手紙を入れたのは誰
手紙を入れたのは誰 1
机と椅子の配置を変えるだけで、こんなにも変わるものなのかと驚嘆する。
太田先生の作ってくれた座席表を頼りに机を配置し、そこに先輩方の荷物を教室と同じように置いた。ほぼ山口先輩の机に手紙が入れられた時の様子を再現している。
話を聞いた人だけに放課後、講義室1に来てもらうようよう伝えたので、余計な観衆もいない。
机と椅子を動かし終わったところで、俺と澄香、たった2人で伝える。みんな明日の準備に人手を欲しているというから、俺たちで頑張らなきゃならない。
「がんばれ」
「期待してる」
篤志と牧羽さんからエールを受け取る。
ポケットに入れたメモをさする。昨日冬樹先輩から預かったものだ。付け焼刃であることには間違いないけれど、堂々とふるまうしかない。
3D運動会脅迫事件の関係者たちには、3年D組での自分の席に椅子を置いて座ってもらっている。最初に篠田先輩と目が合う。大丈夫です、と彼女に伝えるように瞬きをした。
「こちらは時間を割いているんだ。なるべく手短に」
鶴岡先輩が言う。本来だったら団結を高めあう時間なのだ。わざわざ下校時刻に間に合うように少し早めてもらっている。
「もちろん、早く終わるようにします。まず、事実関係の確認から。
掃除のあと、山口先輩は自分の机に不審な手紙が入っていることを発見しました。
周りの友人の助言もあり手紙を開くと、このような文章でした」
俺の説明に合わせて、澄香はすこし掲げて教卓の上に置く。ざわざわとどよめきが起こった。複製であることを断ってから話を続ける。
「山口先輩の話では、給食の時には机の中には手紙は入っていなかったとのこと。
手紙が入れられたのは給食の後から掃除の後山口先輩が自分の席に戻ってくるまでの間ということになります」
「そうよ」
山口先輩が相づちを打つ。
「人の机に近づいて何かしている人がいれば目につくことでしょう。給食から昼休みまでの間と掃除中は人の目があったことから、俺たちは昼休みが終わってから掃除が始まるまでの間、教室に1人でいた時間があった人が手紙を入れた人物だと考えました。
教室で1人きりの時間があった人は3人。
5.6時間目の間の休み時間、眼鏡を取りに教室に戻った大林先輩」
大林先輩は、無一文字に口を結んで俺たちの話を聞いている。彼女には無理言って眼鏡をかけてきてもらったのだ。話を始めるまではチラチラと視線が向く程度だったのが、名前を挙げた途端、ほとんどの人が彼女の存在を意識するように視線が動く。
「5時間目の前に間違えて持ってきてしまった日記帳を教室に戻しに行った本田先輩」
当の本人は無表情に近く、疑いを向けていることすら気にもとめていないようでまぶたが下がりかけている。彼女の名前を出して反応してきたのはむしろ一番前の席に座る池谷先輩だ。彼女の目線をそらすように、話を続ける。
「6時間目の後、クラスメイトが軒並み出て行ってしまった教室に残った小野先輩」
真正面から俺たちを見上げるようにしているので、威圧感がある。疑う以上、誠意を見せなければと気を引き締める。
「俺たちはこの3人のうち、誰が手紙を入れたのか、ということを考えました」
「で? 誰なの?」
「まず、少し長い前置きにお付き合いください」
結論を求めた女子生徒がむすっとした顔で腕を組んでいる。場所的に児玉先輩という人だ。
今度は澄香が、再び手紙の複製を持ち上げる。
「ウンドウカイヲチュウシシロ、という文面ではありますが、手紙は山口先輩個人に向けて宛てられたものだと考えられます」
「そうじゃないならどういうことよ?」
昆野先輩がにらみを利かせてくる。
「山口先輩が応援団の代表として標的にされたわけではないということです」
「応援団の代表ではないだろう。応援団長でも副団長でもないのだから」
鶴岡先輩が首をかしげる。
「せやろな。本気で運動会中止を願ってそんな手紙書いたんなら、黒板に貼り出すとか、太田先生の席に置いとくとか、もっと言うと職員室に届けるとかか?
間違えて入れられたこともないやろし」
うなずいたのは坂巻先輩だった。彼が言うのに合わせてほかの人たちも教室を見回している。
山口先輩の席は廊下から2列目、前から3番目。教室の真ん中のほう。
鶴岡先輩、赤組応援団長の席は一番窓側の4番目の席。
廊下から2列目の一番後ろの席には、昆野先輩、赤組副応援団長の席がある。
運動会を中止しろというなら、鶴岡先輩の席に入れるはず。まさかこの距離で間違えたとも考えにくい。出入り口に近い席を選びたかったなら、昆野先輩の席を選ぶだろう。
ここから山口先輩個人に宛てられた手紙と考えるのが自然だ、というのが冬樹先輩の推理だった。
「前提条件をもう1つ。この手紙はおそらく家などであらかじめ書いてきたものです」
「でしょうね」
ツッコんだのは根岸先輩だった。ほかの人も同じことを思っているであろうけれど、中には早くしろ、と顔から読み取れるくらい不機嫌そうな生徒もいた。
手紙は定規で線を引いて文字をかたどったものだ。書くだけでも1分はかかったし、筆記用具や定規、ルーズリーフを出し入れする時間等も考慮すると、その場で書くには時間が足りない。かといって学校で書いているところを見られでもしたら不審がられるだろう。もっとも、学校で人目のつかない環境が保証されるなら別だが。
「つまり、衝動的に書かれたものではありません。
意図的に用意されて学校に持ち込まれたものであり、計画性があったということを頭に入れておいてください」
一応大事なところだと強調しておく。
「ここから、手紙は誰が入れたのか、という話に移りましょう。
まず、手紙を入れた人は3年D組の人です」
「そこから?」
福原先輩が聞き返してきたので、念のためです、と説明する。
「この座席表によると、夏休み明け初日に席替えをしていますよね。
ということは、前の座席だったのは初日の何時間か。さすがにその時の記憶だけを頼りに手紙を入れることはしないと思うんです。席替えしたことを知らない人が、前の座席の人だと勘違いしたという可能性もほぼないです。
それに、見ればわかりますがこの状態では何列目の何番目、と覚えても対応する席なのかはわかりにくいです。他のクラスの生徒がいたずらで手紙を入れるという可能性は低いです」
机の中に入れるとなると、わざわざ回り込んで机に貼られた名前のシールを確認しなければならない。他のクラスに入り込んで座席を探して手紙を入れなければならないなら、1年を通して同じ場所、名前の確認もしやすい下駄箱に入れるだろう。下駄箱だったら扉がついていないから手紙を入れるくらいなら誰でもできる。わざわざ他のクラスに入り込んで注意されたくないし、ましてやその直後に手紙が見つかったら完全に犯人扱いだ。
「ここでまず、除外しておきたい人がいます。
太田先生、昼休みが始まってから掃除が始まる時間、当然生徒が戻ってきている時間だ、まで応援団の指導をしていらっしゃったと聞いています」
報告した時も絶対に違うのはわかっていますが名前を挙げますとは言っておいたのだが、澄香に名前を挙げられて目をつり上げている。
「ということで、絶対手紙を入れるのは不可能です。
ここでもう1つ、大事な前提条件があります」
「まだあるの?」
加隈先輩が眉をひそめる。
「はい。一番大事な誰がやったのか、に大きく関わってきますから」
澄香がほほ笑みながら、教卓で手紙を折っていった。
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