同期の桜は恋の色(2)

「アタシの職場のヒトたち、あそこにもいるけど、いちいちうるさくってえ」


 佳奈は上半身をわずかにひねって林原の視線の先を追った。壁際の席で、自分の母親より四、五歳ほど若そうな女性職員数人がお喋りに興じている。


「廊下かどっかでカレと話してたトコ見られたみたいでえ。最近何かってゆーと『彼のことで頭一杯で仕事に身が入らないわね~』とか、『お遊び着はデートの時だけにしなさ~い』とか言ってきてさあ。佳奈ちゃんトコ、そういう怖いオバサンいない?」


「うち……?」


 佳奈は首を傾げ、口ごもった。佳奈が知る四十代前半の女性職員といえば、2等海佐の山本美知留しかいない。彼女は、林原の言う「怖いオバサン」とは別の意味で、近寄り難い怖さがある。



「アタシの服、別にそんな目立たないでしょ。なのにさあ、今日だって……」


 天敵の一団を恨めしそうに睨んでいた林原は、話の途中でにわかに目を大きく見開いた。


「ねえ、あのヒト達のほうが、思いっきり目立ってるよね。特に、あの超ミニスカの人!」


 林原が指さす先には、川島芳美と蘭野李香がいた。黒いパンツスーツ姿の川島は相変わらず「男装の麗人」といった雰囲気を漂わせ、恐ろしく短いタイトスカートを着こなす蘭野は立っているだけでセクシー度満点だ。

 その二人が、件の「怖いオバサン達」のテーブルの脇を通り過ぎていく。いかにも口うるさそうな顔をした面々も、度肝を抜かれたのか口をぽかんと開け、蘭野のモデルのごとき美脚を凝視している。


 食事を終えたところらしい川島と蘭野は、佳奈を見つけると、周囲の視線を平然と浴びながら優雅な足取りで歩み寄ってきた。


「藍原さん、この間、大丈夫だった?」

「はい。いろいろ、ありがとうございました。」

「あの後、マイケルがさ」


 背高貴公子の名を口にした川島は、目を丸くして己を見つめるもう一人の新人に気付き、凛々しい笑顔を向けた。


「突然お邪魔してごめんね。藍原さんの同期の方?」

「は、はいっ。林原でございますです。よ、よろしくですっ」


 林原は、はじかれたように背筋を伸ばし、裏返った声で奇妙な挨拶をした。緊張するとアニメ声は出なくなってしまうらしい。


「川島です。後ろにいるのが蘭野。こちらこそ、よろしくね。で、藍原さん。マイケルが藍原さんの連絡先を教えてくれって言ってきてるんだけど、どうする?」


 佳奈は助けを求めるように林原を見た。しかし、「作戦を立てる」と豪語していた同期は、男装の麗人と美脚モデルに羨望の眼差しを向けたまま、反応がない。


「彼、普段はのんびり奥手タイプなんだけど、今回は何か妙にアグレッシブなんだよね。取りあえず、マイケルのアドレス教えるから、気が向いたらコンタクトしてみて。あと、タイメシ屋で取った写真、よかったらそっちの携帯に送るけど……」


 川島はポーチから携帯端末を取り出すと、タイ料理を前に勢ぞろいする多国籍の集合写真を表示した。


「うわぁ……。みんな超イケメン!」


 佳奈より先に川島の手元に顔を突き出した林原は、ごくりと生唾を飲んだ。


「四人揃ってすごいレベル高っ! マイケルさんってどの人ですかあ?」

「この貴公子っぽい顔した金髪だよ」


 川島は、クールな決め顔を作っているカナダ人の男を指さした。彼の隣には、緊張した面持ちの佳奈が写っていた。よく見ると、大きな手が佳奈の肩に触れている。


「佳奈ちゃん! この話を『それっきり』にしちゃうなんて、絶対あり得ないよ!」

「う、うん……」

「超羨ましい~! こんな合コン、私も行きたあい!」


 興奮のあまりすっかり地に戻ってしまった林原は、座ったまま地団太を踏んだ。いかにも物欲しそうな顔に、川島と蘭野はクスクスと笑った。


「じゃ、次に合コンやる時は誘うから、藍原さんと一緒においでよ」

「いいんですかあ! やったあ! ぜひぜひお願いしますう!」


 アニメ声で歓声を上げる同期に、佳奈は目をしばたたかせた。


「麗維ちゃん、合コン出ちゃうの?」

「イケメンさん見たいもん」

「儀仗隊のカレに怒られない?」

「内緒で行くも~ん」


 林原は茶目っ気たっぷりにニッと口を横に広げた。その途端、低く冷たい声が頭の上から降ってきた。


「何? 『儀仗隊のカレ』って」


 ついさっきまでにこやかな笑みを見せていた男装の麗人と美脚モデルが、揃って林原を鋭く見下ろしている。


「儀仗隊って、302サンマルニ中隊のこと?」

「あ、あの、カレっていっても、まだ、全然親しくなくって」


「さっき、クリスマスに一緒に出掛けるって……」


 つい口走った佳奈を、林原は噛みつきそうな顔で睨んだ。しかし、切れ長の目を細める川島に己の名を呼ばれると、ピキッと身体を硬直させた。


「302中隊に、カレシがいるのね」

「いることは、いるんですけど、でも……」


 茶髪を震わせる林原の前で、川島と蘭野は互いに顔を見合わせた。そして、じわりと満面の笑みを浮かべた。


「ランちゃん! こんなところで302中隊と繋がるなんて、超ラッキーじゃない?」

「イケメン部隊の殿方たちと、是非お食事をご一緒したいわ~」


 ただでさえ視線を集めやすい男装の麗人と美脚モデルは、賑々しくはしゃいだ。食堂中が佳奈と林原の座るテーブル席に注目する。しかし、先輩二人はまるで意に介さず、冷や汗をたらす若い新人たちに、揃ってギラついた顔を寄せた。


「私たち、大使館勤めの男性陣には縁があるんだけど、302中隊だけはどうしてもツテがなかったんだよね」

「ねえ、林原さん。年明けでいいから、カレシさんと一緒に302中隊との合コン主催してくれないかな? 四対四くらいの感じで」


「主催って、ど、どう……」


「カレシさんに、302中隊の独身オトコ集めてって頼むの。年齢は特に問わないから」

「で、話がだいたい固まったら、ここに連絡ちょうだい」


 蘭野は、ブランド物のポーチの中から名刺を取り出すと、金魚のように口をパクパクさせている林原の前にそれを突き出した。そして、佳奈のほうに視線を移した。


「藍原さんも、302中隊の合コン来るよね?」

「あの、私……」

「あ、そっかあ、マイケルがいるもんね~」

「いえあの……っ」


 男装の麗人と美脚モデルは、目を細めてニヤリと笑うと、金縛りにあったかのごとく固まってしまった佳奈と林原に「またね」と手を振り、意気揚々と歩き去って行ってしまった。



 二人の華やかな後ろ姿が食堂の外へ消えると、ようやく我を取り戻した林原は独り青ざめた。


「どうしよう、私のカレ、『お姉さま』好みだから、あのミニスカの人見たらきっと浮気しちゃう……」


 浮気者はどっちだ、と佳奈は思ったが、同期にまたアニメ声で騒がれても困るので黙っていた。



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