手紙を入れたのは誰 2

 長方形から角がとれたような形、例の手紙と同じ形になったものを掲げる。澄香の手のひらよりは少し大きい。

「少し実験をしてみたいと思います。どなたか協力してくれる方」

 誰も名乗り出ない。篠田先輩に頼んでおいてよかったとつくづく思う。

「ここで、人目がある中で手紙を机の中に入れることができるのか、ということを検証してみたいと思います」

 席の横を通る時や、掃除の前後に山口先輩の席に近づいた人が手紙を入れた可能性がある。例えば何も持ってなかったのに手を振るとトランプが急に出てくる、みたいな手品のように、人目をかいくぐって手紙を入れることができるとすれば、送り主の特定は難しくなる。

「今はみなさん半袖の体操服しか着ていないので、入れてあるとしたらハーフパンツのポケットでしょう。

 方法としては、席に近づいたところで、他人に見えないようにポケットから手紙を取り出して机に入れることです」

 今回はどこの机でも構わないので、篠田先輩の座っている席の机に入れてもらうことにした。

 篠田先輩は手紙をハーフパンツの右側のポケットに入れようとする。

「すみません。左に入れてください」

 澄香の訂正で、篠田先輩は手紙をハーフパンツの左側のポケットに入れる。利き手ではない方の手で入れているせいか苦戦していて、カサコソと音がした。

「なんか、これだけでも目立ちそう」

 小野先輩が言う。実際は手紙をポケットに入れるだけなら教室でなくてもいいのだが、結構大変そうだな。

「じゃあ、ここに入れるの?」

「その前に、自身の椅子を上げ下げしてみてください」

 篠田先輩は自分の場所に戻ると椅子の上げ下げをした。対照的に、「何の再現?」と山口先輩が頬杖をつく。

 まず、篠田先輩には机の左側から入れてもらうことにした。左手で手紙をポケットから抜き取ると、右手で椅子をどかそうとする。

「こんなことやってたらさすがにわかるだろ」

「音もするし」

 もし右手で手紙を持っていたとしても、一旦椅子を引かなければならないとなると、こっそり入れるのは難しい。しかも、今は椅子の下には篠田先輩のリュック、本来なら山口先輩のリュックがある。椅子を引くにしても傾けるにしても慎重にならなければならない。

 なるほど、椅子が教室にない時間を狙って手紙を入れればこの問題はすんなり解決するわけだ。

「反対からお願いします」

 俺が指示すると、今度は机の右側の列を歩き始める。同じように手紙を滑り込ませてみるが、さらに難しいようで机をのぞき込むようにして手紙を入れていた。

「椅子をしまっていなかったら?」

「D組では許しません」

 坂巻先輩の一言を太田先生がぴしゃりと否定した。

「ご協力ありがとうございます。

 このように、人目につかないように入れるのは難しいというのもありますが、もう1つ証拠をお見せします。篠田先輩、机から手紙を取り出してください」

 机に入れられた手紙を取り出す。ポケットから出し入れするのに手間取ったのもあってか細かい折れ目がつき、緩やかなカーブを描いている。

「このように、少し折れ目がついたり、カーブしたりと、ポケットに入れていることで癖がついてしまいます。

 しかし、例の手紙にはそういうものは一切ありませんでした」

 俺はポケットから応援歌の歌詞カードを取り出した。もうすでにボロボロでカーブしてしまっている。

「おそらくこの再現実験よりは長い距離を持ち歩くことでしょう。立ったり座ったりもするかもしれないです。するとこの紙のように、折れ目やヨレなどはもっとできると思われます。

 ところが、山口先輩の机に入れられた手紙にはそういったものは一切ありませんでした」

 折れやヨレや汚れもない、とてもきれいな手紙。

 ポケットに入れておいたらどうしても折れやヨレはついてしまう。それにばれないようにと早業で入れようものならなおさらそういったものがつくだろう。

「しつもーん、なんで左ポケットで実験したの?」

 福原先輩が手を挙げる。

「先輩は右利きですか?」

「そうだよ」

「俺もです」

 俺は右ポケットからハンカチを取り出した。みんな近くの人と顔を見合わせて戸惑っている。

「基本的に、利き手側のポケットにはハンカチが入っていませんか?」

「ハンカチと手紙を一緒に入れておけば、手紙が湿ってしまうわね」

 大林先輩の解説で言うこともない。給食の後ならポケットに入っているハンカチは使われたものだろう。もし利き手側のポケットに入れていたら、濡れたハンカチと一緒に入れられて湿気を帯びるはずだ。

「通りすがりの人間が入れたという可能性は低いと思われます。

 この実験で分かったことはそれだけではありません。ポケット、手提げ袋、筆箱、巾着袋など、手紙にしわや折れ目などがついてしまうものには入れられていない、ということです。

 このことを踏まえて、ほかの人の目がなかった時間のある大林先輩、本田先輩、小野先輩の中の誰なら山口先輩の机に手紙を入れられるのか、3人の行動から考えました」

 ここからが本題だ。

 手紙の送り主が、大林先輩、本田先輩、小野先輩、だとしたら、一体どのように入れたのか。

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