なってしまった応援団 4

 研究部のみんなと会った翌日の朝、自分の振り付けとセリフを一通り見せた。あがった息を整えているところで、ノックの音が響いた。

「みんな、何してるの?」

 戸を開けて1人の男子生徒が入ってくる。彼は研究部のみんなを見回して「依頼が来たの?」などと聞いている。

「誰?」

「部長です」

 美緒ちゃんに耳打ちするとそう答えが返ってきた。上履きの色から察するに2年生。1年生の城崎君が副部長をやるくらいだから、上級生の彼が必然的に部長ということになるのか。

 彼、高瀬たかせ冬樹ふゆきと名乗った、は夏休み中に設置したポストを見に来たら電気がついていたので不審に思ったと言う。後輩たちとのやりとりがすんだところで彼に向き合った。

「3年D組の篠田真弓です。実は私、赤組の応援団になってしまって。全くできないので、研究部で指導してもらいたいんです」

 自分からつっかえつっかえになりながら話す。なるべく情けなくないように。なるべく迷惑かけないように。

 一通り話したところで部長さんから出た言葉はこうだった。

「研究部としては、お受けできません」

 最初何を言われたのかが理解できなくて、頭の中が真っ白になった。

「な……ぜ……?」

「そうですよ、冬樹先輩! 研究部は生徒や教職員のために活動するんでしょう? 困っている生徒がいるんですよ? なぜできないんですか!」

 返答までもつっかえる私に代わって蓬莱君が抗議してくれた。

「うん、そうだね。現に篠田先輩は困っている。困っている生徒を助けるのは研究部として正しい。

 ただし、研究部にもあくまで前提条件を満たしてのこと。

 1つ目、規則に違反しないこと。法律や条例、校則の他、マナーやモラルもここでは含まれる。これはいい。

 2つ目、他人もしくは部員自身に危害が及ばないこと。まあ、これは違反した事例があるけどね」

 部長さんは横目で蓬莱君と城崎君を見た。2人とも冷や汗をかいている。何やったんだろう。

「さらにもう1つ、他の誰かが不利益を被らないこと。研究部が赤組の応援団員の練習につきあうことで、他の組、白組、青組、黄組が不利になるかもしれないよね?」

 4人とも黙ってしまった。理屈自体は通っているかもしれない。でも。

 彼は所詮、今話を聞いただけの人間だ。2年生で部長をやっていて、まさに何でもできそうなハイパーイケメンに言われても。

「私は」

 部長さんの視線は私に戻る。

「足も速くないし球技も下手で全然運動ができる方ではなくて、体育でも部活でも大声張り上げて応援なんかしたことなく、応援合戦どころか運動会で活躍するどころか無様な姿しか見せられないような人間で。

 応援団なんてできるとも思っていませんしやりたいなんてこれっぽっちも思ってなんかいません。なってしまいましたけど。

 でも、なった以上は、責任もってやり遂げなきゃならないとは思いますし、せめて足を引っ張らないだけにはならないと。

 あまり迷惑もかけないようにしますから、せめて、せめて力だけでも貸してください

 それに、他の組、白組、青組、黄組は全員ずっとずっと応援団に向いている人がやっていますよ。私のせいで赤組応援団だけがとんでもなく遅れをとっているんです。本来赤組はもっともっと先に進めていたはず。私は、ただ申し訳なくて、遅れてしまった分を取り戻さなきゃいけないんです。

 第一、私はこの4人にお願いしているんです。本来あなたは関係ない。あなたにそんなこと言われる筋合いなんてない」

 盛大な言い訳を言い切ってしまうと、挑戦的な目つきで部長さんをにらんだ。一方の部長さんは、飄々とした態度を崩すことなく受け答えをした。

「事情はわかりました。

 ところで最初から俺は関われません」

「え?」

 私だけでなく4人までもが部長さんの方を見た。

「すみませんね、みなさん。自分ができないの分かっててずいぶんと嫌なことを言ってしまって。実行委員なので運動会が終わるまで部活にあまり出られませんから」

 「そういえば!」とどこからか怒りの声が上がる。

「最初から研究部全体であなたの支援をすることはできません。多少屁理屈気味ではありますが、たまたま1年生4人の友人であるあなたに手を貸す、ということにしておいてください。個人として、友人として助けるというなら何の問題もありません。

 研究部、のような団体で支援すると問題になるということを、頭の片隅で記憶に留めて欲しかっただけです」

 続いて部長さんは彼の後輩たちを見回した。

「4人にも約束。手助けをするのは篠田先輩の自主練だけに留めること。練習に付き合うことは他の人に知られないようにすること。篠田先輩個人だけでなく応援団にまで支援を広げ出したり、本来応援団がやるべきことを研究部が請け負ってしまったりしまわないように」

 あまりの急展開に、頭をフル回転させる。要するに、私の練習に付き合ってもいいよってこと……?

「最初からそういえばいいじゃないですか」

 城崎君がため息をつく。

「ねえ、もう時間がないよ!」

 小倉さんが時計を見て叫ぶ。とうに8時を過ぎている。夏休み明け初っぱなから遅刻はまずい。

「全く!」

「先輩のせいですからね!」

「で、どうするの!」

 悲鳴に近い怒鳴り声を上げあって、研究部1年生の4人は、放課後時間が空いたら来てください、とだけ言い残して解散を言い渡した。

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