国際合コン忘年会(2)


 佳奈は、川島と蘭野に連れられて、大使館側メンバーとの待ち合わせ場所に向かった。いつもは使わない駅から、いつもと違う色の地下鉄に乗る。目的地の駅に着いて階段を上がると、いつもとは全く異なる光景が広がっていた。

 煌びやかな街灯りに溢れんばかりの人々。六車線の広い幹線道路の上には首都高速が走っている。防衛省がある市ヶ谷の街に比べると、格段に賑々しい。大きな交差点を渡りながら周囲を見回すと、右手に東京タワーが見えた。温かなオレンジ色に輝く塔はかなり近くに感じる。


 そんなことを思っていると、川島に「藍原さん、こっち」と手をひかれた。


「あまりこういうトコは来ない?」

「六本木は初めてです」

「気軽に買い物、ってエリアじゃないもんね。私も、今日みたいなメンバーと飲む時に来るぐらいかな。この辺りって大使館が多いから」


「あ、あそこ~」


 蘭野が、待ち合わせと信号待ちの人々でごった返す空間の、その奥を指さした。川島が先陣を切って人込みの中を進む。

 二人の後ろをちょこちょことついて行った佳奈は、道端に佇む外国人の男四人が手を振っているのに気付いた。そして思わず息を飲んだ。


 英語ではない言葉で川島を呼ぶゲルマン系は、硬派な雰囲気を漂わせる金髪碧眼だった。精悍な顔に、スーツを着ていても筋肉質と分かる体格。佳奈の職場にいる自衛官たちより、よほど「軍人」のイメージを漂わせている。


 そのゲルマン軍人の横で蘭野に大仰な挨拶を始めた長髪のラテン系は、まるで青年姿の天使をかたどった彫像だ。中性的な美しい顔立ちに、そばを通り過ぎる人々の多くが振り返っていく。

 一方、蘭野と青年天使の滑稽なやり取りを見やる黒髪のアジア人は、くっきりとした大きな目がそうみせるのか、エキゾチックなセクシーさに満ちていた。映画の中で美女とラブシーンを演じる主演男優のような風情だ。同じ大きな目でも、黄金比に配置されると、アマガエル顔の3等海佐とは格段の違いがある。


 そして、三人の男たちの後ろから佳奈に視線を向けるアングロサクソンの貴公子然とした顔は、驚くほど上の方にあった。間違いなく身長190㎝以上はありそうだ。


 川島が佳奈を紹介すると、男たちは背をかがめて一斉に佳奈を見つめてきた。硬派の金髪碧眼、青年天使、黒髪の映画俳優に貴公子のイケメンフェイスが、勢ぞろいして目の前に並ぶ。信じ難い光景に、佳奈は完全に舞い上がった。


「あ、あああ、I’m Kana…ですっ」


 奇妙な英語の挨拶に、見目麗しい男たちは一様に人懐っこい笑みを浮かべた。そして、「カナサン! カナサン!」と騒ぎ出し、一斉に英語で喋り出した。とても早くて聞き取れない。


『一人ずつゆっくり話してよ。彼女はシャイなんだから』


 ネイティブと変わらない発音で割って入った川島は、男たちの相手を蘭野に任せると、佳奈に向かって肩をすくめた。


「この人たち、いつもテンション高くて」

「あの、今日はずっと英語で話すんですか?」

「うん。彼らみんな、日本語は片言以下のレベルだから」


 佳奈は露骨に困惑の表情を浮かべた。紅潮していた頬の熱が、急速に冷えていく。


「大丈夫。私とランちゃんで通訳するよ」

「それじゃなんだか、悪いです」

「そんなことないよ。韓国大使館のコも英語はあまり得意じゃなくて、うちらがよく通訳係やってるから。あ、そーだ。あのコ後から来るんだっけ。ねえ、レオン……」


 川島は、ゲルマン軍人の太そうな腕を叩き、ドイツ語で何か話した。「レオン」と呼ばれた彼は、黒髪の映画俳優と二言三言を英語でやり取りすると、場にいる全員に「店へ移動しよう」というジェスチャーをした。


 国際色豊かな集団が、東京タワーの見える方角へゆっくりと動き出す。佳奈にはそれが全く非現実的な光景に感じられた。イケメン外人たちと並んで夜の大都会を歩くなんて、まるでドラマの世界だ……。


 呆然と彼らを眺めていた佳奈は、ふいに視界を遮られた。にやけた笑みを浮かべた蘭野が、目の前で手をひらひらと振っていた。


「川島ちゃんのラインナップ、なかなかいいでしょ~」

「は、はいっ」

「今日のお店はキットが選んだらしいから、たぶんタイ料理だよ。パクチー食べれる?」

「食べたことないです。タイ料理って、初めてで」


 そう応えながら、佳奈は前を歩く黒髪の映画俳優をうかがい見た。


「タイの大使館の方、『キット』って名前なんですね。さっきみんなものすごく早く喋ってたから、ほとんど分からなくて」

「あ、『キット』はニックネームなんだって。本名は確か、プラキット・何ちゃらシーっていうんだけど」

ประกิตプラキット  สายจรัสศรีサイチャラットスィー デス」


 映画俳優がくるりと振り向き、訂正を入れた。いたずらっぽく目を細めた彼は、ますます男の色気が増したように見える。


「プ、ラキット・サイ……?」

「やっぱ覚えらんないよねー。本人も前に、『自分の名前は長いからニックネームで呼んでくれ』って言ってたし」


 蘭野はけらけら笑うと、当のキット氏と英語で賑々しく話し始めた。

 美脚モデルとセクシー映画俳優の姿が、夜の街に美しく映える。彼らの前を歩く川島は、180㎝を優に越すイケメン大使館勢と張り合えるほどに凛々しい。


 佳奈はにわかに心細くなった。背の高い面々に囲まれていると、まるで林の中にいるような気分がする。皆ゆったりと歩いているが、脚の長い彼らの歩みについていく自分は時折小走りになっている。今更ながら、恐ろしく場違いな所に来てしまった感がしてならない。

 小さな背丈がもたらす最大の不幸は航空学生と防衛大学校の受験資格がないことだと思っていたが、イケメンたちとの会合という重大局面におけるこの現状は、それに勝るとも劣らない不幸ぶりではないのか……。


 胸の中で一人ぼやいていると、肌触りの良い何かが左頬に触れたのを感じた。佳奈が左に顔を向けると、艶のある薄手のコートを着た人間の肘があった。

 長い腕を追って視線を上にあげると、自分の頭より高い所に大きな肩がある。そのさらに上に、貴公子の端正な横顔が見えた。

 

 ゲルマン軍人よりやや色の濃いブロンドをなびかせるアングロサクソンは、長い手足を優雅に動かし、悠然と歩いていた。190cmオーバーの貴公子の視界に、148.5cmの人間の姿は全く映らないだろう。


 と、佳奈が心の中で溜息をついた途端、頭上から優しげな低音ボイスが降ってきた。


「スミマセン。Did my hand hit you?(手が当たってしまいましたか?)」

「えっ、あっ、大丈夫です」


 思わず日本語で応えながら、佳奈は首が痛くなるほどめいっぱいの角度で相手を見上げた。長身の貴公子は、翡翠色の透き通った瞳でじっと佳奈を見つめると、クールに見えていた表情をにわかに崩した。


「カナサン……。What a littleリトル angelエンジェル...(なんてちっちゃくてカワイイんだ……)」



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