眼鏡、日記帳、椅子 2

「あのときはね、マナも含めた何人かで教室の方のトイレに行った。人数がいたから当然順番になったんだけどさ、マナだけは並ばずに洗面台でコンタクトを外してたの。で、教室に行ってメガネとってくるからってトイレを出て行った。

 先に行ってて、とは言われたけどやっぱ置いてけないじゃん? みんなでトイレから出てからマナを教室に迎えに行ったんだけどさ。教室覗いたら目薬指してるところだった。ティッシュで顔押さえ終わったところで声かけたの。

 マナは返事しながら目薬しまって、そしたらカバンを机の下から引っ張り出して漁りだしたのね。出てきたのはメガネケースだった。初めて見た。マナがメガネかけてるのほとんど見ないからさ。

 あとはケースをカバンにしまって、ゴミ捨てて、一緒にグラウンド出た」

 福原先輩が話したことは、大林先輩から聞いた話とほとんど同じだ。もし大林先輩が山口先輩の机に手紙を入れたのだとしたら、大林先輩が教室に入ってから福原先輩が教室に呼びに来るまでの間、というのは変わらないようだ。

「大林先輩が1人でいたのは何分くらいかはわかりますか」

「んー、5分はなかった? はず。時計見たのって教室出るときくらいだしねえ」

 まあ、5・6時間目の間の休み時間となれば10分しかないもんな。トイレにも行ったことを考えると、呼びに来た時点で5分前くらいにはなっていただろう。

「大林先輩は眼鏡を常にカバンの中に入れていたんでしょうか。

 それから目薬も」

「コンタクト使用者ならメガネを持ち歩くのは当然やで」

 そう言ったのは坂巻先輩だ。

「俺自身は使ったことないけど、コンタクト使ってる姉貴は必ずメガネも持ち歩いてる。調子悪いとか外れてしまうこともあるものだと思って使うものやって。

 大林なら注意事項は守るだろうし」

 2人してへー、という声が重なった。福原先輩はそのまま続ける。

「目薬はよく指してたよ、トイレで。

 ああ、そうそう。マナ、よく目が乾くからって目薬をペンポの中に入れてた。そうすれば休み時間もだけど、教室移動の時とかにトイレに寄って指せるからって。

 そういえば昨日も何回か目薬指しにいってたよ」

 ペンポ、ペンポーチ、要するに筆箱のことか。普段はその方が便利だと思うが、特別日課で筆箱が教室においてあれば、教室で指すだろう。

「他に1人で教室にいたという人はいませんか? ちょっとだけ教室にものを取りに行った人たちと入れ違いになった、とは聞いているのですが」

「その子たちくらいだと思う。せいぜい5分くらいしかなかったわけだし」

「そもそも俺も含めてグラウンドに残った人がほとんどやから、その辺全然分からん」

 そりゃあそうだよなあ。他にいたなら大林先輩の証人になってくれただろうし。

 待てよ、福原先輩と一緒にいたときでも、人目を盗んで手紙を入れることはできないだろうか。

「ゴミ箱って教室のどこにありますか?」

「後ろのドアの近くと先生の机の側に小さいのが1つずつ」

「福原先輩、大林先輩はどちらのゴミ箱にゴミを捨てましたか?」

「そりゃ後ろのドアの近くのゴミ箱だよ。生徒は後ろのドアしか使えないし、マナの席は後ろから2番目だからそっちの方が近いもん」

 教室に元々備え付けられている大きなゴミ箱は、教室の前方にあるクラスと後方にあるクラスがある。それに加え、担任などが私物のゴミ箱を持ってきていてゴミ箱が2つ以上あり、生徒も使っていいというクラスもあるようだ。

 ついでに言うと、暗黙のルールで生徒は基本的に教室の後ろのドアから出入りすることになっている。

 もしかすると、とは思ったが、ゴミを捨てにいくついでに山口先輩の席の近くを通りかかった時に手紙を入れる、ということはなさそうだ。

「とにかくあたしが話せるのはこのくらい。マナはやってないと信じてる」

「せやな」

 福原先輩も、坂巻先輩も、浮かない表情をして黙り込んだ。

 坂巻先輩は福原先輩を先に帰すと、耳打ちしてきた。

「君が言ってた学年集会なんやけどな。

 その後から流れが変わってきとる」

 流れ?

「学年集会のせいで、さすがにクラスや名前は伏せられたけど、ほかのクラスにもこういうことが起きた、と伝わってしまった。

 内容まで伏せてくれればよかったんやけどな、手紙の内容は読み上げられた。

 おかげで運動会を潰そうとしている人がいるかもしれない、みたいな妙な噂がたち始めとる」

 運動会を中止しろ、という手紙が机に入れられていました、という話だけされると、そういう解釈になるだろうな。

「本当のところはどうかもわからへん。ただ、このままじゃこのまま。山口も大林も昆野も本調子じゃあらへんし、早く解決してくれることに超したことはないんよ。

 しかも救世主があの研究部ってな。君たちが介入してくれるなら、マシな落としどころがあるかもしれへん」

 思わず坂巻先輩の顔を見上げる。冗談を言っているようには見えなかった。

「ま、期待してるってことで」

 坂巻先輩は手をヒラヒラさせてきびすを返していってしまった。

 1人体育館裏に残されてからも、モヤモヤとした気持ちが晴れなかった。

 大林先輩が疑われてるのって、もしかして山口先輩と仲がよくないからかも。

 昨日大林先輩たちが帰った後、2人きりのパソコン室で澄香が耳打ちしてきたのだ。

 赤組応援団の練習を偵察に行ったときのことだ。篠田先輩をどう指導するかしか考えていなかった俺と違って、澄香はインタビューに行くことが決まっていたからと、赤組応援団全体の雰囲気や人間関係も見るようにしていたという。

 改めて考えると、しっかりしている大林先輩と自由奔放な山口先輩、反りは合わないかもしれない。

 あるいはこうも考えられる。

 手紙が入れられたのが昼休みより後だとわかったのは、山口先輩が給食の時間に筆箱を取り出した時になかった、という証言だけだ。逆に言えばそれが嘘なら手紙が入れられたのは午前中かもしれない。午前中に1人で教室にいた人もいるだろう。

 手紙の内容が山口先輩への直接の悪口でない理由も、自分の悪口の手紙は書きたくないということかもしれない。

 大林先輩に疑いをかけるために、山口先輩が仕組んだことかもしれない。その可能性は頭に入れておくべきだ。

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