研究部の仕事 2

 ところで研究部の活動の1つには新聞の発行がある。年4回の特集のうち、夏号は運動会に関する記事だ。篠田先輩の応援練習と並行して新聞の取材も行っていかなければならない。

 インタビューの対象者は実行委員長、各組の団長と副団長2人、そして各組の看板係長。久葉中の場合、学年縦割りでA組が白組、B組が青組、C組が黄組、D組が赤組となる。今回は赤組の団長と副団長2人へのインタビューを行うため、放課後俺と澄香の2人で3年D組を訪れた。

 3年D組に近づくにつれ、女子の楽しそうなおしゃべりの声が聞こえてくる。扉のガラス戸から覗いてみると、目についたのは2人の女子に見守られながら個人練習をしていた篠田先輩の姿だった。刻まれるリズムからして三三七拍子だろうか。ぎこちなかった動きがなめらかになっていて、動きも大きく見せることができている。練習に付き合っているらしき先輩たちからおおー、と歓声を挙がった。

「まゆ、すごくなってるじゃん」

 まったく、誰のおかげだと思っているんだろう。文句くらい言いたかったけれど、俺たちが関わっていること自体彼女たちには知られてはならない。今は陰から見守ることになる。

 インタビュアー役の澄香が3年D組の後ろのドアをノックして開ける。床に座り込んでいた生徒たちの手が止まって、こちらに視線が集まる。そのほとんどが女子だった。

「応援団のインタビューに伺いました、研究部の小倉です」

「同じく蓬莱です」

 澄香、俺の順に教室に入る。奥から1人の男子生徒が立ち上がって手を挙げた。確か坂巻先輩だ。

「はーい、お待ちしてましたー」

 教室の後ろ側、奥の方に椅子が6脚用意されている。そのあたりで練習していた篠田先輩たちは、俺たちと入れ替わるように廊下へと出て行った。

 坂巻先輩の案内で、女子生徒たちを横目にそちらに移動する。机をひっつけてグループになるようにしてあり、誰もいない席には赤いスズランテープやハサミが散在し、テープを束ねたと思われる完成品の赤い山積みができていた。無言で作業を再開した彼女たちは厚紙にクルクルとスズランテープを巻き付けていく。

「何作っているんですか」

「応援用のポンポン。本番では全員がポンポンを使うんや。束にするところまではこっち、といっても応援団だけじゃ無理だから3Dの女子に居残りしてもらってるんやけどな。後は各自家で切ってきてもらう予定」

 まずは座ってから、と簡単な挨拶を交わし、インタビューが始まった。

「赤組のテーマは『炎舞激闘えんぶげきとう』ということですが、どういった意味が込められていますか?」

「燃える炎のように激しい勢いで3冠優勝を勝ち取りたい、という意味でこういったテーマにしました」

「応援合戦の見所を挙げるとすると、どういった場面になりますか?」

「第二応援歌です。団全体でポンポンを使って赤組優勝の文字を見せたりします」

 澄香の質問に、さすが団長ともいうべきか、鶴岡先輩は堂々とした態度で答えていった。

「苦労した点などはありますか?」

 一呼吸置いて坂巻先輩が答えた。

「最初に目指していたものを時間とかの関係上諦めなければならなかったりすると、やっぱりやる気とかなくなってしまう団員もいました。

 でも、そこを乗り越えるのが3年D組の団結力だとも思います」

「ちなみにどんなのがあったんですか」

「団員全員バク転とか」

 念のため聞いてみたがこんな答えが返ってきた。無理があるわ。澄香と2人して乾いた笑いが漏れ出る。

「でも、放課後の練習にクラスみんなが付き合ってくれたり、迫力ある応援合戦にするために全員の協力が必要なところでも1,2年生を引っ張ってくれるように声を出してくれて、やっぱりD組のみんなのおかげかな、って思っています」

