机と下駄箱 3

 いつ手紙を入れたのかわからなくするメリットを取った人物。そんな人物は2人といないと考えていた。

「山口先輩しかいないじゃないか」

「小野先輩、ってこと?」

「やはり送り主は本田先輩ということね」

 ともかくわかったことは、全員違う人の名前を予想したらしい。説明というのは、あまりオブラートに包んではいけないもんだなと学んだ。

 端から様子を見ていた冬樹先輩は「じゃあ大林先輩で」と言い出す。菓子詰め合わせセットを取り分けてるんじゃないんですよ?

 全員遠慮の塊なので、譲り合い合戦が起きる。質問を投げかけた僕が指名するのが波風が立たなそうだ。結局一番の年長者、冬樹先輩から話をしてもらうことになった。

「本田先輩も小野先輩も、たまたま教室で1人きりの時間があった、というだけだよね。

 大林さんだけは、5・6時間目の間に眼鏡を教室に取りに行くことで、教室で1人きりになる時間を作った。

 理由は簡単、ばれずに山口先輩に手紙を送るにはそうするしかなかったから。

 大林先輩は山口先輩と同じ応援団。聞くけど、応援団の練習は朝、昼休み、放課後とあり、運動会練習でも近くにいることが多いんだよね?

 となると、運動会練習期間中、山口先輩とずっと一緒にいることになる。大林先輩が山口先輩に見つからずに匿名の手紙を送りつけるには、何か口実を設けて山口先輩から離れるのが確実な方法だよね。

 ところが下駄箱に入れるとなるとそうはいかない。5・6時間目の間の休み時間も、何人かが3年D組の奥のトイレを使ったりしている。ということは靴を履き替えている生徒がその分いるわけだから、目撃される可能性もないとは言えない。

 それに、彼女は福原先輩をはじめとした友人たちと一緒にトイレに行ったのだから、一緒に戻ろうと誘いに来ることくらい想像がつくはず。教室に行くところからついていくと言い出すことだって考えられるしね。もし下駄箱に入れようと考えていたらこんなにやりづらいこともない。諦められるというのも大きな利点だね。

 何より元気君と小倉さんに身の潔白を証明を頼んだのも、自分の身代わり候補をあげさせるためかもしれないしね。運よく他の候補者がいた。

 以上のことから、大林さんが手紙の送り主だと考えました」

 僕は、頭を抱えつつ冬樹先輩の方を向いた。

「確かに、条件だけ考えれば彼女とは言えなくもないかもしれません。特に元気たちに依頼して他の候補者を洗い出している点も見落とせなくなりました。

 ですが大林先輩の場合、山口先輩の席に手紙を入れるために眼鏡を取りに行くと言ってグループの友達と離れる。手紙を取り出して山口先輩の席に入れる。後は眼鏡をかけて友達と合流する。

 これが第一のプランです」

「そうだね」

「となると眼鏡を取りに行った時点で手紙を入れようとしていたということになります。

 もし成功して、他に1人で教室にいた可能性がある人がいなかったらどうなっていたんでしょうか」

 本田さんが日記帳を戻しに行かなかったり、小野さん1人が教室で椅子の脚を拭いている状況にならなかったら? 彼女以外あり得ないという話になる。

「まあそこなんだよね」

 冬樹先輩もため息をつく。これだけ正論を言われればさすがにお手上げのようだ。

 他の2人と違って、眼鏡を取りに行くと理由をつけて教室に戻った大林さんだけはその時点で手紙を入れようとした、つまり計画性があったということだ。

 ならば当然疑われることも加味した上で手紙を入れにいくはずだ。他に1人で教室にいた人がいる前提でなければ、自分が犯人だと言っているようなものなのだから。

「ほかにも、教室に入るときに入れ違いになったクラスメイトがいたわけでしょう? どう考えたって最有力候補に挙がるのは避けられない。その時点であきらめると思いますよ? 普通のメンタルの人は。

 ましてや彼女は応援団員。信用を失いかねない行為をするなら、もう少し確実な方法を考えるでしょう」

 牧羽も付け足してくれることだし、これで大林先輩はほぼシロと見なされそうだ。

 ここで同級生3人の話を聞くことになるわけだが、僕は一番遠慮しそうな小倉を指名した。

「私は、本田先輩かな、と思って」

 小倉の方に目を向ける。

「城崎君の説明を聞いていて思ったんだけど、もしかして本当は下駄箱に入れようとしていたけど、急に予定変更して机の中に手紙を入れたって可能性はない?」

「予定変更っていうことは、どっちでもよかったってことか?」

「手紙が机の上に置かれていたならまだしも、靴箱、特に奥の方に入れたらわからないんじゃないかな? 手紙が入っていたことに気づく人はいても、手紙が入っていなかったことを断言できる人は山口先輩以外でいないと思う。だって人の靴箱をのぞき込む人はいないよね?

