組み体操と座席表 3

 篠田先輩の練習の成果を、体育館の陰で少しだけ見る。よくなってきたから、そんなにアドバイスすることもない。まあ、肝心の赤組応援団のパフォーマンスがグダグダだから、相対的によく見えるのもあるんだと思うけど。

 赤組応援団は、ガタガタになっていた。篠田先輩の応援練習の偵察に行った時よりも動きが鈍り、ぎこちなさが残り、誰もがにらみ合うようにテンポを合わせるような動きは、見ているこっちが息が詰まるようだった。2年生たちは息苦しささえ押し込めて戸惑っている。ノルマをこなすだけのような応援練習にしびれを切らして、中途半端なところで中断を言い渡されていたこともある。

 私は、赤組じゃない。でも、もしあんな手紙が入れられていなかったらと思うと、胸が痛くなる。

 黒いリュックを背負った篠田先輩を見送ると、軽くほおをたたく。まだ少しだけ朝練が始まるまでには時間がある。その前に、会っておきたい人が1人だけいる。

 柱の陰から様子をうかがって、荷物をまとめているときだった。

 ヘルメットが1つ多い?

 たぶん篠田先輩が置き忘れていったんだろう。早く届けなきゃ。

「篠田先輩!」

 体育館の脇から見えた黒いリュックの持ち主に声をかけた。

「え? マユ?」

 心臓が口から飛び出そうとするのをやっとのことで押さえる。

 黒いリュックを背負っていたのは、山口先輩だった。

 まさか呼びかけておいて素通りするわけにもいかない。やってしまった、篠田先輩の応援練習に付き合っていることは伏せておかなきゃならないのに!

 とっさのことに頭をフル回転させて、もう一度山口先輩に「あの!」と呼びかけた。

 ドン引きされているような気もしなくはないけれど、おかげで少しだけ考える時間ができた。一呼吸置いて続きをいう。

「あの、このヘルメット」

「ん?」

「『篠田真弓』ってここに書いてありまして」

 ぐいぐいと押し売りのように体を前のめらせて、名前が書いてあるところを指さす。

「駐輪場にこのヘルメットが落ちていたんですけど、その付近で黒いリュックの人がいるのを見かけたんですけど」

「わかったわかった、落ち着いて。

 要するにその駐輪場にいた黒いリュックの人ってことでウチがマユだってってこと?」

「そうです!」

 前のめりのまま頭を縦に振る。後で髪を直してこなくちゃ。

 ちーよーこーと向こうから声が聞こえてきた。彼女は私の姿を見てぎょっとした顔をする。

「千代子?」

「ああ、マユ、ちょうどいいところに来た。ヘルメット。よくわかんないけど探してたみたいだよ」

 山口先輩がヘルメットを指さす。顔をこわばらせながらも、篠田先輩はありがとう、とお辞儀した。

「じゃ、じゃあ、ありがとね」

 篠田先輩は山口先輩の背中を押していく。2人とも黒いリュックを背負っている。よく見ると、同じロゴが入っている。

 もしかしておそろい?

 別に珍しいメーカーではないのだけれど、篠田先輩と山口先輩で同じリュックにしたのかもしれない。

 向こうへ行く2人の横を、女子生徒が通り過ぎる。

 本来の目的を思い出して、走り出す。

「あの!」

 今度は目当ての人、昆野先輩に届いた。

 彼女は振り向いて一言、「何?」と言い放った。

 あまりの冷たいまなざしに、頭が真っ白になる。さっきのやりとりで、脳みそを使いすぎたのか、難しいことは何1つ考えられない。たった1つ聞きたいことがあるだけなのに、どう切り出せばいいかわからない。

「インタビューの時の子だよね。最近うちのクラスの人と話してるの見かけるけど、君、目的は何? 新聞じゃないよね?」

 ばれてたんだ、と驚く中で、そうですよね、という気持ちがどこかにあったのか、すーっと酸素が体に通っていくような感覚がした。

「新聞の前号は、昨日、無事に発行されました」

 無理矢理にでもスマイルを作ってみるけれど、「おめでとう」と全く心がこもっていない返事が返ってきた。

 ここからが本題、とおなかに力を入れる。

「私たちも3D運動会脅迫事件について調べているんです」

「そんな風に呼んでるのは坂巻だけだよ」

 昆野先輩はぶっきらぼうに言うと、首の後ろをかいた。

「まあいいや。私だって、大林と篠田が調べてるから聞き回ってるだけだもの」

 つながってたんだ!

 実は少し気になっていた。昆野先輩が聞き回っているのが、元気があげた3人のうちの、教室を最後に出た人だったんだもん。

 学年集会が開かれて、手紙を入れたと思われる人として最初に噂されたのは運動会を潰そうとしている人、だった。

「あなた、表情が顔に出やすいね」

 指摘されて、思わず顔を隠す。少しだけ昆野先輩が微笑んだように見えた。

「あなたがどう思おうと、私は3Dでけりをつけたい。

 だからあなたたちと手を組む気はない」

 まっすぐな物言いに、本気なのが伝わってくる。

「わかりました」

「ならいいのよ」

「でも、です」

 きびすを返していってしまいそうになる昆野先輩は、足を止めた。

「人の机を覗くのはいただけません」

 回れ右してこちらを向く。ずかずかと歩み寄ってきた。

「誰から聞いた?」

 耳元でささやくように聞いてくる。これって脅迫じゃないかな、とちょっぴり後悔。

「誰でしたっけえ」

「清水じゃねんだから、って知らないか」

 知ってます。何だったら清水先輩のことつけ回したこともあるんですから。

「ともかく、いつ、誰が?」

「昆野」

 横を見ると、鶴岡先輩が立っていた。

「朝練、始まってるぞ」

 彼はため息をつきながら近づいてくる。今日予行なんだから、とぼやいていた。

 昆野先輩は鶴岡先輩をぎっとにらんだ。そして私の腕をつかんで耳元に寄せる。

「面倒なのが来たから後で」

 体を押すように私の腕を話すと、昆野先輩は地面を踏みつけるように歩いて行った。

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