ちっちゃいけど、お国を守ってるつもりです。
弦巻耀
第1章 運が導く就職活動
官庁訪問(1)
さほど大きくもない殺風景な部屋の真ん中に、
佳奈の真正面にいるのは、真っ黒なダブルスーツに黒いネクタイをした四十代前半と思しき女だった。鼻筋の通った顔は、いかにも性格のキツそうな雰囲気を漂わせている。
ダブルスーツの女の右隣では、濃紺の制服を着た三十過ぎのやや小柄な男が、手元に置かれた数枚の書類と、緊張しきった佳奈の顔を、交互に見やっていた。女の左側にいる男は、深緑色の上下を着たイカツイ身体を丸めて、なにやらせっせとメモを取っている。深緑色のさらに隣には、佳奈をこの部屋へと案内した背広の男が、妙にかしこまって座っていた。まだ若そうな彼は、フレームの細い眼鏡の下に表情を隠し、微動だにしない。
簡単な挨拶を終えた佳奈は、久しぶりに着る紺色のスーツに違和感を覚えながら、膝の上で両手を握りしめた。椅子の座り心地がどうにも悪い。深く座ってしまったせいか、座面が高すぎて、足がほとんど床につかないのだ。
「では、
「はいっ」
よく通る女の声に、佳奈は完全にすくみ上った。辛うじてつま先だけ床に接していた足が、反射的に小さく跳ね上がってしまった。
女性の面接官は、一瞬目を見開いたが、すぐに冷淡な表情に戻った。
「早速ですが、数ある官公庁の中から当省を志望された理由を、聞かせてください」
「あ、志望理由。えと、あ、あの……」
三日前の個別面談とはまるで違う雰囲気に、圧倒される。前回の面接者は二十代後半らしきスーツ姿の男女で、二人とも愛想が良かった。時間中ずっと和気あいあいと雑談めいた話をしていたような気がする。そのせいで油断してしまったのか、今回は、練習してきたはずのセリフが全く出て来ない。
佳奈は、真っ白になった頭で、己の甘さを心底悔やんだ。やはり、大学の就職支援課に頼んで、上級生と一緒に模擬面接に参加させてもらえばよかっただろうか。しかし、就活していることは、まだ誰にも知られたくない……。
すっかり狼狽する童顔の被面接者に何がしかの哀れを覚えたのか、威圧的な目つきをしていた女性面接官は、少し表情を緩めた。
「そんなに緊張しないでいいのよ。私、そんなに怖い?」
「は、はい。あっ、いいえっ」
濃紺と深緑の男二人が、鼻から息を漏らして肩を震わせる。女性面接官は、彼らに「何よ」と凄むと、素早く笑顔を作り直して佳奈のほうに向きなおった。
「どうして、防衛省に興味を持ったのか、教えてもらえる?」
「ひ、飛行機が、好きだからですっ」
「は?」
面接官一同は、画像を一時停止したかのように、口を半開きにしたまま固まってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます