眼鏡、日記帳、椅子 4

 放課後、講義室で澄香と落ち合うと、お互い仕入れてきた情報を交換する。

 俺は昼休みに坂巻先輩と福原先輩から聞いた話をする。福原先輩は大林先輩と一緒にいたという数少ない証言者だ。ここから真実に近づけばいいのだが。

 澄香はというと、篠田先輩の紹介で、池谷先輩という人から情報を得てきた。

 5時間目が始まる前にグラウンドに移動する最中、教室に戻ったという本田先輩。彼女も1人で教室にいた時間があった人物ということになる。

「本田先輩は日記を配った係の中にいた、っていうことはない?」

「そうだとすると?」

「本田先輩はわざと昼休みが終わる直前に日記を配った、あるいはそう誘導したのかもしれない。そうすれば、間違えて机の中に日記を入れてしまうという状況だって不自然じゃなくなる。

 机の中に日記が入っていたから戻しにいく、というのが手紙を入れに行くためだと思われないためにさ」

 手紙を山口先輩の机に入れるために教室に戻るとするなら、いらないものを持ってきた、あるいは忘れ物をしたという口実では疑いの目が向くだろう。となると、なるべく予測できない事態を利用したいはずだ。日記が急に配られた、あるいはきっかけとなった教室掃除の時に日記を落とした、という件を知っていたか。どちらにせよ偶然と思われる事態が作られたとするならば、本田先輩が送り主である可能性が高くなる。

「とにかく、学年集会から流れが変わっているというのが、厄介なところではあるな」

「大林先輩以外の人が疑われ始めているってこと?」

 澄香の言う通りだとしたら今は本田先輩が疑わているのだろうか、それとも……。

 考えていると、突然、引き戸が音を立てて開いた。反射的に俺と澄香はドアの方を見る。神経質そうな顔をしたメガネの男子生徒がこちらにずかずかと歩いてきた。

「君が蓬莱君、でそちらが小倉さん?」

「はい、そうですけど」

「君たちにいろいろ言いたいことがあるんだけれど」

「加隈先輩、まずは座ってください」

 彼の後ろから冬樹先輩がゆっくりと歩いてきた。冬樹先輩は椅子を引っ張ってきて勧める。彼の後ろからもう1人女子生徒がついてきていた。おそらく冬樹先輩が連れてきた人だろう。女子生徒の方は「どうも」と言って座り、彼はしぶしぶといった感じでこしかけた。

「あたしは3年D組の根岸ねぎし

 女子生徒の方がそう言うと、男子生徒の方も「3年D組の加隈、高瀬と同じく運動会の実行委員です」と小さくお辞儀した。

 最初に話を始めたのは加隈先輩だった。

「まず、山口さんの席に入っていた手紙について調べているっていうの君たちなんだよね?」

「はい」

 2人でうなずく。

「興味本位でうちのクラスの問題に首を突っ込まれるなんてたまったもんじゃないよ」

 加隈先輩はむすっとした表情のまま唇をとがらせていた。

「はっきり言って野次馬根性ならあたしも同意見。昆野さんだけで充分」

 根岸先輩もこちらのことを信用していないようで、疑わしげに俺と澄香を交互に見ていた。

「小野先輩のことは聞いてる?」

 冬樹先輩が何もなかったかのように話を進める。俺も澄香も首を横に振った。

「やはり野次馬根性じゃないか!」

「でも小野先輩の疑いは晴らしたいのでしょう?」

 加隈先輩も返答に詰まったようだ。

「小野先輩に話を聞こうとした時の加隈先輩の態度でおかしいとは思いましたよ。

 普段の態度からは想像できないくらいに粗暴でした。後ろから体操服の襟をつかむなんて」

 加隈先輩は口を開いたまま唖然としていた。根岸先輩は目が点になっている。

「2人から3年D組の生徒に届いた手紙のことを聞き、部員たちに犯人になり得る人物についての情報集めに協力を仰ぎました。

 ところで研究部には3年生はいません。となると、情報提供者を見つけるのは至難の業です。なんせ知り合いがほとんどいないわけですから。

 そこで、とかく顔見知りではある3年D組の人物、同じ実行委員の加隈先輩と小野先輩に話を聞こうと考えたわけです。

 始めに加隈先輩に伺うことにしたのは、一番話かけやすかったから。それだけです」

 加隈先輩が「はなし、かけやすかった」と片言のようにつぶやいた。

「どうです? あなたがたが言うよりかは、第三者の客観的なお墨付きがある方が、疑いも晴れるのではないでしょうか?」

 冬樹先輩が寄り添うように加隈先輩の耳元で話す。

「どこまで知っているの?」と根岸先輩が聞いてきた。

 俺たちは、山口先輩の机に運動会を中止しろ、という手紙が入れられていたこと、クラスの中でも最後に教室から出た人、間の休み時間に教室に戻った人、6時間目の後最初に教室に戻った人の3人が犯人候補として挙げられること、そのうち最後に教室を出た本田先輩と休み時間に教室に戻った大林先輩のことを見た人からそのときの様子を聞いたことを話した。もちろん名前は伏せて。

「小野先輩は、どうして疑われているんですか?」

 加隈先輩は絞り出すような声で言った。

「小野さんが疑われているのは、僕のせいでもあるから」

 これは根岸先輩も想定外だったようで、目を丸くしている。皆身を乗り出して聞いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る