机と下駄箱 2

 隣に座る小倉にはピンと来たようで、ひらめいた! と言いたげな顔をしている。冬樹先輩も興味深そうにこちらを見ている。

 やれやれ、と話をしたそうにする篤志が主に俺と牧羽さんに向けて、かみ砕いた説明を始めた。

「例えば、だ。篠田先輩に手紙を届けたいけど、直接渡せないとしたらどうする? もちろん学校にいるうちに届ける方法に限定する」

 郵便や本人の自宅では意味をなさないということだ。3D運動会脅迫事件に当てはめて考えようとしたところで、牧羽が意見を言った。

「まず、確実に相手に渡る方法でなければならないわね。一番いいのは共通の知り合いに預けるという方法だけれど、今回に至っては使えないと考えていいのよね。

 私なら靴箱の中に入れておくかしら。少なくとも下校時までには絶対に見るもの」

「僕らの立場だったらそうするだろうね」

 篤志がうなずく。手紙の内容は『運動会を中止しろ』なのに運動会が終わるまで存在すら知らないとなれば全く意味がない。かといって人を介せば差出人がばれてしまう。

「そうじゃない立場の人はどうするんだ?」

「クラスメートなら机の上に重しでもして置いておく方がわかりやすいと思うよ」

 冬樹先輩が助け船を出してくれた。そういうことか。篤志が冬樹先輩を見るも、続けて、と示される。

「そして、逆に聞くが、カバンや、手提げ袋、運動会中は水筒や応援グッズを入れるために全員が用意しているな、に手紙を入れようと考えるか?」

 入れない。さすがに全員同じ返事を返した。

「何で机の中に入れたんだ? っていうのは、わざわざプライベートな領域を侵すような場所に手紙を入れたのはなぜか、という話だ。

 僕が考えるに机の中に手紙を入れる一番の利点は、机に入れる瞬間さえ目撃されなければ、いつ入れられたのか、が持ち主以外が把握しにくいところにあると思う。

 だから2人は教室に1人でいた時間がある人を探したんだよな」

 篤志に指摘されて気づくあたり、意外と盲点だったのかもしれない。

 勝手に机の中をのぞき込むのはクラスメートでもタブーだ。机が横倒しになるような事態が起こらない限り、机の中に何が入っているかなんて他の人が知る由もない。

 でありながら、案外他人の机の中にものを入れること自体はある。欠席した人の机にプリントなどの配布物を入れておくこともあるし。

 茶色い机の上に白い紙が載っていれば、いくら視力の悪い人でもさすがに気づくはずだ。運動会練習で授業もないから、机の上がごちゃついていたということはないはず。手紙があったかどうかくらいは教室に入った人間なら見ているはずだ。その証言だけでいつ、もしかしたら誰が置いたのかまでもわかる。

 久葉中の場合、下駄箱には目隠しになるような扉などはついていない。個人の空間ではあるがあまりプライバシーが尊重されているとはいえないから、変な話見ようと思っていなかったのに中が見えてしまうという可能性だって考えられる。

 今思えば冬樹先輩がロッカーの質問をした意味も理解できた。同じく扉がないロッカーも、夏休み明けで空っぽなら手紙など入っていれば目につくだろう。

 いつから手紙が机に入っていたのかを特定できたのは、山口先輩が給食の時間に机の中を確認し、帰りの支度をするときに机の中のものを取り出したからである。

「横から失礼するけど、城崎の話から山口先輩の机に手紙を入れたのは送り主は少なくとも3年D組の人、ということね。

 違うクラスの人の席なんて座席表でも見に行かなきゃわからないし、ましてや席替えする可能性だって考慮しなければならないのだから」

「そういう意味でも、僕らのような3年D組以外の人なら場所が固定されている下駄箱を選ぶだろうよ」

 今までふわっとしていたことが牧羽さんと篤志によって言語化されたのはありがたい。3年D組以外の人がこっそり入って手紙を入れたことは否定できるわけだ。

 机は座席表を見るかわざわざ前に回り込んで名前のシールを確認しなければならない。名前のシールが個人の場所のすぐ上、しかも絶対に出席番号のアイウエオ順で並んでいる下駄箱の方がいいに決まっている。

「そして実はもう1つメリットがある。うまく目撃者がいない環境を作れたところで手紙を取り出してから入れるまでに急に目撃者になり得る人物が現れた場合、誰かが教室に駆け込んでくるとかな、計画を中止することができる」

 篤志計画を中止なんていう仰々しい表現を使ったが、要するにあきらめるということだよな?

 澄香は「下駄箱だとできないの?」と聞いている。

「下駄箱に手紙を入れるとなると、カバンなりハーフパンツのポケットなりから手紙を取り出すことになる」

 ノートに挟んでおくとかも体育の授業ならあるかもしれないけれど、運動会練習中は不自然だ。手紙を直接手に持って移動するというのは、さすがにあり得ないだろう。

「山口先輩の下駄箱に手紙を入れるまで、手紙を取り出してから入れるまでの一連の動作の一部でも目撃されてしまえば、ほぼ確実に犯人とみなされる。

 一番あり得るケースは、誰もいないと思って手紙を持って昇降口に行ったら誰かがいたというパターンだ。あきらめるのは当然だけれど、手紙はどうする? 隠しておける場所はハーフパンツのポケットくらいのはずだ。だが弾みで手紙が出てしまうなど大きなリスクを抱えることになる。

 近くにゴミ箱があれば放り込んでもいいが、あいにく昇降口付近にはない。まさか自分の下駄箱に入れておくわけにもいかないからな。

 ところが机の中に入れるとなると、もし手紙を持っているところを目撃されたら、自分の机に置いてあった、とでも言えば済む。山口先輩の机に向かうところを目撃されたら、教室にこんな手紙が落ちていた、とでも何食わぬ顔で言うだけ。何しろあの手紙は宛名すらも書かれていないんだから。

 要は手紙を机に入れているところさえ見られなければいい」

 手紙を書いた人物を探すことになったとしても、篤志なら名乗り出ずにいればゴミ箱に入れればいいとでもいうだろう。

 教室に1人でいるという状況が作れなければ諦めるだろうし。

「送り主本人はどう考えているか知らないが、普通の人なら曰く付きの手紙だと認識するだろうから最初から机の上には置かないだろう。机の上に置いているところや手紙を置いた直後に誰かが教室に入ってきたりしたらアウトだ。教室に1人しかいないのに言い訳するのも苦しい。

 ともかく、その2つのメリットがある人物。それこそが手紙の送り主の人物像だ。そんなの1人しかいないだろう?」

 いつ手紙を入れたのかわからない、あるいは言い訳ができるというメリットを取った人物。

 俺は1人の人物を挙げた。

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