組み体操と座席表 7

 机に手紙を入れた人を探し当てたその先。

 濡れ衣を着せることは当然、あってはならない。

 では真実を言い当てたとして、その後は?

 俺たちが送り主を公表する。そのとき、山口先輩は、大林先輩は、そのほかの先輩方は、どう受け止めるのだろう。

 ただでさえ手紙が入れられた時点でも3年D組はひどい言い争いになったのだ。謝って仲直りすると信じるほどおめでたくはない。

 どうしたい、のだろう。どうするべきなのだろう。

「太田先生、依頼を受けるのにそこまで考えてないですよ」

 言い出したのは篤志だった。

「依頼を受けるのに影響はどうだとか考えませんよ。下手したら損得とか可能かどうかすらも頭にありませんよ。その証拠に受けちゃって後悔したりすることもありますもん。ただただ目の前の人が助けを求めているから応えるってだけです。

 特に研究部っていうのは、生徒や先生や学校のために活動するっていう、めちゃくちゃ曖昧な活動目標を掲げながらとりあえず半年やってこれたのは、このメンバーが集まったからだと思いますよ?」

 篤志はチラリと牧羽さんを見た。

「腹立たしいことにその人の言うとおりですね」

 牧羽さんは俺と澄香に目配せして、太田先生を見た。

「この前もやらかしたばっかりです。とても個人的なお願いを受けて後悔したのは。おおっぴらにしたら不公平だとかひいきしてるとか言われますからここだけの話にしておいてくださいよ。

 その人は、情けないことにビービー泣いて頼みに来ました。

 でも、足を引っ張りたくないからと自分ではない人たちのために必死で頑張っていたんです。その中で頼りにできるのは私たちだけだったんです。私たちが手のひらを返したら今頃不登校になっていたかもしれませんよ?」

 篠田先輩の応援練習のことだろう。横で聞いていてひどい言い草だなとあきれてしまう。でも、牧羽さんらしい。

「ともかく、このお節介集団は、困っている人がいたら話くらいは聞きますし、やらなきゃと思ったらとかく進み続けるんです。

 でも伊達に半年やっていません。受けた依頼にどうけりをつけるか、そんなものTPOによりけりでしょう。明らかな外道と情状酌量の余地ありで処遇が同じ、なんてことあります?

 蓬莱と小倉なら悩み抜いた末に最善手を出してくれますよ」

 牧羽さんに向かってうなずく。万を辞して引導を渡してきたのだ。

 俺と澄香と、同時に話し始めようとして止まる。押し問答の末、澄香に先に話してもらうことになった。

「話を聞く中で、手紙を入れてない、入れてないと信じたいっていう思いと、もし送り主だったらという不安が伝わってきたんです。

 きっと3年D組のみなさんがあれだけ動揺したのは、最後の運動会、みんなで頑張ってきたことを踏みにじられたと感じたのではないでしょうか。

 私たちにできるのは、本当の手紙の送り主を探すこと。約束したことです。

 そして、まず送った人から話が聞きたいです。何を思い、手紙を書いて山口先輩の机に入れたのか。もしかしたら困っているのかもしれません。私たちは、研究部です。もちろん、やってしまったことについては反省してほしいですが、困っている人のなら力にはなりたい」

 澄香が言い終わるまで、太田先生は静かに聞いてくれた。そして、隣の俺を見る。

「手紙の送り主が依頼者であれ誰であれ、手紙の送り主ははっきりさせたいです。文面が運動会を中止しろ、ならなおさら。

 俺も澄香と同じです。運動会を成功させると、小野先輩とも約束しましたから」

 送り主が何を考えて山口先輩の机に手紙を入れたのか。こればかりは考えていても仕方がない。ここを乗り越えてこそ、運動会の成功、ひいては溝ができた3年D組をまとめることはできないのではないか。

「小野と?」

 太田先生の顔が、引きつったのが見えた。

「2年前に、応援合戦で組み体操を行い、事故が起きたんですよね」

「そうね」

「小野先輩のお兄さんが、事故でケガを負ったと聞きました。

 彼女は、事故の起きる可能性の低い、楽しかっただけで終わる運動会にしたい、そう言っていました」

 太田先生はゆっくりうなずく。

「あれほど団結力や忍耐力が求められるパフォーマンスはない。生徒同士や生徒と教員の信頼関係がなければ成り立たない競技もない。

 危険性を承知の上で行われてきたのは、今まで教員が教育効果があるからと信じて疑わない教員がいるからよ。それは生徒も保護者も同じ。同じ目標に向かって練習を積み重ね、一致団結して1つの技をかたどる。誰かが誰かを支え、全員が同じ方向を向き号令通りにキビキビと動く様子を美しいとたたえる声もある。

 それを感動なんて表現する人間たちのせいでもあるわ」

 運動会をよりよいものに。優勝を勝ち取るためには高みを目指す。禁止でなければ半強制。やるといわなければ切り捨てられる。

「でも、あまりにも当たり前のことじゃないの?」

「当たり前じゃない時代を、俺たちは知っています。

 けが人や失踪者は、もう出したくありません」

 田村先生が渋い顔をする。太田先生はみんなを見回して、蚊帳の外なのは私だけね、とつぶやいた。

 勉強か部活か、先生方に突きつけられた2択を選ぶしかなかった久葉中を変えようとした父さんは、手のひらを返されて耐えられなくなってしまった。

 けが人を出した組み体操を二度と行わせないために動いた小野先輩は、手紙の送り主として疑われている。もちろん、彼女ではないと信じる人たちもいるけれど、彼女が送り主でないならやっていないと証明したい。

「運動会を中止になんてさせないように、手紙の送り主を突き止めるんです」

 俺たちは、運動会を成功させたい。そのためにできることをやるだけだ。

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