめろ。またレアっぽい武器だなしかも。


「帝国打倒の褒美として、いい武器をたくさん貰ったんだ。試し切りがしたい」


「危ねえよ。思考が悪役のそれだろうが」


「マサキは切っても死なん。そして強い。素晴らしいことだ。オレも見習いたい」


「絶対やらねえからな」


 半分くらい冗談で言っていることは承知の上だ。

 本来の目的がなんかあるんだろう。


「ならば別の敵で試そう。マサキ殿もついてきて欲しい」


「それが本題だろ?」


「国内で帝国の残党どもが集まり始めているらしい。武器を流している商人がいるそうだ」


「そういう時のために騎士団がいるんだろ」


 警察みたいなもんだろう。今こそ動く時じゃないか。

 アストラエア騎士団は、実質アリアが指揮をとっている。

 適任を探している最中だ。だから最近は俺がサファイアと一緒。


「無論調査中だ。だがしっぽを見せなくてな。普通の武器屋で買うケースと区別をつけねばならん……」


「表向き普通の客として出向かれれば、普通の武器屋はわからない。知らずに売ったと言われては、捜査も難航する。ということか」


「うむ、察しが良いな」


 アリアはぐったりしている。疲労の色が濃いな。

 騎士団再編とか、自分の仕事と並行して、さらに問題が出ているのか。


「合法的に売ってんのか?」


「わからない。許可証のある武器商人らしいが、足取りが掴めない」


 この国で武器屋をするには許可証がいる。行商人も許可証もらわないとダメ。

 だから手続きとかあるんだけど、どうやらかいくぐっているみたいだな。


「最近の武器屋の流通と客を調べた。行商人がお手頃価格で大量に武器を店に売り、その次の日に客が来て品切れにしていく」


「よく調べたな。探偵で食っていけるんじゃないか」


 騎士団の情報網はあてにできそうだ。さらにアリアに話を聞く。


「アストラエアで見ない類の武器でな。国内のどの鍛冶屋の刻印とも違った。しかも安過ぎて採算が取れないはずだ。何か裏がある」


「商人のアテは?」


「無い。顔をマフラーかメガネと帽子で隠しているらしい」


 儲けることが目的じゃないってことかね?

