机と下駄箱

机と下駄箱 1

 運動会練習という普段とは違う日課に加えて、インタビューや情報収集など初対面の人と話すことが多かったせいか疲れがどっと押し寄せてきた。慣れないことをやるのはしんどい。今は講義室の蛍光灯の下がかえって落ち着く。

「本当に、ごめん」

 みんなの方を見たくなくて、机に突っ伏した。

 発端は私が本田先輩に話しかけに行ったことなのだ。本田先輩からしたらいい迷惑でしかない。

 きっと昆野先輩は彼女なりのやさしさで本題に切り込んだのだ。それをたまたま鶴岡先輩が聞いてしまって反論された。

 鶴岡先輩のいうことも間違ってはいなかった。普通の生徒ならああいう回答にはなっても仕方ない。

 そしてまだ傷の癒えない山口先輩に聞かれたのもまずかった。デリケートな部分だから少なくとも昇降口というオープンな場所で話すことじゃなかった。

 篠田先輩がいなかったらどうなってたんだろうな……。

「こうでもしないとサシで話すことができなかった人もいるだろうから、結果オーライと思うしかないさ」

 城崎君に慰められるも、むぐぐと変な声しか出なかったので顔を上げられなかった。

 あの後、情報がある人は講義室1へ、と昆野先輩が宣伝してくれたみたいだけど、結局来たのは山口先輩だけだった。

「ほんとだってば! 帰りの会の前に日記と学級日誌を取りだそうとしたら、ルーズリーフの手紙が入ってたの!」

 山口先輩は拳で机をバンバンたたきながら話していた。

「日記と学級日誌と手紙、机の中はどういう順番で入っていましたか?」

 元気が聞くと、上を見ながら考えるそぶりを見せ、「手紙、日記、学級日誌」と上から順番に指で指すような動作をした。

「ところで、5時間目が始まる前、まあ普段の話でいいんですが、席から離れる際、あなたは椅子をしまっていましたか?」

「今どうでもいいじゃん」

 高瀬先輩は机から身を乗り出して顔を至近距離に近づける。

「大事な話です」

 さすがの山口先輩も体をのけぞらせた。顔をそらしたまま答えた。

「しまってたよ。そうじゃないと太田先生に怒られるし、椅子の脚がリュックのひも踏んでた時もあったから」

 ほかにもいくつか質問をしたけれど、半ばヤケになってしまっているのか出てくるのは恨み言ばかり。話を充分に聞けたとやんわりと告げて帰ってもらった。改めてリュックを背負った後ろ姿を眺めていたが、篠田先輩とは似ても似つかなかった。あのときはリュックしか見えてなかったからなあ。

 伏せた状態の私の肩に手が置かれる。

「それで? どうするわけ? こうしてても仕方ないでしょ」

 美緒ちゃんの言う通りなんだけど、私には誰がやったのかさっぱりわからない。

 顔だけ前に向けて泣き言を言ってみた。

「元気、誰が手紙を入れたかわかった?」

 んー、と腕組みして考える。

「人の机に手紙を入れるってなるとやっぱり人目につくだろうから、できるとしたら教室に1人でいる時間があったあの3人の中の誰かだろうよ。

 本田先輩だとしたら教室に戻ってから太田先生が教室に来るまでの間。

 小野先輩だとしたら雑巾に目が向いていた時と、難しいけど山口先輩の机を運ぶ時。

 大林先輩だとしたら教室に入ってから福原先輩が教室に入ってくるまで。

 3人の中で一番時間に余裕がありそうなのが残念ながら大林先輩なんだよな」

 元気ですらため息をついた。

「しかもあなたたちの話を聞いている限り、残りの2人はシロに近いのよね。

 本田先輩は教室に行くときには日記しかもっておらず、出てくる時もおかしな動きはしていなかった。

 小野先輩も、クラスメイトたちが雑巾を取っている間は教室にいたのよね? わざわざ人の机まで往復していたら気配でわかるでしょうし、山口先輩のリュックサックを机の上に上げてから机を運び終えるまでの間、加隈先輩が彼女のことを見ていた。

 なら消去法で大林先輩しかいないのだけれど、一瞬の隙をついて手紙を入れたとか実は午前中に入れられていたけど気づかなかったとか、細かいところを突っ込まれたら否定はできないし」

 美緒ちゃんは最後に、そういえばあの日の午前中何やってたっけ、と聞いた。

「1,2時間目は開会式や閉会式の練習、3時間目に男子は騎馬戦、女子は綱引きの練習、4時間目はフォークダンスの練習」

 高瀬先輩がさらりと答える。そうだった。あの日は全体練習が多かったな。式はもちろん、騎馬戦は全学年の男子、綱引きは全学年の女子、フォークダンスは全校生徒、というように学年をまたいで行うのだ。

「そんな難しく考える必要もないんじゃね?」

 そう言い出したのは城崎君だった。

「どういうこと?」

「そりゃあ、人の目につかないように手紙を入れることができたのは誰か、っていう話になれば難しいだろうよ。だって最悪山口先輩に変装して、今は全員一日中体操服ハーフパンツだから髪型変えてマスクつけるってところか、変装した誰かが机に手紙を入れましたって可能性だってあるんだから」

「ねえよ」

 元気がツッコむ。私もそこまでして他人の机に手紙を入れる人はいないと思う。

「でも、普通そう思うだろ? だから考え方を変えてみたらどうだ?」

「考え方?」

「ああ、そうだ。

 そもそも、何で手紙を入れたんだ?」

 城崎君は、机の中に、を強調した。今朝の様子が思い起こされる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る