つわものどもの夢の中 3

 ハチマキを締め直す。これだけで、緊張感がリセットされる。

 大きな声で、大きな動き。大丈夫、今朝振り付けはちゃんと確認したから。

 今朝応援練習に付き合ってくれたのは美緒ちゃんだった。最低限の動きだけを確認して、後はやりきるだけです、とアドバイスしてくれた。

「昨日はお疲れ様でした。たぶんみなさん吹っ切ってるでしょう」

 千代子の机に手紙が入れられた真相。正直、納得してるかっていうとしてないかも。

 でも、真実だって言うなら受け入れて、前に進むしかないと思うんだ。

「応援合戦は、あなただけがやるものではありません。応援団全体と、私たち普通の赤組の生徒たち全員のパフォーマンスが評価される場です」

 朝練に向かう前、最後の一言を思い出す。美緒ちゃんのいうとおりだから、私も頑張るんだ。

 ボロボロだけどポケットに忍ばせた応援歌の歌詞カード。慣れない白手袋で握りしめる赤のポンポン。晴れ舞台にと借りた学ラン。

 続いて、赤組の応援です、と放送がかかる。

 みんないくぞー! と団長が声を上げ、太鼓の音で入場する。

「これから、赤組の応援を始めます! 本部に向かって、礼!」

 太鼓に合わせてお辞儀する。お願いしまーす! という声で始まる。

炎舞激闘えんぶげきとう!」

 赤組のテーマを叫び、団長、副団長を見守る。裸足にグラウンドの砂利がめり込む。風がほおに吹き付ける。うるさいほどの心臓の鼓動。大丈夫、大丈夫。あれだけ練習したんだから、と本部に向かって胸を張る。

 回れ右をして、赤組のエールに移る。視界の隅に美緒ちゃんの姿を見つけた。大丈夫、私、頑張るよ。

「赤組に向かって、エールを送る!」

 フレー、フレー、あーかーぐーみ、に続いてフレッ、フレッ、赤組、フレッ、フレッ、赤組のかけ声が返ってくる。ここは朝のエール交換でもやったところだ。腕をまっすぐ伸ばして、大きな声で叫ぶ。

「第一応援歌よーい!」

”おーっ!”

 第一応援歌はポンポンを使った演技が中心だ。上下に飛んだり、円を描くように腕を振ったり、のびのび演技する。こんなにも動けたのは今回が初めてだ。

「押せ押せよーい!」

”おおっ!”

 誰もいない右を向く。団長と副団長が出てきて、「おーせ! おーせ!」とコールが始まる。

”おーせ! おーせっ! しーろぐみたおせー”

 コールをしながらパンチを繰り出す。回れ右して今度は青組、もう一回回れ右して黄組を倒す。

 みんなの声が追い風になって、私の背中を押してくれる気がした。

”今年の優勝 赤組だ!”

 3年D組の騒動がなかったかのように、みんなの思いが1つになる。

 直って再び本部の方を向く。いよいよ苦手な第二応援歌だと思うとどうしてもひるんでしまう。

「第二応援歌よーい!」

”おーっ!”

 人一倍声を出して、不安をなぎ払う。すぐさま太鼓の音で移動する。

 配置について、へそのあたりに力を入れる。視界は明瞭。いける!

”赤組が優勝だ”

 腕も足も思いっきり高く上げてジャンプ! 筋が伸びる痛みも、今は心地よい。

”今年の三冠つかみとる”

 3本指を立てて三冠をアピール。見えないでしょ、とか思っていた1週間前の自分を叱って、ピンと指を伸ばす。

”みんなで団結して”

 女子の団員で集合し、肩を組んで左右に揺れる。今日は間に合ったよ! と隣の千代子に話しかけたくなる。

”自分信じて走り抜け”

 そのまま前に出て両腕をあげ、ウェーブを始める。

”ゴールは目の前にあるから”

 私、千代子、大林さん、福原さん、2年生の女子たち、ときれいにポンポンの波が連なっていく。赤いポンポンで描かれた、アーチのような一瞬。

 ウェーブが決まった!

「Go! By! Win!」

 後ろを向いたりねじる動きがあるので一番難しかったところだ。いつもならよろけてしまっていたところを踏ん張っている。しかも一番声も動きもそろっているはず。

 昨日までは考えられなかったくらい、きれいにそろった応援。

 このたった5分間のためだけに、どれだけの練習を重ねただろうか。

 みんな、見てる? 高瀬君、4人に指導してもらって、ここまで頑張れたんだよ。

 小倉さん、ありがとう。今の私が、一番きれいに動けているはず!

 城崎君、ありがとう。何もかも吹っ切れたのは、きっと君のおかげだよ。

 蓬莱君、ありがとう。おなかから本気で声を出せてるよ。

 美緒ちゃん、ありがとうをいう前に、もうちょっとだけ応援してね。

 頑張れ、もう少しだから、私!

 次は勝利のウェーブ。黄砂のように吹き付ける砂利も、もう痛くない。目印の赤い旗は、悠々と青空と白いわた雲の中でたなびいている。

 旗が通り過ぎるところで、叫び声を上げてこれでもかとジャンプ!

 もう一度ジャンプ!

 もう一回ジャンプ!

 飛び上がるたびに、わーっという歓声が上がる。

 一瞬だけ、太田先生が本部の方から見ているのがわかった。厳しい応援練習も、この景色を見られるなら意味があったのかもしれないです。見えてますか、先生!

 残すは締めのかけ声だけ。

「三冠とるのはー?」

 ダンっと太鼓の音が響く。

”赤組だー!”

 みんなの声が1つになって、応援席に、グラウンドに、学校中に、そして空へと届いていく。

 きっと、この日の、この瞬間のことは忘れない。つらくて、苦しくて、泣いて、みんなの背中を追いかけてたどり着くまでの長い時間のことは、忘れない。

 太鼓がリズムよく鳴り響く。やっと、終わった。

 やりきったよ、私……。

 視界は地面へと向かっていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る