手紙を入れたのは誰 3

 教室に監視カメラがついているわけでもなく、手紙についた指紋や所持している文房具の鑑定などの科学的捜査もできない俺たちは、そういった状況証拠から考えていくしかない。

 証言をきちんと拾っていけば100%とは言い切らないけれど、教室内でどのような行動をとったのかは推理できるよ。

 おのずと誰だったら手紙を入れることができるのか、もね。

 昨日、冬樹先輩が語った推理の冒頭は、こんな感じだったと思う。

「では、山口先輩の机に入れるまでに、手紙はどこにあったでしょうか?」

「自分で持ってたに決まっているだろう」

 鶴岡先輩が腕を組みながら言った。

「ええ。まさか掃除用具入れや給食の配膳台など誰が開けるかわからないところに入れてあったとは思えません。

 しかも、折れたり汚れたりせずに手紙を保管しておけるところです」

 篠田先輩が、手を挙げた。

「カバンには入れてあったよね? だって手紙は家で書いてきた可能性が高いんでしょ? ということは、家からカバンに入れて持ってきているはずだよね?」

「はい。カバンに入れてあった可能性は充分考えられます」

 充分、と篠田先輩がつぶやいた。

「あと、机はー?」

 福原先輩が言う。

「考えられます。いくら授業がなくても筆箱くらいは机に入れると思います。人によっては配布物を入れておくクリアファイルなどを机に入れてあるかもしれないですよね」

 澄香はクリアファイル、を少しだけ強調した。

 手紙の状態で人目を盗んで手紙を机に入れておくことはしないだろう。教科書やノートなどは使わない日課なのでどれかに挟んでおく、ということはできない。せいぜい手紙やプリントを入れるクリアファイルくらいだろう。だが、絵柄などがついているクリアファイルもあるし、手紙はきれいな状態だったとすればそういったものに入っていた可能性が高いだろう。何より探す手間がほぼない。

 手紙を机の中に入れておき、教室に1人になったタイミングで机の中から手紙を取り出して山口先輩の机に手紙を入れる。カバンと違って机は手を入れればすぐにものを取り出せる。

「ということで、手紙は机、またはカバンの中に入れてあったという前提で、手紙をどのように取り出してどのように入れたのかを考えていきます。

 まず、小野先輩の場合が一番わかりやすいので彼女から。

 小野先輩は6時間目が終わったあと、椅子を持って他の大勢のクラスメイトとともに教室に戻ってきました。ほぼ同時にみなさん帰ってきたとのことですので考えなくていいでしょう。

 その後小野先輩は自身の椅子を拭くために水道で濡らしてきた雑巾を手にして教室に戻ってきた。そのときに加隈先輩が声をかけたんですよね?」

「そ、そうだけど」

 急に話を振られた加隈先輩は、かなりぶっきらぼうな返事をした。

「小野先輩は外に持ち出した椅子や机を拭くというルールになっていることを話していたら、クラスメイトたちが一斉に雑巾を持ち出し、教室から出て行った、ということですよね」

「そう」

 小野先輩は落ち着き払った様子でうなずく。

「教室から出て行くクラスメイトたちを見送った直後に、根岸先輩は教室に入ってきました。

 ところで、雑巾を持ち出した生徒が何十人もぞろぞろ教室から出て行ったのでしょうか」

「いや、せいぜい10人くらいだよ。とっくに掃除場所に行ってた人もいたわけだし」

 根岸先輩の方を向くと、そう答えた。

「というわけで、この時に手紙を入れたとは考えにくいと思われます。

 手紙がポケットに入っていなかったとすれば、手紙は自分の机の中、あるいはカバンの中にあったと考えられます。すると、手紙を取りに自分の席まで行ってから山口先輩の机に入れなければなりません。

