組み体操と座席表 6
太田先生の最初の一言はこうだった。
「観察力、論理的思考、情報収集能力、プレゼンテーション能力、どれをとってもさすがというべきね。
本当にあなたたちなら手紙を入れた人を突き止めることができるかもしれない」
太田先生は、でも、と前置きした。
「あなたたちを疑うわけじゃないのだけれど、確認させて。
先ほど研究部新聞を読ませてもらいました」
「ありがとうございます!」
読ませてもらいました、の部分でよっしゃあ! と心の中でガッツポーズする。澄香とハイタッチし、篤志はよかった、といいながら緊張が解けたのか椅子にのけぞり、牧羽さんですらまんざらでもなさそうに笑みをうかべている。
その様子を微笑ましく見守ってくださる冬樹先輩と田村先生。
太田先生は咳払いした直後、一斉に居住まいを正した。すみません。
「まあ、いいのよ。あなたたちが頑張った成果ですものね。
ところで前号となっているということは、続きを運動会特集で発行するのよね?」
はい、と冬樹先輩が答える。
「手紙の件を、まさかとは思いますが記事になんてしませんよね?
もちろん、もし名誉を傷つけるようなことを書いた時には、責任をとってもらいますからね」
それを聞いた田村先生は顔が真っ青になっていく。助けを求めるように冬樹先輩の方を見ていた。
新聞が前号、となっている部分に太田先生は引っかかったようだ。
後号は、運動会の結果が出た後に優勝を勝ち取った組やMVPにあたる生徒にインタビューを行う予定でいる。
ところが、新聞を発行している研究部が3D運動会脅迫事件について調べ回っていると聞けば、最悪の事態を考えたに違いない。下手すれば後号の差し押さえを求めてくるだろう。
「もちろん、記事にはしません」
冬樹先輩がそっと1枚の紙を差し出す。研究部新聞夏後号の企画書だ。
例年は研究部新聞の夏号は、夏の総合体育大会やコンクール等の記事と運動会の総合優勝、応援優勝、色別対抗リレーの記事の2本立てで、本来は運動会の後に発行する予定でいた。ところが夏休み中に部活動の過熱化が発覚したために部活関連の記事が出せなくなってしまったのである。
例年通りの記事の内容ではあまりに貧相な紙面になってしまう。そこで各組の紹介やインタビューの対象者を広げて新聞を書くことになった。そこで運動会の前に各組紹介を行う前号、本来の運動会の記事を掲載する後号に分けることになったのだ。
後号のテーマは、運動会で活躍した人々。優勝した組はもちろん、競技でファインプレーをした生徒や注目が集まった競技、運動会を支えた運営側や先生たちのことを聞いていく。
太田先生は企画書を眺めて、わかりました、とだけ答えた。
「田村先生もいらっしゃるし、夏休みの件は私も知っているから、新聞についてはこれ以上は聞きません。運動会の後もインタビューに来るとは職員会議でも聞いていたことですからね。
なら、余計に確認しておかなければならないことね。
私が聞きたいのはその先の話。
手紙を入れた人を突き止めて、その後は?」
「その後?」
まず、依頼してきた大林先輩には、送り主のことは伝えなければならない。同席した篠田先輩にも。たとえ本人が送り主だったとしても。
話をしてくれたり、仲介をしてくれた先輩方にも話すことになるだろう。俺たちに協力してくれたのは、みんな事実が知りたいと願っているからだ。
特に小野先輩は無実なら疑いを晴らさなければならない。となると、あの場にいた人たち、3年D組の全員に説明しなければならなくなるのか?
「他人の机に人を傷つけるかもしれない手紙を入れるなんて行為は、当然ながら間違っているわ。しかも発覚してクラス中が大騒ぎになった時に名乗り出なかったのだから余計にタチが悪い。
それでもね、個人や、特にあなたたちのような無関係な人たちが勝手に制裁を加えるのもまた違うと思う。法治国家のこの国では私刑は許されないように。
手紙を入れてない人を犯人呼ばわりした場合はもちろんだけれど、本当に犯人だった場合、あなたたちが言い回った時の影響は考えているの?
あなたたちはどうしたいわけ?」
手紙の送り主がわかったその後。
今まではほとんど自分から首を突っ込んでいって、真実を知った後は先生に伝えたり、いわゆる犯人という立場の人を説得することになった時もあった。
被害者の山口先輩にはどうやって伝える?
同じく3D運動会脅迫事件について調べている昆野先輩には?
何より、未だ話ができていない本田先輩にはどう話をすればいい?
自分がやるべきことをやり続けなさい。それだけの力を持てる人間になってほしい。
最後に姿を見た日の、父さんの言葉がよみがえる……。
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