なってしまった応援団 3

 応援団は、想像以上にやるべきことが多かった。

 打ち合わせの時点なら何とかついていけるかもしれない、と淡い期待を込めて昼休み、第二理科室へと入っていった。本当に最初は毎年の確認事項の説明や2年生たちへの自己紹介、役割分担で終わったりしたこともあった。けれど、運動会、特に応援合戦に関しては自分たちで考えなければいけないことが山ほどあった。応援合戦のプログラム、応援歌、セリフやかけ声、応援団や全体の振り付け、パフォーマンス、必要な小道具など、何から何まで自分たちで考えなければならない。

 団長副団長中心に、アイデアを出して、まとめて、決めていく。私も一応は、考えてくる。でも、いいとは思えなくて、とりあえず発表はするけど、最終的には他の団員が考えたものに手を挙げる。反応がよかったものばかりだから、大体はすっと決まっていく。千代子が考えた応援歌、大林さんが出した振り付け、他の団員たちも、家で真剣に考えてきたんだなって思えるようなパフォーマンスの数々。

 取り残されているのは、私だけ。

 実際に配置を決めてやってみても、私だけワンテンポ遅れてしまう。今更になって千代子の要領のよさに気づく。私だけ振り付けを覚えられないまま、夏休みの練習が終わりそうになる。私だけセリフを間違えたりして、練習を止めてしまう。寝る時間も削って家で練習しているのに、必ずどこかでとちってしまう。睡眠不足で重たくなった体に無理矢理むち打っているせいで、いつもワンテンポ遅れてしまう。

 学校が始まれば、自分たちが練習している時間はない。応援団ではない他の団員にセリフや振り付けを指導しなければならない、と先生から口が酸っぱくなるくらい言われている。

 夏休み最後の日、夕日が差し込む昇降口の隅で、1人声を押し殺して泣いた。

 あまりのできなさに泣いた。

 あまりの無力さに泣いた。

 泣いたところで何が変わるわけでもない。そんなことは百も承知なのに、体は言うことを聞かない。これから帰って練習しなければならない。応援団は生徒たちの模範でなければならないから、宿題も終わらせなくちゃいけない。やらなきゃ、できるようにならなきゃ、と思うのに涙は止まらない。

「こんなところで泣かないでください」

 顔を上げると、美緒ちゃんが立っていた。

「美緒、ちゃん……」

 一緒にいた子たちが「知り合い?」と美緒ちゃんに聞いている。1人が「大丈夫ですか」と声をかけてくれた。

 牧羽まきば美緒ちゃんはご近所さんで、小学校の頃は同じ登校班なのもありお互い顔は知っている。2つ下の美緒ちゃんは今年久葉中に入学して、学校でもたまに廊下で見かけることがある程度だ。

 とにかく今の美緒ちゃんはすごく不機嫌だった。

「もう下校時刻です。まずここから出ましょう。ほら、荷物持って」

 部活や補講、図書室利用などで一応夏休みの間も最終下校時刻が設定されている、ということを今更思い出した。

 私は幼い子のように美緒ちゃんに手を引かれ、荷物を持ってもらってよろよろと歩き出した。見送る先生方に顔を見られないように自転車を引いて校門を出る。

 美緒ちゃんと一緒にいた子たちも学校近くのコンビニで待っていてくれた。

「ありがと。帰っていいわよ」

 美緒ちゃんが無愛想に言うと、彼らは「いや、さすがにほっとけないよ」とか「心配だもん」などと答えていた。

「話くらいは一緒に聞くから」

「私は帰る方向が一緒だからいいけど大丈夫なの? 特に澄香すみかの家って逆方向でしょ」

「ま、まあ、ちょっとだけなら」

「なんだったら一緒に帰る?」

「い、いいよっ。元気げんきの家から遠回りになるでしょっ」

 やっぱり、私のせいで。美緒ちゃんのお友達にまで無理させてしまう。

「美緒ちゃん、私、大丈夫だから」

「どこが大丈夫なんですか」

 美緒ちゃんに詰め寄られて萎縮する。どっちが先輩だかわかんなくなってくるな。

「私たち研究部は、久葉中の生徒や先生たちのために動く、そういう部活なんです。

 久葉中の生徒が泣いてるのに何もしないなんて選択肢はないんです」

 美緒ちゃんのまっすぐなまなざしに見つめられ、お友達たちの真剣な表情に気圧され、この子たちは真剣なんだ、と感じた。

「美緒ちゃん」

 誰かからティッシュを受け取った美緒ちゃんが振り返る。

「いい友達持ったねえ」

 涙声になってしまった。近所のおばさんか、とも自分でツッコみたくなるけれど、小学校時代の美緒ちゃんはさらにきつい性格のお姉さんがいたこともあってもっととげとげしかったのだ。そんな彼女に気を遣ってくれる仲間ができたことに感動を覚えずにはいられなかった。

 一方の美緒ちゃんは汚いモノでも見るかのように引いている。

 涙と鼻水にまみれた状態だったことを思いだし、差し出されたティッシュをありがたく受け取って鼻をかんだ。美緒ちゃんとお友達らしき人たちの会話が聞こえてくる。私とはどういった関係なのかを簡単に説明していた。

 私は応援団になった経緯から練習のこと、まったくダメダメな自分のことまで洗いざらい話した。全くの部外者だったからか、先輩後輩を感じさせず、親身になって聞いてくれた。ダメすぎる私をさらけ出しても、誰も責めるどころかそんなことないですよ、と女の子が優しい言葉をかけてくれた。

 誰かに話したおかげで楽になったのか、ふと疑問が湧いてきた。

「研究部? そんなのうちにあったっけ?」

「今年ようやく部になったんですよ。あ、僕は城崎といいます。一応副部長です。そういえば紹介がまだでしたね」

 身長の高い男子が城崎君。たぶんティッシュをくれた子だ。美緒ちゃんに澄香、と呼ばれていた女子が小倉さん。もう1人の背が低い男子が蓬莱君というらしい。

 城崎君の説明によれば、研究部は今までいくつかのトラブルや生徒からの相談事を解決してきたという。しかもみんな1年生なのに。実はすごい人たちだったんだ。

「なら」

 私は頭を下げた。

「お願いします。駄目すぎる私を、助けてください」

 息をのむ音が聞こえたかと思うと、「まず頭を上げてください」という声が聞こえた。

「でも運動会まであと1週間しかないですよね?」

「時間がないの。1週間でみんなに追いつかなきゃ」

 ぱっと頭を上げると、みんな困惑している。直視できなくて、思わず目をそらした。4人は「どうする?」とささやきあっている。やがて美緒ちゃんが答えを出した。

「できるかは分かりませんが、善処します。まずは明日に備えてください」

 まず振り付けを確認したいとのことで、明日、約束の朝7時半、講義室1でと約束した。幸い蓬莱君が小学校で応援団をやったというし、美緒ちゃんが同じ赤組だというのは心強かった。

 時間ぴったりに来ると、みんな待っていてくれた。ここ最近で一番うれしかったことかもしれない。たった数十分で吹き飛ばされてしまったけれど。

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