 基本的に教室の出入りは後ろのドアから。ということは小野先輩も後ろのドアから入ってきたのでしょう」

「そうだよ」

 小野先輩は眉一つ動かさず答える。

「小野先輩の席は教室の一番前。後ろのドアから入って自分の席まで行き、山口先輩の席まで手紙を運び、根岸先輩が声をかけるまでに自分の席に戻らなければなりません。

 また、濡らした雑巾を持っているので手が濡れていたはずです。手紙を取り出すまでに手を拭く必要もあります。

 話を聞く限り、そんな時間はなかったと考えられます」

 先ほどの前提条件、手紙はポケットには入れられていなかったとなれば小野先輩が送り主だという可能性は低い。

「じゃあ、千代子の机を運んだ時は? 机の上に荷物をあげたり、椅子をあげたりする時には手紙は入れられたかもしれないけど?」

 篠田先輩が聞く。

「では、今、山口先輩のリュックはどのように置かれていますか?」

 山口先輩が立ち上がって椅子をどかす。リュックを寝かせるように置かれていた。

「普通こうなるでしょ?」

「小野先輩、山口先輩のリュックをどのように持ち上げたかのでしょうか」

「リュックの上の方のひも? を右手で、左手は底を支えるように。なるべく水平を維持した方がいいのかなと思って」

「こんな感じ?」

 山口先輩が自分のリュックを同じように持ち上げる。上部の持ち手と底を抱えるようにして持っている。

「そうそう」

 後ろを振り向いて見ていた加隈先輩がうなずく。

「椅子も当然、両手であげることになるでしょう。

 両手が塞がっている状況で、どうやったら折れ目のない状態で手紙を入れることができるでしょうか?」

 スクールバッグやエナメルバッグなど持ち手が上を向いているカバンならまだしも、床に寝ているリュックサックは普通両手で抱えるようにして持つだろう。ましてや人のカバンだ。雑に扱えば印象に残るはず。

「次に本田先輩です。池谷先輩、児玉先輩とともに教室を出た後、机の中に日記帳が入っていることに気づきました。日記帳は昼休み終了ギリギリに配られたもので、本田先輩は間違えて机に入れてしまったものです。本田先輩は2人の助言もあり、教室に日記帳を戻しに行きました。

 カバンに日記帳を戻してから教室を出るまでの間、様子を見に来た太田先生が見ています。手紙を入れたのなら太田先生の目にとまったことでしょう。本田先輩がもし手紙を入れたのだとしたら、教室に入ってから太田先生が来るまでの間ということになります」

「池谷先輩、児玉先輩、本田先輩は日記以外何も持って行かなかったんですよね?」

 澄香の質問に、2人が「ええ」「そうだよ」と返事をする。

「手紙はポケットには入れられていなかった。

 とすると、考えられる可能性は、あらかじめ日記帳に手紙を挟んでおいたということです。

 日記帳はあの日だけ、配り係が昼休み間際に急に配り始めたと聞いています」

「そうそう」「勘弁してほしかったわ」などという声が上がる中で、1人、昆野先輩だけは大きく首を縦に振っていた。

「提出した日記帳が昼休みが終わる前に戻ってくることは本田先輩には予想できなかったと考えられます。ですが、日記帳を提出していないとなると話は変わってきます。 

 太田先生、その可能性はあり得るでしょうか?」

「いいえ」

 太田先生は、あっさりと否定した。

「チェックしてなくても、さすがに誰が出していて出してないかくらいは把握してるわよ。本田さんは提出していました。コメントも書いたわよ」

「さすがに日記帳に何か挟まってたら配り係でも気づくと思うよ」

 加隈先輩がため息をつく。

「イチカは日記帳を自分で引き抜いたりもしてないし」

 池谷先輩が追い打ちをかける。

「あと、一応抜き打ちでロッカーチェックもしましたからね」

 太田先生の一言で、講義室中がざわめきたつ。ロッカーチェック?

「本田さんが教室から出た後、ざっと皆さんのロッカーの中身をチェックしました。

 さすがに夏休み明けということもあり、荒れているところはありませんでしたので黙っていました。が、この状況になってしまえば言うべきでしょう。

 夏休み明けから今まで、ロッカーの中に入っていたのは応援合戦で机を使う人たちが机の脇に下げている歯ブラシセットの入れ物、それから朝読の本くらいでした。

 朝読の本はみなさん文庫本が多く、夏休みに新しい本を買った人が多かったのかとてもきれいな本が多かったです。

 そんな本に手紙を挟んでいたら私でも気づくことでしょう。

 ロッカーの中には手紙は入っていなかった。という結論で終わります」

 太田先生の話で、教室中が騒然とする。

 つまりは、太田先生がロッカーに手紙が入っていたことを否定した、そういうことだよな?

 何で急にロッカーの話?

 昼休みに、太田先生にはどういう話をするのかだけは伝えに行ったのだ。事前に指摘してくれれば、と恨めしく思っても遅い。

 どうする? 予定が狂ったことは確かだ。

 元気、と澄香が耳打ちする。

「なるべく時間稼ぎするから。ゴメン、元気、考えて」

 言い終わると澄香は先輩たちに向きあう。

 大林先輩から目をそらしている人。コソコソと話をする人。大林先輩はうつむいて、表情さえ読み取れなかった。

「次に、大林先輩の場合です。

 先に言っておきますが、大林先輩も手紙を入れていません」

 澄香の一言で、大林先輩がぱっと顔を上げた。

「なら誰なの?」

 山口先輩が叫ぶと、一斉に澄香に視線が集まる。

「まず大林先輩ではない、という根拠を聞いてください」

 澄香は、「大林先輩はあの日、コンタクトレンズをつけていましたが、痛くなって外したといいます」と始めた。

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