組み体操と座席表 9
明日までに手紙の送り主を特定する。でも、厳密なタイムリミットは明日の昼休み直前までだろう。送り主を先生に伝えてから本人と話をして、依頼者である大林先輩ほか伝えるべき人たちに伝えに行くことを考えたら、放課後では遅い。今日の昼休みはまるまる太田先生と田村先生に時間を使ってしまったので、使える時間もだいぶ限られている。しかも放課後に持ち越したら帰ってしまうかもしれない。
いろいろな人に話を聞いている中、本田先輩にだけ話を聞かずっていうわけにもいかないよね。
運がいいことに、なんと掃除場所が昇降口、私と一緒だったことが判明したのだ。話しかけられるタイミングは、掃除の前後のちょっとした時間くらい。
残念ながら本田先輩は掃除開始から少し遅れてやってきた。すでに見回りの先生も来てしまったので、掃除の後に話しかけようと心に決めて今は床を掃くことにした。
「小倉さん、大変そうだね」
近くを掃いていた叶内君が、小声で話しかけてくる。
「新聞読んだよ。すごいよねみんな」
弾む声から本心で言っているのが伝わってくる。足を止めて見てくれる人の姿は見かけたけれど、直接言ってくれるのはやはり嬉しい。
「ありがとう」
「ウチの兄貴もだけど、インタビュー受けた人たちは喜んでたみたいだよ」
企画した甲斐があってよかった。ひとまずは胸をなで下ろした。
掃除の時間が終わって、再チャレンジをしようと声をかけた。
「リレー選手の本田先輩ですよね」
彼女は急に立ち止まったかと思うと、ゆっくりと私の方を向いた。
「研究部の小倉と申します。少しだけお話を伺いたいことがありまして」
「何の用?」
いきなり3D運動会脅迫事件のことを聞くのもなと思い、雑談から始めることにした。
「実は私たち、新聞を発行しているんです。
次は運動会で活躍した人にインタビューを行っていくことになりまして」
「アンカーは
「……先輩が大健闘するかもしれないじゃないですか」
本田先輩は私の問いかけに、何も答えてはくれずそのまま行ってしまいそうになった。
全員が全員運動会を楽しみにしているわけじゃない。誰もがインタビューされるみたいに注目されたいわけじゃない。
わかってはいるんだけど、どこかきゅっと胸が締め付けられたような感じがした。
「本田さん」
声をかけたのは、昆野先輩だった。
「手紙が入れられた日のこと、教えてくれる?」
本田先輩は、今度こそ立ち去ってしまいそうになる。
「一番の勝負前に、不安材料は取り除きたいでしょ」
昆野先輩は先回りして本田先輩に詰め寄った。
「別にそこまでじゃないけど」
「でもこの子は期待してくれてるんだよ?」
グイグイ行く昆野先輩。
「……アキちゃんが話したって言ってたけど」
「あなたから直接聞きたいんだよ。私は応援団だから割と早く教室を出ちゃったし。その辺全く知らないからさ」
本田先輩は、露骨に嫌そうな顔をして昆野先輩の方を見て、それから私の方を見て、ため息をついた。
「机と椅子を持って廊下に並んでたら、日記が机の中に入れっぱになってるのに気づいたから教室に戻しに行った」
「太田先生がその時教室に入ってきたんでしょ」
「カバンに日記をしまってたらね」
「太田先生はいつまでいらっしゃったの」
「私が教室を出るまで廊下に立ってたよ」
池谷先輩や太田先生の話とほぼ同じだ。それでも、本人の口から聞けたことが大きな成果だ。
「もうやめにしないか」
声をかけてきたのは、なんと鶴岡先輩だった。周囲を歩く人たちが足を止めている。
「鶴岡――」
「誰がやったとしても同じだよ。あんな手紙を書いたサイテーなやつがいる。その事実に変わりはない。
どうせ調べようがないことだし、わかったところで何もできない。せいぜい自己満足に過ぎないだろう。
それより運動会は明後日だぞ。本来やるべきことに集中しろ」
「それはもちろんやる。
でも、やっぱり明らかにしないとどうしたって進めないよ。今の状況を見ててわかるでしょ? 誰かを疑いながら協力し合うなんて絶対に無理。第二応援歌のところなんかぐちゃぐちゃだったじゃん」
険悪な雰囲気になっていく。間に割り込もうか戸惑っていると、2人を切り裂くような一言がよぎった。
「よっぽど脳天気なんだね」
声を発したのは山口先輩だった。腰に手を当てて明らかに2人をさげすむように見ている。彼女の後ろにはオロオロしながら篠田先輩が身を潜めるようにしてあたりを見回していた。
「あのさあ、ウチが手紙を見つけたときのこと、忘れてないでしょ。男女であれだけ罵り合ったの。あの場にクラスの中で協力しようなんて心から思っているやつなんかいなかったんだよ。あんたたちももっともらしいことを言ってるけど、所詮自分かわいさでしょ?
ついでに言わせてもらうと、あんたたちのことも完全に信じてるわけじゃないからね」
「千代子!」
昆野先輩が叫ぶも、山口先輩は「いい子ぶってんじゃないよ!」と怒鳴り返す。
「じゃあおまえはどうなんだよ! 後ろの篠田は!」
「あたしたちは違うもん!」
鶴岡先輩は指さしながら山口先輩も応戦してしまう。本田先輩は完全に傍観者となってしまっているし、篠田先輩はオロオロするばかりだ。
恐怖を振り切って3人の間に入っていこうとすると、「あのさ!」と聞こえた。全員が一カ所を見つめる。
声を発していたのは篠田先輩だった。
「な、情けないよ、さ、3年生がこんな言い争いしてるなんて。1年生が見てるじゃん」
玉のような汗を出しながら篠田先輩は続ける。
「そりゃあ手紙を入れた人を探しても、私たちはどうしようもないかもしれない。
でも、手紙が入れられたのも、手紙を見つけた後ひどいことを言い合ったのも割り切れるほど強くないのも事実だよ。
それに私は怖い。運動会を中止しろっていう手紙を書いてきたのなら運動会をやりたくないのかもしれない。それだけならまだしも、本当に運動会が中止になっちゃったりしたら絶対にその人に責任を押しつけるような気がする」
言い終わって篠田先輩は肩で息をする。
一旦目を閉じて視界をシャットアウトさせ、ゆっくり目を見開いて篠田先輩だけを捉える。
「運動会を中止しろっていう手紙書いてきた人が、当日なにもしてこないという保証はありません。組み体操は行いませんが、棒倒しや騎馬戦など、危険を伴う競技は行われます。
手紙を入れた人が運動会で誰かをけがさせようとしているなら、それを止めることはできるかもしれません」
事故の起きる可能性の低い、楽しかっただけで終わる運動会にしたい。
元気が言っていた、小野先輩の願い。私たち研究部の本来の活動は、彼女の願いのように、生徒たちのためにできることをするのだ。
「でも誰がやんの?」
山口先輩が昆野先輩が私の肩をたたく。
「この子しかいなくない?
現状、誰のことも信じられないんでしょ?」
「なっ」
息を飲む。
「手紙のこと調べてるんでしょ。ますますあんたしかいないじゃない」
耳元で話しかけてきたのは甘いボイスの脅しの言葉だった。
残りの先輩方は私とクラスメイトたちを交互に見やっている。篠田先輩は滝のような汗を流していた。
さすがに騒ぎを聞きつけたのか太田先生が飛んできた。
「いい加減にしなさい! あなたたち!」
太田先生の剣幕に、群がっていた生徒たちはさっと身を引く。
「応援団がこんなところで、しかも団長と副団長までいてけんかしてる場合?
全員頭を冷やしなさい」
通り過ぎざま、太田先生から「まったく、児玉のときといい、手紙のときといい」とグチグチつぶやいているのが聞こえた。すぐに人払いが始まる。
「リレーさ」
去り際に本田先輩が言う。
「赤組にゴールテープを切らせてあげたいとは思う」
本田先輩だけがゆっくりながらも、歩いていってしまった。
「なんかあったの?」と場違いな明るい元気の声だけが残る。
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