新聞に書かれていないこと 2
昼休み、私は図書室で頭を抱えていた。昼休みの図書当番に就くことは、むしろ好機とも捉えていたというのに。
図書委員の3年生、特に3年D組の生徒に話を聞きたいのだが、生憎そろいもそろってピリピリしている。本のバーコードを読み込む動作も荒いし、棚に戻す作業も雑だ。事件が起こったせいもあるだろうけれど、自習をしている生徒たちへの視線が厳しいことから、同級生がのうのうと図書室に来ているのが気に食わないのかもしれない。定期テストまであと2週間を切っているというせいか座席は埋まっていた。運動会練習でへとへとになってしまうから勉強は昼休みにしようという算段だろう。
なぜ3年生に話を聞きたいのかというと、昨日の3年D組に関する情報を、少しでも手に入れたいからだ。昨日、3年D組の生徒の机におかしな手紙が入れられたという。その手紙のせいでクラスメイトたちが言い争いになり、運動会直前にしてチームワークが崩壊しかけている。そして手紙を入れた犯人として疑われているのが、篠田先輩と一緒にパソコン室の手前の廊下を歩いていた人、大林先輩だという。
昨日、パソコン室の中にいたのは澄香と蓬莱だった。2人は大林先輩と篠田先輩からこの調査の依頼を受け、情報の当てを求めていた。
棚に並ぶ本をそろえながら、話しかけるタイミングをうかがっていたところで、なんと向こうから話しかけてきた。
「牧羽さん、ご指名よ」
カウンターに来ていたのは城崎だった。
城崎を引き合わせると、児玉先輩はじゃ、と行ってしまいそうになる。
「待ってください、先輩の仕事でもあるでしょう」
利用者と呼んでいいのかはいったん置いておいても、資料を探すのを手伝うのは図書委員の仕事のはずだ。
「図書室では静かにするのが決まりでしょう?」
児玉先輩がにらみ返してくる。それきりくるりと後ろを向いて行ってしまった。
呼び止めようとするも、後ろから腕を捕まれる。
「呼ばなくていい。かえって都合がいいくらいだ」
城崎にささやかれて、カウンターに戻る。まあ、手伝ってもらってもどうせ足手まといだ。
「で? あなた仕事はどうしたの?」
本来なら新聞の前号発行の最終チェックに入らなければいけないはずだ。ただでさえ最初から図書委員の当番が入っていた私、直接依頼を受けた澄香と蓬莱は各々の業務優先でいいと言われているのに、城崎まで抜けたら高瀬先輩1人で編集作業をしなくてはならなくなる。
「冬樹先輩からもこっち優先でいいといわれている。
2年前の運動会に関する出来事が書いてありそうなもの、学校便りでも文集でもPTA報でも何でもいい、とにかく片っ端から集めてくれ」
城崎はA3サイズの紙を差し出してきた。2年前の研究部新聞だ。一通り目を通す。総合体育大会とコンクールの記事と運動会の記事の2本立てのようだ。
「どこかおかしいところでも?」
「運動会の記事を読んでみろ」
総合優勝をした青組の応援団長のコメントと、リレー優勝した白組のアンカーのコメントが掲載されている。
「応援優勝したのはどの組なのかしら」
「そこなんだよ。色別対抗リレーの記事まで書いておいて応援合戦の結果を書かないなんてことあるか?」
なるほど、意図が見えてきた。生徒でも資料を手に取りやすい図書室に来るのもうなずける。
「この年の応援合戦には何か記事にするに不都合なことが起きたかもしれないということね。よく気づいたわ」
「構成を考えるに過去3年分は見るだろ?」
とはいえ私と城崎だけでは昼休みを潰しても探せそうにはない。カウンターの奥へと助っ人を呼びに行く。
「
カウンターの奥のドアの先、図書準備室の中では、司書の佐川先生がパソコンと向き合っていた。
「何だね?」
椅子を傾けてこちらを向いた佐川先生に、事情を話す。
カウンターに入っている人に席を外すと断りを入れ、城崎を廊下へ連れ出す。図書準備室のプレートがかかる扉をノックして入り、佐川先生に勧められた丸椅子に座った。
「今回は特別だよ。他の連中に聞かれると面倒だからね」
佐川先生が椅子にもたれると同時にキィと椅子がきしむ。
佐川先生は研究部の顧問を手伝ったこともあったという。入学して早々のこと、蓬莱に巻き込まれて研究部のことを知る中で聞いた話だ。
城崎は新聞を発行しようとしたら、2年前の新聞には応援合戦の記事が載っていないことに気づいた。理由を調べている、と話した。
「あいにく、研究部新聞の有様が答えだ。他の発行物でも君たちが知りたいことについては取り上げてないよ。
もっとも、ビデオは回していたから証拠は残っているけれどね」
ゴクリとつばを飲み込む音が聞こえる。
「2年前の運動会、応援合戦でけが人がでたんだ」
応援合戦。普通、けが人が出るような競技ではない。
だが、事実は小説よりも奇なり。運動会での事故が頭をよぎる。
「応援合戦の中で5段ピラミッドをやって、本番で崩れちゃったのさ。一番ひどい生徒が腕を全治一ヶ月の骨折。後遺症が残るようなケガでなかったのだけは本当によかったと思っている」
応援合戦の一環で組み体操をやり、事故が起きてしまったのか。
「安全に配慮してはいたんだろうけれど、無理があったってことだろうね。夏休み前の1週間と運動会練習期間の1週間しか練習しなかったわけだから。
当然翌年は組み体操は禁止。今年も実行委員の判断で原則禁止が決まった」
5段ピラミッドをやるのに練習期間が計2週間。もちろん練習期間が長ければいいという主張をするつもりはない。しかし、見積もりが甘すぎるのではないか。
「だからどこの組も組み体操をしないんですね」
篠田先輩が応援団のパフォーマンスについて行けるのは、そして私たちが個人指導ができるのは個人のダンスなどが中心だからだ。連携が必要な組み体操が入ってしまったらかなり難しかっただろう。
「いや、教員側は組み体操やってもよかったんだけどね」
「ええっ!」
静かに、とたしなめられる。
「まあ、それ以上は答えるつもりはないけどね」
佐川先生がパソコンに向き合うと同時に、昼休みの終了を告げるチャイムが鳴った。
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