研究部の仕事
研究部の仕事 1
今朝一通りは篠田先輩の応援の流れを見たけれども、まず私たちは正解も全体像も知らない。
赤組応援団の目指す応援合戦はどのようなものなのか。構成、展開、誰がどこにいてどのような動きをするのか。全体の中で篠田先輩の役割は。正しい応援歌や振り付けは。個人練習に付き合うと言っても、篠田先輩は何をやってどこを修正すべきなのか、まずそこがわからなければ話にならない。
手っ取り早く知るには練習風景を実際に見ることだ。全体で見たときに立ち位置や役割を加味して求められている動きや声量などを指導する必要があるし、他の人と比べて見ることでどこを直さなくてはいけないか一目でわかるからだ。何より篠田先輩から聞いた話だけでは見えない赤組応援団の雰囲気も知っておきたい。
ということで、私たちはばれないように校舎の陰から赤組応援団の練習を見学、俗に偵察という行為に出た。
「っていうことでまとまったけれども、さすがに多すぎやしないか?」
苦言を呈しているのは副部長、と先輩の前で名乗った城崎である。
「ならあなたが留守番してなさいよ」
「元気が依頼者ポストを作ったからいいって話になったじゃないか」
蓬莱に「うるさい」とにらまれ、澄香に「ばれちゃうよ」と注意される。
なぜ校舎の陰から偵察に来るのに総出で来たのか、というと、多くの目で見た方が見落としも少ないなどとこじつけたせいだ。夏休み中に作った活動中かどうかがわかるプレートと、依頼の手紙を入れるポストのおかげで留守番もいらなくなったのが大きい。もっとも、入っていた手紙は期末試験の問題を教えてくれ、だけだったので問答無用でゴミ箱に入れられた。差出人の名前もなかったので注意もできないし。
篠田先輩に声をかけたのは私、牧羽美緒だ。当然、責任を持って最初から最後まで見届けなくてはならない。しかもこの4人の中で同じ赤組は私だけなので、赤組応援団の様子を見に行くのは当然である。
研究部4人の中で応援団の経験があるのは蓬莱元気ただ1人。小学校の運動会とは比べものになるかはわからないが基本的な部分は同じだろうし、経験があるとないとではアドバイスに雲泥の差があるだろう。当然彼も偵察に来るべき人物である。
ところで小倉澄香は祖父の伝手で空手を習っていたことがあるという。確かに体育の授業でも身のこなしは美しい。応援合戦の中ではダンスのような動きもありその手の指導ができるのは彼女だろうし、2人1組の演技ともなるとペアの代わりを務めることができる人がほしい。やはり彼女も見学しておくのが望ましい。
となるとお留守番になり得るのは残りの1人、城崎
余計なことを考えるのはここまでにして、応援練習の見学に集中する。最初に全体を通す練習をしたので、ありがたいことに赤組の応援合戦の全体像が把握できた。
赤組応援団が考えた応援合戦の演目は、応援団に要求されるパフォーマンスのレベルがかなり高い。個人の身体能力が高くないとついていけないものだ。今回、篠田先輩の能力を計算に入れられていないためについていけず、赤組全体でも立ち止まってしまっている。分かってはいたことだが、篠田先輩のポジションは客席側から見て後方の一番左端である。さらに応援席側から見ても目に入るとしたら右端の女子くらいだ。つまり、応援団側も分かっていて一番目立たないところに配置されているし、最悪前の人の動きをカンニングできる。万が一間違ってしまっても、すぐに修正できるように練習を重ねておかなくてはならない。
篠田先輩が1人で声を出す場面がないのはわかっていたけれども、篠田先輩自身の声が全く聞こえない。引退するまでは卓球部に所属していたと聞いた。勢いのある2年生たちとは裏腹に、今年の3年生の代までは全く熱意も感じられなかったという話を耳にしたことがある。その環境にいた人が応援団をやるのは辛いとは思う。他の運動部出身者はキビキビと体を動かし声を張り上げて応援するのが当たり前だったのだから。
