組み体操と座席表 8
「もちろん中止にはさせないさ」
答えたのは田村先生だった。
「爆破するとか人を殺すとかなると話は別になってくるけどよ、中止しろってだけじゃあ中止にはならんよ。当たり前だが警備は厳重になるけどな。まあ保護者だけ入れるとか、来賓レース中止とか、やったとしてもそこまでだろうし。
病気が流行ってるとか、台風が来たとか、それこそ事故が起きたとか命に関わることなら中止だって考えるけれど、こっちだって中止にならないように頑張ってるさ」
「PTAのためじゃなくてですか?」
牧羽さんの発言に先生方は顔をしかめた。
「あのね、生徒たち、特に3年生にとってはほんとに1つ1つの行事が貴重な時間なんだからね。
特に応援団みたいな役職を持てるのは最上級生が多いのは、経験したことを生かして仲間や下級生を引っ張っていくため。ほぼ部活と学校行事でしか体験できないことなのよ。
楽しみにしている生徒も多いし、もしかすると学校行事のおかげで学校に来られる生徒もいるかもしれない。
何より誰かと一緒に頑張った特別な日々っていうのは、一生の思い出になるのよ」
太田先生があまりに熱弁を振るうので、圧倒されてしまった。
「……やっぱり大人になったらできないものなんですよね。先生とかにならない限りは」
「できなくはない。金と時間と体力、あと同志を集められれば」
田村先生が無表情でいう。ほぼ無理に近かった。
「しかも先生になってからやる学校行事ってわけが違うから。太田先生みたいに若い先生が大変な仕事全部押し付けられるから」
「田村先生も働いてる方ですよ」
田村先生と太田先生は意気投合しはじめた。忖度、大人の世界はつらいな。
「やる理由っていうのは、授業時数でも一応決められているとか、内申とか、数えだしたらキリがない。授業の時間を潰さないと作り上げられないジレンマはある。当然授業は大事だ。
でも、授業だけじゃ教えきれないことの方が多い。行事とか委員会とか学級活動とか、特に個性も経験もこれから知る君たちにとっては、回り道だって必要なことだよ。やってみなきゃわからないことの方が多いんだから」
田村先生は、俺たち1人1人を見回す。
父さんも、同じ思いだったんだろうな。受験勉強だけだった勉強部からできる限りの活動に手を広げていった研究部へと変わっていったのは、父さんが久葉中を立て直そうとしたからだ。そして先輩方が意思を受け継いでくれたから、今の研究部がある。
太田先生がバインダーを開き、何かを取り出した。目の前に何かが置かれる。ルーズリーフだ。
「手紙よ」
5人は一斉にのぞき込む。
ウンドウカ
イヲチュウ
シシロ
こう書かれていれば「運動会を中止しろ」としか読めないだろう。
もっとも、ご丁寧に定規で線を引いて作ったような文字が並べられているだけのものだった。『ウ』や『ヲ』や『シ』の長いはらいの部分が一直線で引かれているものだからぱっと見て文字だと判別しにい。定規で線が引かれているせいか、ところどころ止めたところからインクのかすれた線が見える。改行も適当過ぎてますます読みづらい。
先輩たちは初見でよく文字を読み取れたともいえる。
しかしどう考えても「運動会を中止しろ」としか読み取れなかった。
「いいんですか?」
「見せろって言ってきたのはあなたたちでしょ!」
ほらほら、と太田先生は俺たちをせかす。
今朝太田先生と会ったとき、納得ができれば手紙を見せてください、と確かに頼んだ。でも、本当に見せてくれるとは。
「めちゃくちゃ普通のルーズリーフだな」
「ボールペンだし」
篤志や牧羽さんの言うとおり、どこにでも売ってそうなルーズリーフにおそらく量産品のボールペンで書かれている。
冬樹先輩が折り目に沿って紙を折っていく。長方形から一対の対角線の角がとれた形をした、小学生が友達同士で回す手紙のような形になった。手紙としか呼べまい。
「宛名がないというのも本当みたいだね」
冬樹先輩が渡したのを皮切りに、蛍光灯に透かしてみたり指でなぞってみたり匂いまで嗅いでみたりしたが、特に何かわかったこともない。せいぜい大林先輩の証言は間違ってなかった、というくらいか。とてもきれいな手紙だった、というのはうなずける。せいぜい指の跡くらいしかついていないのだから。
筆跡鑑定とか手紙についている指紋の鑑定とかインクの判別なんかができればこれだけの情報でも送り主を特定できるのだろうけれど、あいにく俺たちは警察でも探偵でもなければ鑑定の技術も業者に頼むだけのお金もない、ただの中学生である。
「お願いついでに太田先生に質問を」
田村先生にずうずうしい、とあきれられる横で、冬樹先輩はどこ吹く風というように受け流した。
「机がない状態だと、ロッカーに入らないカバンは机の真下に置く、というルールは守られているんですか?」
久葉中の校則は微妙な細かさがある。カバンなどの荷物の置き方も、通路を通りやすいようにと普段はロッカーに入れるか椅子の下にしまうこと、と指導される。椅子がない状態では机の真下に置くことになっている。
「もちろん徹底させるわ。
それなら誰もが守るであろう。
「それから、当日の教室の様子、具体的にはどこの机がなかったのかが知りたいです」
太田先生はあまり乗り気ではなさそうだったが、いいわよ、と言ってくれた。
ついでに俺も確認したいことがあったので手を挙げる。
「日記というのは、3年D組全員書いているんですよね」
「一応全員提出にはしてありますよ。課題ではないので提出チェックはしてませんが」
日記って課題じゃないんですか。まあ、ウチのクラスもそんな感じだけど。
「手紙が挟まっていた生徒などいました?」
「さすがに何か挟まってたら気づくわよ」
太田先生がため息をついて、ちらりと上を見上げる。昼休みもそろそろ終わりを告げる頃だ。
「ともかく、あなたたちのことは信じるわ。でも、1つだけ約束して。
手紙を入れた人がわかったらまず、私か田村先生のどちらかに伝えること」
「まずは明日までに送り主を突き止めないとね」
冬樹先輩のいうとおり、明後日の運動会より前には送り主を突き止めなければならない。
壁に掛けられた時計を見上げ、講義室を出た。
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