組み体操と座席表 2
冬樹先輩は、おもむろに立ち上がった。
「他の生徒が登校してくるまでに、確認しておきたいことがありますからね」
「人のものをいじらなければある程度はいいと思うけど」
座席の位置が見たいと申し出ると、小野先輩は教卓の方へ回った。彼女についていくと、教卓の中から取り出したクリアファイルを差し出される。中に入っている紙を見ると、マス目の中に名字が書かれており、欄外の右下には9月、と書かれている。これが今の座席表らしい。
まず、3年D組は横に6列、窓際の2列だけ7席で残りは6席並んでいる。
小野先輩の席は、やはり本人が座っていた廊下側から3列目の一番前の席。その後ろに加隈先輩、山口先輩と並んでいる。
本田先輩の席は山口先輩の2つ右隣、廊下側から5列目の前から3番目だ。山口先輩と本田先輩の席の間に篠田先輩の席がある。一応児玉先輩と池谷先輩の席の位置も見てみると、児玉先輩が廊下側から6列目の前から4番目、池谷先輩が同じく6列目の一番前の席。確かに彼女たちが机や椅子を出すのは後からの方がよさそうだ。ちなみに鶴岡先輩が児玉先輩の後ろ、その斜め前に坂巻先輩の席がある。
大林先輩の席は廊下から2列目で前から5番目。彼女の後ろの席が昆野先輩の席らしい。大林先輩の席から見て左斜め前、山口先輩の後ろの席が根岸先輩の席のようだ。ついでに福原先輩の席も探してみると一番廊下側の3番目の席だった。
一方の冬樹先輩は掲示物を眺めていた。
「時間がないんですよ」
「念のため掃除場所と係を確認しておきたくてね」
座席の位置を把握しておきたいが掲示物の前に移動する。冬樹先輩が指さした。
「まず、日記を配ったという配り係。本田先輩が配り係ならわざと日記を机の中に入れるという状況をつくれる」
名前をざっと見るが、本田先輩どころか知っている人すらいない。本田先輩が日記を配りだした張本人ではなさそうだ。
「そして掃除当番。教室掃除や廊下掃除の中で、席が近かったりする人はいる?」
これもいない。席の場所を確認した人の中で名前があったのは池谷先輩だけだ。
「欲を言えば手紙が入れられた状況が再現された教室の様子が見たかったが……」
冬樹先輩があたりを見回す。椅子がないだけでも教室の雰囲気はガラッと変わる。これで机がない場所もあったんだよな。
冬樹先輩は小野先輩の席から後ろに歩く。3番目の席の前に来たときに、机の前を覗き込んだ。名前シールが貼ってあるので、誰の席かを確認したのだろう。
「そんなに遠い距離ではないですがね」
冬樹先輩は背もたれをつかんで椅子を傾けさせた。
「覗き込まないでくださいよ」
「こっちから歩いてきて手紙を入れるとなると、こういう姿勢になるよね」
言う通りではある。机の前方から来て手紙を入れるのなら振り返ってのぞき込むだろうし、後方から来ても、やはり多少は机の中を見ることになるだろう。どのみち普通なら椅子を引いて手紙を入れなければならないところを、あのときは椅子がないから椅子を引いたり傾けさせたりする必要がなかったのか。
「ところで、あの日小野先輩が山口先輩の机を運んだと聞いていますが」
「ええ」
俺たちの様子を眺めていた小野先輩がうなずく。小野先輩への質問は冬樹先輩にまかせて、本田先輩と大林先輩の場合のルートをたどることにした。
「山口先輩が教室になかなか戻ってこなかった理由が聞いていますか」
「特には。篠田さんとしゃべってたんじゃない?」
突然出てきた篠田先輩の名前に慌てて、思わず机の脚に左足を引っかける。奇しくも篠田先輩の机だった。
「どうしてそう思うんです?」
「だって篠田さんと一緒に戻ってきたもの。隣の列もずっと運べなくて困っていたようだし」
篠田先輩も遅れてきたのは初耳だ。
「本田先輩だとどうだい?」
冬樹先輩が聞くので、遠くはないです、と答えた。教室というのは、人がいる状況だと横の移動は最小限になる。椅子を引くから通るのを遠慮するし、縦の通路の方が広いからだ。最も無人の教室なら迷わず最短距離である篠田先輩の机の後ろを通るだろう。
最後の大林先輩のシュミレーションに入る。大林先輩の机の右側にはピンクの巾着が下がっている。よく見ると机の脇には巾着を下げている机と何も下げていない机が見受けられる。確か本田先輩の机にも何もなかったはずだ。巾着が多いのは中身が歯ブラシセットだからだろうか。俺自身も小学校から使っているものをそのまま使っているし。逆に考えると何も下げていない机は応援合戦で使う机の可能性が高いのだろう。
大林先輩の席から山口先輩の席を見ると、その延長線上に教卓がある。黒板の方を見ようとしたら山口先輩が視界に入るだろう。立ち尽くしていたりしたらおそらく目につく。
大林先輩の席から山口先輩の席は確かに2,3歩の距離だ。山口先輩の机の右脇には何も下げていないから目印となりそうなものは特にない。でも、位置関係さえ把握すれば視力が悪くてもたどり着くことはできそうだ。
「そろそろ出た方がいいよ」
小野先輩の忠告通り、そろそろほかの生徒が登校してきてもおかしくないくらいの時間だ。
「最後に1つだけ。夏休みに荷物を全部持ち帰るような指示があったのですか?」
冬樹先輩の質問に、首をかしげながらも小野先輩は「そうだよ」と答える。礼を言って後ろのドアから出ることにした。
「最後の質問の意図は?」
「ロッカーの中の荷物が異様に少なかったから」
思い返してみると、確かに何も入っていないところがほとんどだったように思える。授業が始まらないから教材類をまだ持ってきていないのか。
ただ、聞いてどうするのだろう?
「あなたたち」
俺たち2人の前に、影が立ちはだかった。
3年D組の担任、太田先生。
「昼休みでかまわないわ。話があるの。研究部全員を集めてちょうだい」
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