眼鏡、日記帳、椅子
眼鏡、日記帳、椅子 1
廊下や階段を歩く生徒たちは、俺たちをチラチラと横目に見ては通り過ぎる。1年生の教室の近くにいるはずのない3年生がいるだけで気になるだろう。ゴリラとニホンザルが一緒に歩いているくらいのデコボココンビが注目されないわけがない。
ゴリラのほう、坂巻先輩の足取りは軽く、鼻歌でも歌い出しそうなくらいに陽気だった。
昼休みが始まると同時くらいに、坂巻先輩は「蓬莱いるかー?」と教室に乗り込んで来たのだ。カチコミかよ。サッカー部の連中怯えてましたよ。
「君らがまさか3D運動会脅迫事件について調べとるとはな」
昨日起こったばかりで特別名称は決めていない。山口先輩の机におかしな手紙が入れられた件、というのも長ったらしくはあるが、それにしても3D運動会脅迫事件って。
調査をするとなると、まず3年D組の他の生徒から話が聞きたい。俺と澄香の直接の人脈となると、依頼してきた篠田先輩、大林先輩を除けば新聞のインタビューを行った鶴岡先輩、昆野先輩、坂巻先輩くらいしかいない。
そのうち団長の鶴岡先輩は3年D組に自分から名乗り出るよう声をかけたというくらいだから研究部に協力するとは思えないし、副団長の1人、昆野先輩は教室から飛び出してしまったくらいだ。彼女はそっとしておいてあげたい。
とりあえず声をかけられる残りの1人、坂巻先輩に声をかけたところ、昼休みに呼びに行くから、と返事をもらって、今までに至る。今のところ、大林先輩と篠田先輩に協力してもらっている他、残りの研究部メンバー、冬樹先輩、篤志、牧羽さんにも伝手を探してもらっている最中だ。
「どこ行く気ですか」
「体育館裏」
まぶしい笑顔で答えられても、人気がない昇降口で答えられると不穏な予感しかしない。しかも自分の靴を持ってきて1年A組の下駄箱付近で靴を履き始めた。俺も脱いだ上履きをやや乱暴に放り込み、靴を下駄箱からひったくるように取り出す。
「そういえば君もやけど1Aって珍しい名字多いな。出席番号でアイウエオ順やから1文字目はなんとなく分かるけど、あ、でもこれ何て読むん? やっぱり半分くらい読めへん。
ていうか君のはどこ?」
坂巻先輩は下駄箱に貼られた個人の名前シールを眺めていた。他にもロッカー、机や椅子にも同じものが貼られている。俺のシールはゴム印にインクをつけすぎたせいで文字が潰れている。あまり見られたくないのもあって話題を変えた。
「誰か待ってたりしません?」
「せやった」
俺たちが一番に出てきたのもあって、下駄箱には外靴しか納められていない。普段なら部活の自主練のために外に出る人が何人かいる。彼らと鉢合わせてしまうと面倒だ。
口にこそ出していえないけれど、篠田先輩の練習に付き合っていれば、応援団の練習スケジュールくらいは耳にしている。朝練、昼休み、放課後、とにかく時間があれば練習を行っているのだ。本来なら参加しなければならない練習をサボってまで話をしに来てくれていることくらわかっている。貴重な時間を奪いたくなかった。
体育館裏に連れられてきて待っていたのは、知らない女の先輩1人だった。
「君がマナのことを聞きたいっていう蓬莱君?」
せやー、と坂巻先輩が答える。
「紹介するで。3年D組の
大林のこと聞くなら一番や」
彼女はしげしげと俺のことを眺めている。
「なんで研究部が調べてるの? まさか新聞のネタにしないでしょうね」
「もちろんしません」
新聞のインタビューをしに来た人たち、ということで通っているせいかもしれない。
新聞の作成と、生徒や先生の依頼の解決は全く別物だ。新聞はそれぞれ毎年決まったテーマで作成しているもの。一方、引き受けた依頼は広報するものではないし、案件、今回のような場合は特におおっぴらにすべきではない。
研究部はあくまでも生徒を第一に考える。
「なら、どういう風の吹き回しなんや。昆野も犯人を探し回っとるし」
大林先輩と篠田先輩から依頼されたからだ、とはもちろん言えない。
「この件で学年集会が開かれたことは聞いています」
2人とも渋い表情が浮かぶ。
実際は、3年生が体育館の方へ向かうのを見ただけだ。けれど、この状況で3年生が体育館に集められる理由はそれしかない。
「久葉中で問題が起きたなら、研究部は解決の手助けをします。
俺たちが動くべきだと思ったから。それだけです」
坂巻先輩は、ふうん、とうなずいてそれきり黙った。
自分たちでやるべきことを見つけること。誰かのために動くこと。
研究部の活動の根源は、6年前に研究部の前身を築いた蓬莱先生の信念から変わらない。
坂巻先輩がうなずいているのを見て、福原先輩に向き合った。
「昨日の5,6時間目の間の休み時間のことを、できるだけ詳しく教えてください」
「わかった」
福原先輩は、昨日の5・6時間目の休み時間の大林先輩について話し始めた。
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