組み体操と座席表

組み体操と座席表 1

 東の空を見上げて、こんなにも明るいのかと朝日のまばゆさをかみしめる。

 あくびをかみ殺しながら自転車を駐輪場にとめると、「あれ?」と声をかけられた。

 ぎょっとしてそちらを向くと、ヘルメットを脱ぎ始める。顔をさらしたのは篠田先輩だった。

「今日は俺じゃないです」

「そっかあ」

 それきり興味を失ってしまったのか、先輩は行ってしまった。

「元気、何してるの」

 すぐ後に来た澄香に声をかけられる。こちらはすでにヘルメットを取っていた。今日の朝に練習を見る当番なのは澄香だ。

「危ない危ない」

 荷縄を解きながらつぶやく。リュック以外は荷台にくくりつけなきゃいけなくてちょっと面倒なのだが、エナメルバッグを買ってもらった以上、こうして毎日くくりつけて登下校している。

 向こうの駐輪場で篠田先輩が誰かに話しかけている。シルエット的に大林先輩だろうか。話を聞きながら鍵をかけると、荷縄と思しきヒモと一緒にエナメルバッグのサイドポケットに入れていた。

「お願いね」

 澄香が振り返る。

「まかせた」

 俺が言った直後に、待ち合わせをしていた冬樹先輩が来た。

 2人で3年D組に入る。教室の前の方の席に、小野先輩がちょこんと座っていた。

「君は確か」

「おはようございます。実行委員でお世話になりました高瀬です。それから」

「蓬莱といいます。同じく研究部の」

 小野先輩は品定めするように俺の方を見て、「適当に座って」と言った。

「はじめに聞いた時は何なんだと思いましたよ。研究部のこと。

 というか部活動対抗リレーの話が出るまで知りもしませんでしたが」

 小野先輩は俺たちが椅子に腰を下ろした途端、そういった。

「私に何を聞きに来たのか、というのもいいですよね。今更。

 例の手紙の差出人は私ではありません。と言っても信じてもらえるとも思えないので、私が疑われる一番の点について話すことにします」

 小野先輩のまなざしは、レンズ越しにも伝わってくる。

「私の兄は、2年前の運動会で、応援合戦中に右腕を骨折しました。全治一ヶ月。その間日常生活はもちろん、受験勉強にも影響しました。

 骨折の原因となったのは応援合戦で行った組み体操でした。応援合戦の中で組み体操を行ったのです。上に乗っていた兄がバランスを崩して転倒しました。腕の骨折だけで済んだのは、不幸中の幸いかもしれません。

 2年前の応援優勝を勝ち取ったのは、組み体操を行わずダンスや笑いをメインとした応援を行った黄組でした。

 兄のケガによって一番怒ったのは両親です。

 当時、組み体操の危険性が世間で指摘されはじめてきた頃でした。皆さんも聞いたことくらいはあるでしょう、十段ピラミッドなどの危険な組み体操を指導する学校があったことを。

 指摘を受けるまで、十段ピラミッドは感動を呼ぶ競技だと紹介されていました。

 私の意見をハッキリ言わせてもらいます。

 感動だの団結力だののために誰かが犠牲になるかもしれないと分かっていてやるなんて、バカなんじゃないですか?

 成功すれば一生の思い出になる、なんて言われたとしても、私は断固として拒否します。自分の命や将来よりも思い出作りが大事だなんて、絶対におかしいです。

 だから例の手紙を書いた人の気持ちも、分からなくはないんです。生徒のことをまず一番に考えないような行事ならやりたくないと。

 でも、だからこそ私は実行委員に立候補しました。堂々と自分の意見を通して、事故が起きる可能性が低い、いい意味で楽しかっただけで終わる運動会のために」

 小野先輩は言い終えると、静かに一呼吸した。抑揚のない、落ち着いた語り口調ながら、事実を淡々と述べるだけではない信念があった。

 一番に口を開いたのは冬樹先輩だった。

「もしかして小野先輩は応援合戦の組み体操禁止を持ちかけたのではないですか」

「はい」

 彼女はあっさりと答えた。

 実行委員会で組み体操の可否が議題に上がったと聞いたとき、違和感を感じたのだ。

 実行委員会、つまりは生徒会の一部でしかなく、もっといえば生徒代表という立場でしかない。

 はぐらかされていたが、生徒の多数決で運動会での組み体操を行うことができてしまうのは、おかしなことだ。学校行事である以上監督責任は教職員にある。生徒がやりたいと言い出しても、危険を伴う以上指導できる先生がいなければならない。事故につながるからだ。組み体操に消極的なら、実行委員が決めるまでもなく教員側からストップがかかるはずだ。

 ところで組み体操というのは、はっきりと勝ち負けが決まる競技ではない。応援合戦の演目に組み込むか、集団演技として審査対象外の演目として組み込まれるかのどちらかだろう。

 応援合戦の演目は応援団が決める。篠田先輩も自分たちでパフォーマンスを決めたといっていたので間違いない。集団演技なら教員が決めることだ。同じ競技がかぶるなどの理由で実行委員会が調整を求めたりすることはあるだろうけれど、

 運動会の競技の可否を決められるほど、今回でいえば組み体操を行ってもいいと判断するだけの権限が実行委員会にはないはずだ。

 とすると、実行委員会が組み体操に関する可否をとったというのは、組み体操を許可してもいいか、ではなく、禁止にしてもいいか、ということだ。

 なぜ応援合戦の演目に実行委員会が介入してきたのか。その答えが組み体操の禁止を求める声が生徒側から出た、ということだとしたら納得がいく。

 教員側が禁止を言い渡さなければ、応援合戦では組み体操が行われるだろう。高得点が得られるとわかっていれば、半強制的にやることになる。それは絶対に阻止したかったのだ。

「何も、変わっていませんね」

 以前荒れていた久葉中を立て直すために部活動への強制加入を推し進めた時と何ら変わってはいない。

 なぜ研究部という部活ができたのか。なぜ人助けやボランティアのような活動をしているのか。研究部の前身の部を作った蓬莱先生、久葉中の先生だった彼の思いが魂胆にある。荒れていた学校や生徒たちを立て直すために、手段を選ばなかった当時の教職員たちに真っ向から反対し、違うやり方で更生への道を切り開いた。

 最大の過ちは、蓬莱先生を失踪まで追い込んだことだ。生徒の自立を与える代わりに教職員たち、当時の増田教頭先生たちだ、から総スカンを食らい、慕われていた生徒たちも内申を質にとられたことで離れていった。

 蓬莱先生、俺の父親は、まだ戻ってこない。入学仕立ての4月、今の研究部のメンバーで父さんの残した言葉を、残されたフロッピーディスクに残されたメッセージを探すことがなかったとしたら、闇に葬られてしまったかもしれない。

「でも、こうして声を上げる人がいる」

 冬樹先輩は俺を見て、そして小野先輩を見た。

「私は運動会を成功させたい」

「俺たちもです」

 双眸は、強い意志を持って俺たちを推し量っている。

「見ました、研究部新聞夏前号」

 研究部新聞は、めでたく昨日発行された。実行委員長と、各組の応援団と、看板係長のインタビュー記事。

「私はあなたたちを信じることにします。

 終わらせてください。この事件」

 言わずもがな、もちろんです、と言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る