組み体操と座席表 5
昼休みになって、講義室1に急ぐ。一番近い教室の冬樹先輩は既にいて、澄香、牧羽さん、篤志、田村先生と競うように人が入ってきた。
「一体、何をしでかしたんだ?」
田村先生が呼び出された研究部全体を見渡す。バインダーを片手に入ってきた太田先生は長くなるので、と椅子を引いた。
ともかく全員集まったことには安堵する。緊急案件だったため、職員室から適当に紙をもらって篤志、澄香、牧羽さんの下駄箱に手紙を入れておいたのが逆効果になるのではないかとヒヤヒヤしたのだ。
「君たちがD組のことについて調べ回っているのは当然耳に入っています。
担任としては、知っておく必要があると思います。部外者であるあなたたちがどのくらいこの件に関わっているのか」
「俺も顧問として状況くらい聞いておかなきゃなあ」
2人の先生に部長として目を向けられる中、当の冬樹先輩はむしろこの状況を楽しんでいるようで笑みさえ浮かべていた。
「元気君、小倉さん、これ以上ないチャンスじゃない?」
全く怖いもの知らずな人である。だが、彼のいうとおり、3年D組の担任である太田先生と直接話ができる。願ってもみない機会だ。続きは彼らへ、と勧めてくれたので、遠慮なく行かせてもらうことにした。
「俺たちはとある生徒から依頼を受けました。3年D組の山口先輩の机に手紙を入れたことを、疑われていると。
そして俺と澄香の2人で、調査を始めました」
担任となればある程度は把握しているだろうけれど、あえてぼかした。
「まず、その経緯を教えて」
「俺たちがその件を知ったのは、昆野先輩が廊下を駆け抜けていったのを見たからです。教室から飛び出していったそうですね。
彼女を慰めるどころか、彼女と話すことすらありませんでした。
ですが昆野先輩を追うことを諦めた直後、別の生徒に会いました。その方はインタビューに来た俺たちを知っていて、3年D組で起きたことを話してくれました。クラスはひどい有様だったとか」
あの日から3年D組は、男女の溝だけでなく、個人同士ですらギクシャクしているのは想像に難くない。話を聞いていた人たちは落ち着いてはいたけれど、どこか疑心暗鬼に陥っているような感じがした。
「その人が依頼してきたのね」
「はい」
「インタビューっていうのが、新聞の?」
澄香が手をあげる。
「その日の前日に、研究部新聞の記事づくりのために、元気と私で、赤組の応援団長さんと副応援団長さんにインタビューに行きました。
昆野先輩はもちろん、鶴岡先輩も、坂巻先輩も運動会、応援合戦のために、困難があっても応援団で団結して乗り越えてきたと、答えていました。
3人だけじゃありません。インタビューの時、3年D組のみなさんは、居残りしてポンポンを作っていました。
赤組、3年D組のみなさんは、運動会のために本当に頑張ってきたんだと思います。
山口先輩の机に手紙が入れられた前の日のことです」
爛々と目を輝かせて話していた澄香の声のトーンが落ちていった。
「続けて」
「手紙が入れられる条件を満たす人物像を洗い出すと、3人に絞られました。
その条件に当てはまる生徒を探すとともに、そのときの状況を依頼してきた方たちや、研究部の人脈を使って聞いてきました」
「言いたくないのはわかるんだが、その辺詳しいことを教えてくれんか?」
田村先生が言うので、話せる範囲で話すことにした。
「山口先輩が手紙を取り出したのは掃除の直後、給食の時に机の中のものを取り出したと聞いています。
机の中に手紙を入れるとすると、絶対に人目につくでしょう。昼休みや掃除の時間なら目撃情報があるはずです。
手紙が入れられたのは昼休みの後から掃除の前の間、つまり5時間目の直前から6時間目の直後に教室に1人だった時間がある人物ということになりました。
ここまでで送り主だと考えられる生徒が3人にまで絞られます。
まず、5時間目の直前に教室を最後に出た生徒。
次に、合間の休み時間に教室に戻った生徒。
そして6時間目の直後に教室に最初に戻った生徒」
ここまで言って澄香に目配せする。実際に聞いてきた人が話した方がいいだろう。
「教室を最後に出た生徒、ですが、実際は続いて教室を出たという話なので、その人ではないでしょう。
ですが、1人で教室に戻った生徒がいると聞きました」
澄香は太田先生の方を伺った。
「本田さんね」
「彼女は、机を運ぶ順番待ちをしている最中に、机の中に日記帳が入っていることに気づき、教室に戻しに行きました」
「知ってる。教室に確認に来たときに、本田さんは自分のカバンを漁っていた。
声をかけたら普通に出てきたわよ」
「山口先輩の席に近づいたりは?」
「確かに間を横切ったかもしれないけれど、身をかがめたり、急に立ち止まったり、机に手をついたりとか、特におかしな動作はなかったわよ?」
太田先生の目の前で早業で入れた可能性もあったが、違うと言っていいだろう。
「……ああ、ごめん」
横に座っていた澄香に謝る。話を遮ったことを不愉快に思ったわけではないようで、別に、と言ってくれた。
「一緒にいたというの話からも、特におかしなところはないと思います」
締めくくって俺の方を向く。
「次に合間の休み時間に教室に戻った生徒ですが、眼鏡を取りに行くためにトイレに行った集団から1人離れて教室に戻り、目薬を指して友人と一緒に教室を出たと言っています」
「なんでそんなタイミングで眼鏡を取りに行ったんだ?」
田村先生の質問に、「コンタクトレンズが合わなかったようです」と答えた。田村先生は「コンタクトか」とつぶやいた。自分は眼鏡をかけている人だから盲点だったのかもしれない。
「太田先生、その生徒の目薬って申告してあるの?」
申告しなきゃならないのか? 逆に驚いてしまった。
「健康カードに書いてもらってくるよう伝えました。本来はアレルギー等を確認するためですが、まあ、今回に限らず紛失など何かあったときのために、とクラス全体に念は押しましたが」
君らは後で確認しなさい、と告げられた。
「最後の1人は?」
「教室に最初に戻った人も、厳密に言うと1人ではないようです。
1人になった時間、というのは、椅子や机の脚を拭くことを忘れていた生徒たちが一斉に雑巾を持って水道に駆け込んだときだそうです。誰もそちらに目は向いていなかったと。
しかも、この方は山口先輩の机を運んだというので、唯一自然に席に近づくことができました。
そのわずかな時間と、席に近づいたことで疑われてしまったようです」
「そろそろ注意しようと思っていたところなのよ。
砂まみれの教室に、教卓から日記帳を落としてみたりするから」
太田先生はため息をついていた。澄香や聖斗も昇降口掃除だから言ってるけど、相当砂まみれなんだろうな。
「ただ、少なくとも山口先輩の荷物をあげてから机を運ぶまでの間は、見ていた人がいます」
澄香が補足すると、田村先生が太田先生の方を向いた。
「3年D組は自分で机を運ばないのですか?」
「あの日はたまたま、山口さんと篠田さんは忘れ物の持ち主を探しまわっていたせいで教室に戻るのが遅くなったんです。
それで2人の前の席の人たちが代わりに運んだようです」
田村先生はそういうことか、と安堵した。
「3人とも席はまあまあ近いです。
1人だった時間もそこまで長くはありません。この2点に関しては誰が怪しいとは言い切れません。
でも、今のところこの3人の誰でもあり得ますし、極論を言えば山口先輩の狂言かもしれません。給食の時に手紙が入っていなかったという話自体が嘘ならその前提もひっくり返ります」
結論まで言い切ってしまうと、先生方の反応を伺った。
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