なってしまった応援団 2

 ことの発端はテスト明けすぐの7月某日のこと。給食を食べて眠い盛りの5時間目、学級活動。どこか浮き足立って落ち着きのない教室が、始業の号令で緊張が走る。

 この時期の学級活動。先週は運動会の実行委員を決めた。

 担任の太田おおた先生が教卓の前に立つ。

「さて、この時期と言えば受験勉強に本腰を入れる時期ではあるし、部活の方でも最後の大会に向けて練習に取り組んでいることでしょう。ですが、9月には運動会が行われます。君たちにとって中学校最後の運動会でもありますが、最上級生である君たちが下級生のお手本となり、全体を引っ張っていく役割があるということも考えていただきたい」

 担任の一言で教室内の空気がなお一層張り詰める。あくびをかみ殺すのに精一杯の私も、眠りこけない程度には聞いていた。

「では実行委員、どうぞ」

 担任と入れ替わるように、加隈かくま君と小野おのさんが教卓に上がる。

「今日は応援団と役職を決めます」

 小野さんの一言が始まると、加隈君が黒板に文字を書き始める。カツカツと小気味いい音を立てながら、白いチョークで役職名らしい文字が浮かび上がる。やらなきゃいけないんだったら記録か決勝審判がいいかな。記録ならテントの中だけの仕事だし、決勝審判は見てても大変そうな仕事ではないし。あっ、でも一応千代子ちよことかと一緒の役職がいいな。千代子も用具係とかは選ばないだろうから、その辺りに手を挙げよう。

「団長から決めたいと思います。立候補する人は手を挙げてください」

 数秒経って鶴岡つるおか君が手を挙げる。他の立候補者はいない。それでは、と形式に従ったように信任投票を行う。机に伏せて手を挙げる。団長に決まった鶴岡君は教卓の前で、最後の運動会なので団長として精一杯頑張ります、みたいなことを挨拶して進行役に加わった。

 運動会なんて憂鬱だ。

 足が速いわけでもない。運動も得意じゃない。好きなスポーツは? と聞かれても特にない。部活もなんとなくで卓球部に入ったクチだし。どちらかというとインドア派で、大声を張り上げたりみんなでワーワーお祭り騒ぎをするのも好きじゃない。

 一致団結して頑張った、の中に私はいない。

 小学校の学芸会や合唱コンクールでもせいぜい隅っこで言われたことだけをこなしてきた。目立ちたいわけでもないけれど、スポットライトを浴びるのは決まって教室の中心人物だった。

 運動会なんて、所詮運動やスポーツができる子たちのためのイベントでしょ?

 私たちのような生徒は、先生たちには全員参加させないといけないことでもあるのか、それとも参加させてあげないとかわいそうだと思っているのか、とにかく四の五の言うまもなく参加させられているだけ。

 教室では副団長を選ぶ流れに変わっていた。男女で1人ずつ選ぶらしい。立候補したのは坂巻さかまき君と昆野こんのさん。反対する人はいないだろうに信任投票に持ち込む。机に伏せて挙手。2人とも副団長に任命された。流れで何か意気込みを言ったんだろうな。だろうっていうのは、団長を選ぶ時よりも机に伏せている時間が長くて、思わず睡魔に負けそうになってしまったから。夢うつつの状態で千代子の声が聞こえてきたから、思わず「はい!」」と手を挙げてしまった。

 まだ応援団員を決めている時だった。

 一瞬ざわめきが起こったのと、鶴岡君や昆野さんや担任やその他四方八方から浴びた冷たい視線だけは忘れられない。黒板に立候補者の名前を書いていた加隈君も、手を止めてこっちを見ていたし、何より進行役の小野さんがあっけにとられた顔をしていた。

 冷や汗をかきながら、先週実行委員に小野さんが立候補した時を思い出した。あのときもあんな風に教室が妙にシーンとなったっけ。確かに彼女、体育会系ではないし、おとなしそうな人だけど。

 手を挙げていたのは私と千代子を含めて4人。先に男子の応援団員を決めたらしく、記されていた名前は4人。明らかに消された跡があったのでたぶん私は投票に参加したんだろう。ガッツリ寝ていたら叱られていたと思うし。

 進行役の人たちは周りを見回す。

「これから信任投票を行います」

 より大事な情報を見落としていた。男子の団員が選ばれたのは4人ということは、女子の団員の数も4人だ。

 担任と進行役の人たちの視線が光る中、私には4回とも手を挙げるしか選択肢がなかった。

 私は教室の前の方に出てきて、4番目に情けない挨拶をした。

「お、応援団のひと、い、一員になった篠田しのだ真弓まゆみです。せっ、精一杯、頑張ります!」

 他の役員決めも終わって、学活の時間自体も終わった直後、千代子を廊下に連れ出した。

「千代子、応援団やりたかったの?」

「え? そりゃ、最後の運動会ともなれば、応援団くらいやってみたいっしょ。それよりまゆの方が意外。応援団やるって、しかも立候補して」

 意外をいがーい、と長く伸ばして千代子はキャハハと笑う。じゃね、と私を残して千代子は教室に戻った。私はそんな千代子を呆然と眺めた。

 考えてもみれば、千代子が応援団をやりたいと言い出すのは自然なことだった。どちらかと言えば目立ちたがりな方だし、自分で言っててなんだけど、全然キャラの違う彼女と私が友達になれたこと自体奇跡だ。何も考えずに千代子と同じ役職をやろうという考えが浅はかだったのだ。

「篠田さん」

 横から声をかけられて飛び退く。同じく応援団になった大林おおばやしさんが立っていた。

「応援団に伝言。明日の昼休み、打ち合わせするから第二理科室だって。あと応援団は当分昼休みないと思ってて、だってさ」

 それだけ言って大林さんは教室に戻ってしまった。大林さんの姿が見えなくなると、私は廊下に座りこんでしまった。

 ああ、私本当に応援団になってしまった……。

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