組み体操と座席表 4

 予行練習の合間の休憩時間、体育倉庫の脇で身を寄せ合うように聞く。

「あのね、こっちだって覗きたいと思って覗いたんじゃないんだから。仕方なかったんだからね。

 一番は間違って配った配り係が悪いのよ、大林の席と私の席を間違えた。間違えて日記が配られたとわかった時には大林は行っちゃった後だったし。応援団は先に出て他の生徒に指示出さなきゃならないからさ。特にトイレに行きたがってた大林は焦ってたんだと思う。

 悪いとは思ったけど、机の中に入れてたのは知ってたし、ちょっと確認するだけなら、って軽い気持ちで思わずのぞき込んじゃったのよ。だって筆箱も朝読の本も入ってないんだもの」

 筆箱は机の脇に下げてあるといってたし、朝読の本は……図書室に返したのかな。

「案の定大林の机には私の日記帳が入ってた。後は大林の日記帳を入れて、大林の席からは離れたわよ」

 手紙が入れられた日の昼休みの後、昆野先輩が大林先輩の机を覗いていたのは、間違えて入れられてしまった自分の日記帳と大林先輩の日記帳をこっそり入れ替えるためだったらしい。

「大林先輩にこのことは?」

 横に首を振った。

「ただでさえまずいことなのに、あなたたちの言う3D運動会脅迫事件が起きたんだもの。とても言い出せることじゃないでしょ。

 もちろん、本当なら謝りたいところだけどさ」

 昆野先輩がしおらしくなってしまっているところに、何も言えることはなかった。

「総合優勝とか応援優勝とらなくてもインタビューって来るの?」

「来ます。紙面の都合上」

 先輩はこちらを向いた。

「大人の事情で部活のこと書けなくなっちゃったんですよ。今年事前インタビューに来たのはその代わりです」

 苦笑いしながら、私は答えた。

 なぜ今回だけ前号、後号に分けて新聞を発行するのか。本来なら夏の大会、コンクールの記事と運動会の記事の2本立てだったのだ。例年だと運動会の記事が占める割合は3割程度。インタビュー記事も総合優勝、応援優勝、色別対抗リレーのMVPくらいにしか割かれていない。

 ところが部活動の過熱化を防ぐために、夏の大会とコンクールの記事はカット。研究部は残りの3割を水増しするために、事前インタビューと事後インタビューを行って、記事を増やすことにしたのだ。事前インタビューの記事は、各組の生徒たちに士気を鼓舞するものだから、どうしても運動会の予行を行う今日から見てもらえるように発行したのだ。

 事前インタビューで各組のことを紹介し、事後インタビューで様々な人たちにスポットライトを当てる。競技で頑張った人、輝いた人、先生方の苦労話や運営に関わった係の裏話。

「いいと思う」

 やっと聞こえるくらいの声が聞こえた。

「誰でもヒーローになれる」

 昆野先輩は歩き始める。

「もうそろそろだから」

 時計の方を見ると、昆野先輩はかけだしていった。

 これだけの短い時間でも昆野先輩が承諾してくれたのは、運動会が明後日に迫っているからだろう。手紙の送り主を突き止めるためのとっかかりがほとんどつかめていない。

 時間も何も指定していなかったので、下駄箱に待ち合わせのメモを入れておいたのだ。昼休みは呼び出しがあったので行けない。運動会のプログラムをお互い時間が取れそうなところで落ち合うことにした。姿が見えて怒ってないとわかった時にはどれだけ安心したか。

 ポケットの中に入っている、私宛の手紙を上からさする。

 昆野先輩と分かれてから下駄箱に入っていた手紙。調べている件もあって手紙を見つけた時は驚いたけれど、差出人は元気だと書いてあったのでおびえずに中身を開くことができた。

 どうやら昼休み、研究部全員が太田先生に呼び出されたらしい。場所は講義室1。

 先生に呼び出されるのは不安だけれど、元気や高瀬先輩ならうまくやれるんだろうな。研究部全員ということは、美緒ちゃんも城崎君もいる。

 それでも不安になってしまう自分がいる。お説教が始まるならなおのこと、太田先生から話を聞くことができたとしても、時間は足りるんだろうか。

 休憩が終わりを告げるように、3年生は入場口に集合してください、とアナウンスが入る。次は3年生の棒倒し。予行練習も後半にさしかかっている。

 棒倒しの棒が運ばれたグラウンド中央に、3年生たちが入場してくる。赤組対青組の対戦カード。予行とはいえ熱気を持つ青組と、どこかよそよそしい赤組。両者の間を、風がさっと吹き抜け、赤トンボが飛ばされていく。

 送り主を突き止めたとして、3年D組は立ち直れるのだろうか。

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