 昆野先輩が身を乗り出して答える。ちらりと作業中のクラスメートたちを横目に見て「今日もそうだし」と付け加えた。

 澄香の質問にどんどん答えていく団長たち。聞き役として首を縦に振りながら一言も漏らさぬようメモをとった。

「最後に意気込みをお願いします」

 3人は目を合わせると、話し始めたのは昆野先輩だった。

「やはり最後の運動会なので、副団長として精一杯声をだして頑張りたいです」

 間髪入れずに坂巻先輩が答える。

「一致団結して、悔いの残らないよう全力で応援したいです」

「ここまでついてきてくれている赤組のみなさんと三冠とれるように、精一杯頑張ります」

 団長としてか鶴岡先輩がトリを飾ると、インタビューが終了した。女子たちの楽しそうな声が戻る。

「椅子はどうしましょうか」

「さすがにこっちで片付けるよ」

 鶴岡先輩と坂巻先輩が俺たちが使っていた椅子を持って行く。昆野先輩は真っ先に自分たちが座っていた椅子を片付けていた。

「期待されてるね、イチカ」

「リレー選手だもんね」

 このふた言だけが教室中に響いた。隅にいた女子3人組が作業の手を止めた周囲をせわしなく見回している。うち1人と目が合うも、彼女は手元に目を落とした。どうやらこの台詞は彼女たちの誰かから発せられたもので、思う以上に響いてしまったらしい。

 三冠優勝とは、総合優勝、応援優勝、そして色別対抗リレー優勝のすべてを勝ち取ることだ。リレー選手は各クラス男女1名ずつ。色別対抗リレー優勝は彼らにかかっていると言っても過言ではない。

 篠田先輩たちと入れ替わるように3年D組を出ようとする頃には、話し声が戻っていた。

「最初のころとは全然違う。声のハリもよくなってきたし」

 練習に付き合っていた背の高いほうの先輩がそう言っているのが聞こえた。俺たちと練習を重ねて、よくなっていったところを伝えて、自信が出てきたんだと思う。大きな声も少しずつ出せるようになってきた。

「よっしゃ、これで赤組優勝も夢じゃないね!」

 後ろ姿しか見えなくなってから、もう1人の先輩の弾むような声が耳に残った。

 講義室への帰り道、澄香がよかったのかもね、とつぶやいた。

「ほんとはさ、夏の総体とかの記事との2本立てだったでしょ。その分、運動会の記事で埋めなきゃいけなくなって夏休みの時間を使えなくなっちゃったわけだけど、その分いろんな話を聞けることになってよかったと思う」

「確かにな」

 夏休みに明るみになった部活動練習の過熱化。ブレーキをかけるために夏に行われた総合体育大会やコンクールの記事が出せなくなってしまったのだ。篠田先輩のことも言い訳できない以上、運動会の記事は出さなくてはならない。

「それにね」

「うん」

「大会とかコンクールって、3年生だからって全員出られるか、っていうと、そうは言い切れないよね」

 澄香がどこか寂しげにつぶやいた。

 部活、特にスポーツの大会は、いくら最後だからといっても全員が出られる保証はない。団体競技はポジションどころか補欠に入れる人数も決まっているだろう。中には志半ばでやめざるを得なかった人だっている。俺たち研究部に至ってはそういったものすらない。

 その点、運動会をはじめとした学校行事は、全校生徒が参加する。全員何かしらの競技には出て、応援して、人によっては応援団だけでなく役員や小道具作成などの裏方を引き受けたりして。

 参加することで初めて見える景色もある。

「運動会だけじゃなくてほかの行事にも言えることだけどさ、やりたいと思ってなかったけど案外楽しかったとか、意外とこれ楽しいな、とか。そういうことあるよな」

「あ、わかる。あと、この人こんな特技があったんだとか」

「そうそう!」

 澄香と2人、階段を上るさなか話が盛り上がる。切れかかっている蛍光灯ですら、あたりを明るく照らしていた。

 あんなにできないと言い張る篠田先輩だって、自分を卑下しなくていい。今すぐじゃないかもしれないけれど、いつか絶対に日の目を見る時が来るのだから。

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