 国の転覆でも狙うには、少し兵が足りないと思う。

 単純にこの国の騎士団は強いし、多い。

 残党が武装しても無意味だ。


「まだ商人が訪れていない武器屋か、残党がいるというアジトへ行こうと思う」


「騎士団にやらせておくれ。包囲すればきっとうまくいくはずさ」


 国のごたごたに関わるのはどうなんだろうね。

 正式に騎士団とかに入っているわけでもないし、あんまり派手に暴れるのもなあ。

 ぶっちゃけボケたくない。


「帝国残党の中で、ザコ以外は指名手配されている。その中のひとりを匿っている屋敷を見つけた。都合のいいことに残党がアジトとしているようだ」


「頑張れ」


「じゃあ早速行きましょうか!」


 意外なところから賛成の声が出た。どうやら俺も行くことになりそうだ。


「サファイア様? いけません。王族がそのような場に出向くなど」


「今日のお稽古は終わったわ。予定も空いている。国の一大事は見過ごせないの」


「しかし……」


「別に私とアリアだけで行くわけじゃないわ。兵士も護衛も来るでしょう」


 こっちを見るな。あからさまに俺に来いと言っている。


「はいはい、護衛だからな。行くしかないだろ」


「ならばオレも行こう。勉強させてもらう」


 結局アリアが折れた。そして街の外れにあるお屋敷へ。

 周囲は隠密部隊が囲んでいる。俺たちは正門から堂々と行こう。


「ここだな?」


「ああ、全員配置についた。逃げ出すものがいれば捕らえられる」


 俺たち四人が突入班。

 大暴れして巻き込まないよう、実力者かつ俺を知っているやつで固めた。

 俺とサファイアは目立たない普通の格好である。


「行くぞ」


 外観は白くて大きな屋敷だ。貴族の屋敷って感じ。

 緑の蔦が壁に巻き付いている。古い建物っぽいな。

 門から真っ直ぐ進むと噴水があり、その先に両開きの門が見える。


「伏兵がひそめる感じじゃないな」


 見通しが良すぎる。

 狙撃兵でもいれば別だが、屋敷内からじゃなければ無理。

 それ以外なら隠密が気づく。


「誰かいないか!」


 アリアが先頭に立ち、扉付近のベルを鳴らす。

 待ち構えていたのか、すぐに男が出てきた。


「何用で?」


「ここに帝国軍のカセーマがいるという情報を掴んだ。捜査権限もある。中を見せてもらおう」


「そんなお人は知りませんが」


「隠れているということもありうる。どのみち正式な捜査だ。中に入らせてもらうぞ」


「そうですか。お好きにどうぞ」


 すんなり通したな。

 中で迎え撃つつもりなのか、俺たちが若いから侮っているのか。

 それとも本当に留守なのかもしれない。


「では通してもらう」


 交渉は全部アリアに任せるのが楽でいいな。

 広くて大きなロビーに入ってみると、思ったより人がいない。

 三人見えるな。アジトにしちゃ少ない気がする。


「ヴァリス」


「八人だ。それ以上はかなり遠い」


 気配を探ってもらう。エリート騎士が言うんだ、間違いはないだろう。

 捜査開始。ロビーは吹き抜けで、左右の端に、二階への階段がある。


「まずは一階だな」


 応対に出てきた男も一緒についてくる。

 監視のつもりなのかね。

 食堂も大浴場も書庫もあるが、武器すら見つからない。

 一階は共同スペースか。


「二階に行くぞ」


「この間に逃げちゃわない?」


「私とヴァリス殿なら気配でわかります」


 ロビーに戻り、二階へ……行く前に剥製が気になった。

 虎も獅子も鹿もある。首だけだが。


「立派な剥製だな」


 こんなもんがロビーの奥の壁に飾ってあるのは不自然だ。

 よく見ると目に宝石がはめ込まれている。


「かなり豪勢だな。それほど儲かっているのか?」


「いえいえ、安物の宝石でございますよ」


 色は多彩。だが鹿の片目だけが抜けている。


「欠けているようだな」


「ええ、ここに住み始めた時にはもうその有様で」


 怪しい。気は進まないが、俺が動くしかないか。


「お願いね」


 護衛対象に頼まれちゃ仕方がない。


「わあ、素敵な鹿さん。お邪魔しまーす」


 鹿に昇り、ピッタリサイズの宝石となってはめ込まれる俺。


「なにやってんだあんたー!?」


 屋敷が揺れ、ゴゴゴゴ……という音とともに何かが動く気配。


「仕掛けが作動しちまったああぁぁぁ!?」


「ほう、ロビー中央が無駄に広いのはそういうことか」


 天井がゆっくり降りてきた。どうやら三階へ繋がる隠し階段だったようだ。


「この野郎! 仕掛けに気づいてやがったのか!」


「そんな事言われても俺宝石だし」


「いつまではまってるのよ!」


「落ち着く」


「敵の前だよ!?」


 一階からぞろぞろ敵が来る。十人くらいかな。


「こうなりゃやるしかねえぜ! てめえら生きて帰さねえ!」


 二階からも敵が来た。全員武器持ち。あれは回収したほうがいいかな。


「無限閃光!!」


 まあザコなんてヴァリスが瞬殺できるわけよ。

 一人一発の閃光で確実に仕留めている。


「改めて超強いな」


「うむ、ギャンゾックが羨ましい」


「恐縮です」


「なんだよなんだよ、役立たずどもがよぉ」


 誰かが降りてきた。金髪で無精髭の、これといって特徴ないやつだ。


「カセーマ、お前を捕縛する」


「やってみな。おれにゃあこいつがあるんだぜぇ」


 何か装飾のついた首輪をはめている。

 カセーマが左右に引っ張ると、中から紫の宝石が現れ光り出す。


「くひゃひゃひゃひゃひゃ!!」


 ドス黒い魔力が渦巻き、その姿を異形の怪物へと変えていった。

 鎧と生物の中間のような、紫色の装甲が体を包んでいる。


「さあ皆殺しだぁ!!」


 想像以上に面倒な事になってきやがった。

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