眼鏡、日記帳、椅子 3
休み時間ごとに3年D組の伝手を探してクラスメイトたちに聞いても、あまり収穫は見られなかった。やはり7月くらいで引退してしまう3年生のことは、顔と名前以上のプロフィールは知らないことが多いみたい。
研究部としての3年D組の知り合いは篠田先輩たちを除いてほとんどいない。元気は坂巻先輩に話を聞いてくるといっているのだし、私も頑張らなくちゃ。
全体練習の合間に、声をかけられそうな知り合いの2年生を探している時だった。
「昨日の5時間目の前、最後に出た人って誰だかわかる?」
昆野先輩の声だ。彼女は女子生徒たちに何かを聞いている。
「確か、
「そうそう、ずっとおしゃべりしててさ」
「その時は一緒に出てきてたよ」
「太田先生に早く行きなーみたいなこと言われてたよね」
「そりゃそうだよ。C組の廊下で
「そうそう」
「
「あー、なるほどねー」
「結局池谷さんと児玉さんで机と椅子運んでた」
「じゃあ教室を最後に出たのって本田さんってこと?」
「でもそうなるよね」
女子生徒たちはそれ以上はわからないといって、昆野先輩の元からはけていった。
「小倉さん」
跳び上がりそうになるところをやっと口を押さえる。そこにいたのは篠田先輩だった。
「脅かさないでくださいよ」
「ご、ごめん。でもほら」
篠田先輩の後ろにいた女子を示す。あっ、この人インタビューに来たときにポンポンを作ってた人の中にいた。確か、リレー選手の話してた3人組のうちの1人だ。
「私は池谷
彼女が話し出す。自己紹介をしてから本題に入った。
「昨日の、5時間目の前のことについてお話を聞きたいんです」
しげしげとこちらを見つめる彼女は、少し経ってから「いいよ」と答えた。
「昨日の5時間目の前ね、最後に出たのはあたしたち3人。
机や椅子を教室から出すってなると時間がかかるでしょ。特にあたしとユッコは窓側の席だし。ユッコは机も出さなきゃならなかったから、2人とおしゃべりしながらみんなが出るのを待ってたの。廊下だって渋滞してたし。
でも、あたしたちの前に出た人に続いて出たんだよ」
子守歌にもなりそうな甘いトーンで話し出す。ユッコっていうのは児玉
「渋滞が少し進んで隣のC組の半ばくらいまで進んだ頃かな。イチカが自分の机の中覗いてあっ、て言ってたから何? って聞いたらさ。
机に日記を入れちゃってたんだって」
若干デリケートなものが挙げられて、深く突っ込んでいいのか迷っていると、「ウチのクラス日記書いているんだよ」と篠田先輩が付け加えてきた。
「宿題みたいに先生に提出しているものですか」
「そう」
あったときもあったな。毎日書くって時もあれば、1週間に1回とか、とにかく日記を書いて先生に出すっていう宿題。中学校でもクラスによってはやってるのかあ。
「そういえば昨日だけは昼休みに配られたよね?」
篠田先輩が首をかしげる。
「おととい、教室掃除が教卓から落っことして太田先生に怒られたんだよ。
だからか昨日は配り係の男子たちが昼休みギリギリで配りはじめてさ」
池谷先輩はぷくっとほおを膨らませる。
「あたしは机の中に入れておけるけど、応援練習で机使う人もいるじゃん?
だからユッコはすごく怒ってた。片付けたのにぃって。他の人も机使う人はみんな急いでカバンにしまってたよ」
確かに、ちょっとタイミングを考えてほしいですね。
「なんとなく癖で入れちゃったんだと思う。机を応援合戦で使う人たちは朝読の本とか歯ブラシセットはロッカーに入れてたし。
C組の前で待ってたら、暇だったのかのぞき込んだみたいなんだよね。そのときに入ってたことに気づいたらしく、急に机の上の椅子を動かし出したの。
それで日記帳を取り出して見せてきた」
気づいてよかったですね、と言おうとしてやめた。結局よくないのだし。
3年C組なら3年D組の隣だから、戻しに行くよね。
「日記を戻しに行くイチカを待ってたら太田先生が来ちゃってさ。当然早く行きなーって言われた。
イチカ待ってますって言ったら太田先生、本田ーって教室に入ってっちゃった。だから教室出たら見える位置にイチカの分の机とかも運んで待つことにした。すぐ来たけど」
「太田先生が来たのって本田先輩が教室に入ってから何分くらいたった後ですか?」
「1分たってないよ、たぶん」
「まあ、3人とも同じくらいに来たよね」
篠田先輩が付け加える。うーん、最後に教室を出て遅刻していないんだからそうなりますよね。
「本田先輩って、日記を戻しに行くとき、別のものを持って行ったりしていました? 例えば使わない応援グッズとか」
運動会練習の間は、水筒や応援グッズなど必要なものを各自が用意した手提げ袋やレジ袋などに入れて持ち歩くようになっている。もしかしたら他のものに紛れさせて手紙を運んだのかもしれない。
「いや。日記だけだと思うよ。水筒とかを入れてあるレジ袋とかにも手はつけてなかったし」
「ポケットを漁ったりする様子は?」
「全く。廊下で待ってる時はずっと机の端をつかんでたし。
イチカが机の中覗くところから見てたけど、椅子の脚は両手で持って動かしてたし、机から日記を取り出す時も特におかしなことはなかったよ。左手で机の端とかをつかんでたりはしたけど。
日記を取り出したらすぐに教室に行っちゃったよ」
「どんな感じで日記を持ってましたか」
池谷先輩はポケットから紙を取り出した。弧を描くような癖のついてしまっているその紙はおそらく応援歌のコピーだろうか。それを日記帳代わりにして、持ち方を再現して見せた。右手の4本指をこちらに向けている。
「こんな感じだと思う。ていうかそれこそ一瞬だったし」
両手で椅子を動かし、日記帳をとる。机を使う人は椅子と机の両方を持って行くので、椅子を机の上に上げて運んでいる。上げた椅子を動かさないと椅子の背もたれが邪魔して机の中のものをとることができないし、取り出したものをすぐに返しに行くのは自然なことだ。おかしな様子は全くない。
「ほかのものを取りに行くとかそういう話もありません?」
「全く。っていうか私たちから戻して来なよ、って言ったし」
じゃあ、教室を最初に出るときに何かしたのかも?
「最初に教室を出たときの順番は覚えてますか?」
「確か、あたし、イチカ、ユッコの順。もちろんくっついて出たよ」
その時は本田先輩が最後じゃなかったのか。でも続いて出たのなら児玉先輩には無理そうだしなあ。
遠くから「アキー」と池谷先輩を呼ぶ声が聞こえる。呼んでいたのは、3人組のうちの1人だった。
「行くね」
池谷先輩はそう言って手を振る。
「あと、昆野さんたちにも説明しておいて。また言うの面倒だし」
それだけ言い残して、池谷先輩は行ってしまった。
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