赤組応援団の指導を見ていて一番感じるのは、メンバー自身も同じことを考えているような雰囲気だ。いらだちを彼女にぶつけたり、冷ややかな視線を送ったり。団結力が足りないと一言で片付けることはできる。もっとも、彼ら自身の疲弊や焦りも混ざっているだろうけれど。
心の中で、私はため息をついた。
本来なら、運動会の応援団というのは、運動ができてリーダーシップが取れるような生徒を選ぶものだろう。事実、小学校の運動会でも、応援団をやったのはそういった子たちだった。応援団だけが行うパフォーマンスというのは、要求されるレベルが高いのはある種当たり前でもある。特別運動も得意ではなくチームを引っ張っていくタイプではない篠田先輩がなぜ選ばれてしまったのか。依頼された側の私ですら首をひねってしまう瞬間はある。
そしてなぜそんな彼女の練習に付き合おうと思ったのか、自分が一番わからない。蓬莱や澄香だったら、知り合いが泣いていたら絶対に手を差し伸べる。手を貸すのに理由などいらないと言い切るだろう。私はそういう人間じゃない。勘違いとはいえ自分で手を挙げて引き受けたことなのに、できないからと涙をこぼしていたのだとわかっていたら、絶対に声なんかかけなかった。無論、向いてないのは本人が一番わかっているけれど。
応援団の練習が終わった後、篠田先輩は講義室にやってきた。
「ものすごく言いにくいんだけど……すごいバレバレだったね」
ですよね。
発言に気にもとめずに、では、と蓬莱が手を挙げる。
「時間もないのでいきますよ。
まず、応援団っていうのは声量だとか動きを合わせるってことも大事なんですが、一番大切なのは堂々としていることなんです。
篠田先輩の一番の問題点は、みんなの動きを見ながら合わせようとしすぎていることと、動きが小さくなってしまっていることです」
応援団の練習が終わった直後に行った打ち合わせで4人の意見が一致した点だ。1人だけ動きが小さくて遅い。だから観客側からすれば何をやっているのかわからないし、一番見えにくいところにいるのにかかわらず浮いて見えてしまうのだ。
「タイミングがずれるのは、みんなの動きを見ながら合わせようとしてしまっているためです。流れを覚えて太鼓の音やかけ声に合わせて動けば遅れは小さくなるはずです。流れをきちんと頭にたたき込んで少し先の動作を考えて動きましょう。
特に苦手な第二応援歌の振り付けは移動が多いので、気持ち早く動くように」
続いて澄香が前に出る。
「とにかく手足の先までしっかりとのばすようにしてください」
澄香がエール交換の動きを手を中途半端に伸ばした状態と、指先までしっかり伸ばした状態とを見せながらアドバイスする。篠田先輩も彼女にならって動きを真似ていた。
おどおどして動きが小さくなっているのに加えて、少しでも気を抜くとやる気がないような印象も受ける。他の団員から指摘が入る原因の1つだろう。
「失敗を恐れずに大きく動けば大丈夫です。だってたくさん練習しているのはわかりますから」
澄香のフォローで、さっきまでマリオネットのようにカクカクしていた動きも少しだけなめらかになりきれいに見える。
「本番まであと1週間しかないので、家での練習は篠田先輩が特に前に出る場面や間違いやすいところだけを重点的に練習してください」
蓬莱が最後にこう付け加える。
応援団の動きといっても、拍子などはほとんど同じ動きだということもあり、自信を持って動けば言うほど劣っては見えない。
時間が少しだけあるので、第二応援歌の練習に充てることにした。
「それだけ?」
「第二応援歌よーい」
四の五の言わせず練習に入る。おー、と気の抜けた返事をしたのでもう一度、と仕切り直した。
城崎が太鼓の音の代わりに手拍子を打つ。澄香と蓬莱は他の応援団役を務める。
白組の私は、応援歌を歌いつつ、改善点を伝えるべく細部も漏らさぬよう観察する。
練習は高瀬先輩が下校時刻を伝えに来るまで続いた。
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