 さっきの通り、直接渡せない手紙なら机の上か下駄箱っていうのが自然だと思う。だから、本田先輩は手紙をおそらくポケットの中とかに入れておいていつでも入れられるようにしておいた。

 ところが、間違えて机の中に日記を入れてしまうというアクシデントが発生した。それで教室に戻らなきゃならなくなったのを利用して、ついでに山口先輩の机の中に手紙を入れたっていうのは考えられない? 教室に戻ったことは偶然なんだから、疑われにくいと思うし。

 単純に時系列順で見ても、5時間目の後ならずっとポケットとかにしまっておかなくていいし」

 まあ、それはそうだけれど、と小癪な時間稼ぎをして考えをまとめた。

「ただ、日記に関しても提出のチェックをしていないからな。

 もしかしたら日記を提出してなくて机の中に入れっぱなしだったのかもしれない。だとしたら手紙が日記に挟まれていて、戻る時に入れたのかもしれない。

 山口先輩が気づくまでに教室に戻る人がいるかなんて予想できないし、いなければ本田先輩が疑われることになる」

 そうだよね、と小倉は顔を曇らせた。心が痛いが先に進ませてもらう。

「そんな博打みたいな方法をとるとするなら、小野先輩が一番あり得そうじゃない?」

 目が合った牧羽が話し出す。

「小野先輩は放課後、委員会があるからほかの生徒よりは下校が遅くなる。

 もう1つ、小野先輩はかなり朝早い時間に登校してくる、のよね? だから蓬莱と高瀬先輩の2人で朝早くに話をしに行った」

 元気と冬樹先輩がうなずく。

「ということで朝早くでも、放課後の委員会が終わってからでも手紙を入れることができる。

 逆に言えばその間、クラスメイトたちが下校してから朝登校するまでの間に下駄箱や机の中に手紙を入れたとしたら、真っ先に疑われるのは小野先輩よね。

 もし日中に手紙を入れられそうな時間ができたとしたら? スケープゴートがいるかもしれない。

 そうなると、城崎が言ったような言い訳が一番生きてくるのは、小野先輩じゃないの? 6時間目の後って教室の中で出入りがあったけれど、逆に誰にもばれずに入れられたらめっけもの、くらいなのかもしれないわよ。

 しかも組み体操の件でどうせ一番に疑われるのだから」

 そう来たか。

「小野先輩はそれでも朝早い時間に入れた方がメリットが大きいと思う。

 確かに小野先輩は朝早く来ているようだし、委員会が終わった後に3年D組に寄ることもできる。

 だからといって彼女だけが疑われるとは限らない。

 帰りの会が終わった後、一番最後に教室を出た人は誰だ?

 他の生徒が戻ることはないか? 応援団も戻ることはあるだろうし、看板係の生徒は校舎内で作業している。図書室で勉強している生徒もいるかもしれない。

 実は小野先輩よりも早く教室に来た生徒がいるかもしれない。一番に教室に寄って、ほかの場所に移動しているかもしれないぞ?

 トイレなどに行ったタイミングで登校してきた生徒がいたとしたら?

 とまあ、ここまででいろいろ言い訳できそうだから、放課後から朝までに入れる方が、よほどカモフラージュしやすい。6時間目が終わってから掃除が始まるまでのわずかなタイミングを狙うよりは、よほど確実だと思う」

 ここまで順調に反論できてはいるが、集中力も精神的にもきつくなってきた。よりによって最後は元気か。話を聞くべく顔を向ける。

「俺は山口先輩の自作自演が一番しっくりくる。

 あらかじめ机の中に手紙を入れておいて、掃除が終わった後あたかも誰かに手紙を入れられたように振る舞う。

 給食の時に手紙が入っていなかった、というのはとどのつまり彼女の証言であって、その前提さえ崩れれば手紙が入れられた時間はかなり幅が広くなる。

 何より自分で自分の机にものを入れていることを不審に思う人はいないはず」

 思えば元気も小倉も、山口先輩自身が入れた可能性も視野に入れていた。真っ先に疑われた大林先輩と仲が悪いのだ。逆に言えば特定の人間を犯人に仕立て上げたりするためにはちょうどいいくらいの時間ともいえる。あの日、教室で1人でいた時間があった人が3人しかいないのだから。

「まあ、ストレートに言えばな」

 まあ、でもこれで構わない。最大の切り札を取り出すまでだ。

「今まで机に入れるメリットやタイミングについて議論してきましたが、結局一番この方法でやりやすい人は誰なんでしょうね、という話です」

 なんとなく全体に聞く。

 実は、今までの推理では1つだけあえて言わなかったことがある。

 僕がクラスメートなら、席が隣同士で、仲もいい、おそらく机の中くらいだったら覗いててもおかしくないくらいの関係性の人間がいたら、送り主じゃないかって一番に名指しする。

「下駄箱に入れるよりも机の中に入れた方が簡単な人間がいたとしたら?」

 タイミングを見計らったようにドアが開く。

「送り主はあなたではないですか? 篠田先輩」

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