国際合コン忘年会(1)
問題の宴席は十二月最初の金曜日に開催されることになった。佳奈が渉外班メンバー以外の人間と仕事帰りに飲みに行くのは初めてだ。
幹事の川島からは「
宴席日当日、五時を少し回った頃になって、班長の下関はにわかに眉間にしわを寄せた。
「おはよう藍原君。次の君の任務だが」
「本日の営業は終了しました!」
すかさず横やりを入れる荒神を睨んだ下関は、口を尖らせたまま佳奈のほうに向きなおった。
「藍原さん、本部長のトコからグリーティングカード戻ってきた?」
「いえ、まだです」
グリーティングカードに添える書簡の作成と封筒の宛名書きはすでに終えていた。差出人である防衛情報本部長が五十通ほどのカードすべてに直筆の署名を入れれば、後はそれらを封筒に入れて発送し、佳奈の「ミッション」は完了する。
「昨日の午後過ぎに、副官の
副官とは民間企業でいう重役秘書のようなもので、スケジュール管理をはじめ事務面で組織の長を補佐する役割を担っている。組織トップと実務担当者との間を取り次ぐのも副官の仕事の一つであり、説明を必要としない細々とした報告や決済案件などはひとまず副官のところに集約され、副官から忙しいトップの手元へまとめて届けられるのが常だった。
「うーん。副官のトコで止まってないといいけど。たまに忘れられちゃうことあるんだよね。彼も忙しいから」
「『威力偵察』したほうがいいかもしれないですね」
下関の隣で、先任の追立が意地の悪いシェパードのようにニヤリとほくそ笑んだ。
「イリョクテーサツ、って何ですか?」
「ああ、一般ではあまり使わない言葉だろうな。『威力偵察』ってのは、自分の存在を敢えて敵に知らせて彼らの反応を見る、という情報収集のやり方を言うんだ。敵の位置だとか勢力なり装備なりを把握するために、わざとちょっかい出すんだよ。まあ、
「エグい……」
「全くエグい」
荒神と月野輪が揃って顔をしかめたが、追立はますます楽しそうに口角を上げた。
「藍原さん、ちょっと副官のトコ覗きに行ってくるといい」
「私がその、イリョクテーサツをするんですか?」
「そう。顔出して、『俺の仕事はどうなってんだこの野郎』ってメッセージを送るんだ」
「そ、そんなことできません」
佳奈が泣きそうな声を出すと、シェパード顔の2等陸佐は声を立てて笑い出した。
「トシや階級が上の奴らを自分の思い通りに動かすのは、
「でも……」
「ちっちぇえ奴は、先天的に敵意を買わない才能を持ってっから大丈夫だよ。うらやましい限りだぜ」
荒神が猛禽類的な甲高い声で自虐的に笑うと、古池が大きな目だけを佳奈のほうに動かして、ぼそりと囁いた。
「荒神3佐は何かと損するタイプなんですよ。目つき悪いから」
防衛情報本部長の部屋は、エレベーターホールを挟んで反対側にある総務部の隣にあった。木目の立派な扉は開放されていたが、入ってすぐのところにあるカウンターには誰もいない。
カウンターの奥には四つの机が一つの島を形作るように並べられ、そこに3等陸佐が一人だけ、ぽつんと座っていた。彼の机の上には、書類やファイルが無秩序に積み重なり、山のようになっている。
「あのう、鳩村3佐……」
佳奈がドアに半分隠れながら声をかけると、小ぶりの丸メガネをかけた本部長付副官は、ひょこりと首を伸ばして立ち上がった。
「あ、昨日の、グリーティングカードだよねっ。本部長、まだ全部書き終わってないんじゃないかなあ。昨日の午後からほとんど出ずっぱりだったから。ちょっと待っててっ」
副官は、落ち着きなく首を前後に動かしながら部屋奥にある将官の個室に入ると、一分もしないうちに手ぶらで戻ってきた。
「あと五、六枚、ってとこで、書きかけのまま出ちゃったみたいだなあ。今日は出先からそのまま直帰の予定で……。週明けでも大丈夫だよね?」
「あ、た、たぶん……」
佳奈が小さな声で応えると、副官は「ごめんねえ」と苦笑いしながらひょこひょこと頭を下げた。
渉外班に戻った佳奈がコトの次第を伝えると、下関は満足そうに口を尖らせた。
「モノが親玉のトコに入ってるなら問題ないね。じゃ、安心してイケメンさんたちと飲みに行って」
「いえっ、そういう会じゃ……」
「いーじゃないの、何でもいいから楽しんで。あ、でも、来週の金曜日はうちの班の忘年会だから、あんまり飲みすぎないようにね」
「朝帰りになるなよ」
ゲラゲラ笑う制服一同の中で、追立だけが心配そうに佳奈を見送った。
一階で佳奈がエレベーターを降りると、ほとんど同時に到着した隣のエレベーターから川島芳実が出てきた。黒いトレンチコートに身を包んだ彼女は、彫りの深い顔立ちも相まって、まさに「男装の麗人」といった風情だ。
川島は、人の往来が多いロビーをぐるりと見渡すと、「ランちゃん、出て来れるのかなあ」と呟いた。
「
「うん。
「雰囲気悪いって、どういう感じなんですか?」
「それがね……」
川島が声を低めて佳奈のほうに顔を寄せた時、ロングのニットコートを着た女が「お待たせ~!」と叫びながら駆け寄ってきた。佳奈より頭一つ分上背のある川島よりは若干背が低いが、かなり丈の短いスカートからこれ見よがしに伸びる脚はモデルのように細い。
「ランちゃん、今日はすんなり出れた?」
「班長が課長に呼ばれてる隙に逃げてきた!」
美脚の女はけらけら笑うと、胸元まである髪を揺らして周囲を見回した。
「あ、戦闘機乗りの新人さんって、まだ来てないんだ。どんな人なの? 細マッチョ系? バイキングサイズのガチムチだったらどーしよ」
「違うって。パイロット志望だった子なんだってば」
川島は苦笑いして一歩横にずれた。170㎝ほどある「男装の麗人」の陰から148.5㎝の新人が現れ、ちょこんと頭を下げた。
「えっ……。あなたが、藍原さん? でも、飛行機に乗るにはずいぶんちっ……」
続きの言葉を飲み込んだ「ランちゃん」は、急いで愛想笑いを作り、長い足を少し曲げた。
「あーっと、私、空幕の武官業務班にいる
「どーだろ。好みは人それぞれだから」
周囲を気にせず声を立てて笑う長身の女二人を見上げながら、佳奈はますます縮こまった。「イケメン」に会えるのはいいが、身長制限に阻まれる人生を歩んできた者が合コンの席で男装の麗人や美脚モデルと並んで座るのは、かなりツライ……。
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