イケメン部隊を探せ(2)


 連休明けのある日、資料整理をしていた佳奈は、ふと顔を上げた。どこか遠くで音楽が流れているような気がする。耳を澄ますと、フランス国歌のような曲が聞こえた。続けて、聞き慣れた君が代の旋律が流れ始める。

 佳奈は驚いて、大きな部屋の隅にある壁時計を見た。まだ十時半だ。周囲にも起立する者はいない。

 日本の国歌が終わると、今度はいかにも軍隊的なラッパの音が聞こえてきた。


「今、栄誉礼えいよれいやってんだよ」


 きょろきょろと辺りを見回す佳奈に、月野輪が熊顔を寄せてきた。


「エイヨレイ?」

「国賓やエラいお客さんが来た時にやる、お出迎えの式典のこと。今日は確か、フランスの国防大臣が来てるんじゃなかったかな。ま、うちには関係ないけど」

「演奏付きでお出迎えなんて、すごいですね」


「あれ、藍原さん。ニュースなんかで栄誉礼見たことない?」


 窓を背に座る班長に尋ねられた佳奈は、正直に「ないです」と答えた。主要なニュースはネットでざっとチェックするようにはしているが、わざわざ関連動画を再生したりはしない。


「じゃ、今、こっからナマで見たら?」


 班長は愛嬌のあるフグ顔で手招きした。言われるままに窓際に寄り、下を覗くと、毎日行き帰りに見ている大きな広場があった。そこに、紺と白のツートンカラーの制服を着た人間が、兵隊人形のようにずらりと並んでいる。ゆったりとした音楽が演奏される中、数人が、整然と並んだ集団の周りをぐるりと歩いていく。


「右側で大きなラッパとか抱えてんのが中央音楽隊。小銃を持ってるのが……、こっからだとちょっと見えないかな、まあ、それが特別じょう隊。『国賓に敬意を示す』ってのが任務で、ある意味、我が国と自衛隊の『顔』だよね」


「班長、いいこと言いますね」


 いつの間にか、先任の追立が、佳奈の隣に来て一緒に窓の下を覗いていた。


「国賓をお迎えする『特別儀じょう』の任務を与えられているのは、陸自の中央音楽隊と302さんまるに中隊だけなんだ」


 陸上自衛隊の制服を着る先任は、誇らしげな笑みを浮かべた。


「サンマルニ?」

「『第302保安警務中隊』という部隊があって、特別儀じょう隊はそこの人間で編成される。だから、302中隊には、班長の言うとおり『我が国と自衛隊の顔』に相応しい、見た目のいい奴ばかり揃ってるぞ」


 見た目のいい奴……。佳奈の頭の中に、A棟十八階の食堂で満面の笑みを浮かべていた同期の顔が浮かんだ。


「その隊の人たち、もしかしてE棟にいますか?」

「確か、E1棟だね」

「じゃあ、それがイケメン部隊……」


 うっかり呟いた声は、意外と大きかったらしい。月野輪が、熊のように豪快な笑い声を上げた。


「なんだ、そういうコトはちゃんと知ってんのか。抜かりないなあ」

「あっ、すいません……」


「いーじゃないの。イケメンが気になる年頃だよね」


 班長の下関が楽しそうに口を尖らせた。一同が遠慮なく笑う中、佳奈は赤面して黙るしかない。


「しかし、イケメンか否かの基準は何だろ?」

「自分が聞いた話では、選抜基準は『身長175㎝前後、容姿端麗、長時間立ち続けられて、トイレが長い』だそうですよ」


 先任が右手の指を一本ずつ立てながら解説すると、海自のフグ班長と空自のイヌワシ頭は、揃って「ほお」と感嘆の声を上げた。


「そういうのを百人以上かき集めてるわけ?」

「まあ、そうですね」


 佳奈は、もう一度、窓の下を見た。すでに栄誉礼は終わり、音楽隊と儀じょう隊が美しい隊列のまま広場を去っていくところだった。確かに、百人はいそうだ。

 同期の林原が食堂で見せてくれた爽やかな陸自青年の顔を思い出す。彼女が働くE棟には、あんなイケメンが百人もひしめき合っているのだろうか。なんという幸運だろう。それに比べて……


「何だよ。ここはイケメン皆無のオヤジだらけで運がないなあ、とか思ってんじゃないだろうなあっ」


 熊が唸るような低い声に、佳奈は飛び上がった。


「い、い、いいえっ……」

「そもそも、アンタは戦闘機乗りがいいんじゃなかったんか」

「そ、それは……」


 戦闘機乗りのカレシが欲しいんじゃない、自分自身がパイロットになりたかったんだ、と言いそうになって、佳奈は急いで口を閉じた。そんなことを言ったら、ますます笑われそうだ。


「あいにくここにはイケメンはおらんけど、パイロット経験者がいるからいいだろ」

「でも、総務部長はちょっと遠すぎて……」


 ウイングマークを付けた総務部長とは、入省初日に挨拶に行った時以来、顔を合わせる機会すらない。


「部長クラスはハイレベルすぎる。にいる奴じゃダメなん?」

「うち?」

「やっぱ、知らんかった? 荒神3佐は、昔はF-15乗りだったんよ?」


 月野輪が親指を突き出して右隣りを指した。濃紺の制服を着るイヌワシ頭は、面倒くさそうに溜息をつくと、憮然とした顔で佳奈を睨んできた。



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