机と下駄箱 4

 こんな見落としはまずあるまい。

 山口さんの友人、席は隣同士、タイミングさえ計ればこんなにもやりやすい立場の人はいない。席で話をしている時や教室から移動する時なんかにこっそり手紙を入れればいいのだから。別に給食の後でもかまわない。ちょっとトイレに行ったときでもいい。友人同士なのだから、少しくらい机の中を覗いたり何かを机の中に入れているところを見られたって不審には思われないだろう。

 篠田先輩が、扉を開けて立ち尽くしている。本人はいつものように応援練習のつもりで来たであろう。まさか自分が疑われているなど、露ほど思っていなかったはずだ。

「城崎君、本気で言ってる?」

「僕は本気ですよ。最初はやりたくないと言っていませんでした?」

 篠田先輩はこちらにずかずか歩いてくる。

「最初はね。

 やりたくなかったとはいえ自分で手を挙げて応援団になったんだから、責任くらい全うしたい。雨とかで中止になっちゃったならまだしも、卑怯な手を使ってまで中止なんて望んでない。

 しかも君たちに迷惑かけてまで手伝ってもらってて、失礼なことできない」

「でも、もしクラスメイトのみなさんから僕と同じことを言われたとき、説明できるんですか?

 研究部に応援練習を手伝ってもらったといえば、あなただけでなく元気や小倉の言葉も信じてもらえなくなるでしょうね」

 篠田先輩は言葉に詰まった。研究部の面々の様子を見渡す。ショックを隠しきれないのか、目を丸くしたり、手を口に当てたり、人それぞれの反応を示している。

 さあ、どう反論する?

「城崎はこう言いたいのでしょう。席が隣で山口さんの友人なら、堂々と机の中に手紙を入れられるのではないか、と。

 でもこれは3年D組の人間なら真っ先に思いつくことではないでしょうか」

 一番先に声を発したのは牧羽だった。

「先輩」

 元気が声をかける。篠田先輩は軽く飛び上がって「ひゃい」みたいな返事をする。

「真っ先に疑われたのは大林先輩だという話でしたよね?

 休み時間に教室に戻ったというのも充分怪しくはありますが、目撃者は福原先輩を含めても大勢いたわけではありませんよね。

 大林さんが疑われる前に、篠田先輩には絶対にあり得ないという確実な証拠、あるいは証言があったのでは?」

 それを言わないからこんな馬鹿な話が出てくるんですよ、と付け足したのは牧羽だった。悪かったな、馬鹿な話を出して!

 篠田先輩は僕に目を合わせた。

「私には千代子の席に手紙を入れるタイミングがないの。

 だって私たちずっと一緒にいたから」

「ずっと一緒に?」

「そう。5・6時間目はもちろん、昼休みも応援団で一緒だったし、昼休みの後も千代子と椅子を取りに行って、休み時間もグラウンドで千代子と話してて、6時間目の後は千代子と一緒にグラウンドで忘れ物のタオルの持ち主を探してたよ。

 掃除場所も一緒に外掃除だし」

「椅子を持ち出す時に隙を見たりは?」

「千代子が自分の席で支度している間、私ずっと自分の椅子を持ってたのにどうやって手紙を入れるの?」

「忘れ物の持ち主を探していたときは?」

「赤組の応援席付近だけだから、お互いが見える位置にいたよ。結局先生に届けに行ったけど、一緒に。もちろん教室に戻るまで」

「本当に片時も離れたことありませんか?」

 篠田先輩は目をそらした。小倉が篠田先輩の耳元で話をする。

「大丈夫。ちゃんと聞いたから」

 小倉にまっすぐ見つめられて、今度は僕が目をそらした。

 教室に戻ってからは、というのも聞くまでもない質問だった。小野先輩がすでに机を運んでしまっていたのだ。手紙を入れる余地はない。

 しかも証言するのは被害者の山口千代子だ。

 万事休す、か。

 あっけなかったわね、と牧羽にせせら笑われた気がした。

「でも僕だけ否定されるのもフェアじゃないな。

 先輩、山口先輩の自作自演っていうのはあり得ますか?」

「ないない」

 篠田先輩は胸の前で手を左右に振る。

「だ、だってだよ? あの日千代子は日直だったから忙しかったはずだよ。窓閉めたり日にち変えたりさ。

 私だったら別の日にする! あの最悪な雰囲気の後、帰りの会をやらなきゃいけないなんて絶対イヤ!」

 まくし立てるように自作自演説を否定する。

「自作自演だったらもっとわかりやすい誹謗中傷の言葉を選ぶでしょうね」

 援護射撃ができてご満悦の牧羽。ちぇっと吐き捨てた。

「一体どういうことなんだろうね。あの文章の意味。

 大林さんは応援団として赤組が優勝したい。

 小野さんは実行委員として運動会を成功させたい。

 本田さんはリレー選手として1位になりたい。

 あの3人の誰も運動会中止なんて望んでいないと思うんだけど……」

 真剣に考える篠田先輩の顔を見て、思わず顔がほころんでしまった。

「何がおかしいの!」

「変わったなあと思いまして」

 牧羽の微笑みもわかる。

 間違って手を上げてしまったから応援団を仕方なく引き受けた、と言っていたのが嘘のようだ。

「その辺はわかりませんよ。

 大林さんは応援団やクラスメイトの様子を見て失望したかもしれませんし。

 小野さんもお兄さんのことがちらついて後悔しているかもしれませんし。

 本田さんもリレーに出場することから逃げたくなったのかもしれません。

 なぜ山口さんの席に入れられたのかとか考え出したら、運動会までに間に合いませんから」

 念のためだが、情は移ってほしくないので、諭すように言う。

 動機は全くわからない。

 大林先輩は山口先輩と反りが合わない。

 小野さんや本田さんとはどうなのかはわからないけれど、たった1週間程度の行動しか知らないのだ。僕たちには見えていない部分はたくさんあるはずだ。

 なら確実な部分だけをとにかく拾い集めて真実にたどり着くしかない。

 確実な部分というのは、昼休みが終わった後から掃除が始まる前までに手紙が入れられたことと、その時間の3人の行動だけ。

「どうなっちゃうのかな、私たち」

 篠田先輩はうつむいて、小声になる。

「夏休みも放課後も昼休みも朝練までやってきたのに、あんなことがあっただけで。

 私、何もできなかった」

「顔を上げろ」

 言ったのは牧羽だった。立ち上がって彼女に歩み寄っていく。

「私たちに泣きついて応援はできるようになったでしょうが。

 手紙の方は3年D組の誰の手にも負えてないものがどうしてあなた1人でどうにかできると思ってんのよ。犯人じゃないなら堂々としなさい」

 バン、と音が響く。よほど痛かったのか篠田先輩は背中をさすっていた。

「まあ、見当はつきましたけどね」

 冬樹先輩の一言に、僕は椅子からずり落ちそうになった。

「え? わかったんですか?」

 元気が身を乗り出す。

「ここでは言えないよ。太田先生との約束があるし」

 篠田先輩がいるから、確かに聞きたいのをぐっとこらえた方がいいのは確かだけど、でもですよ?

「篠田先輩、ここに来たついでです。明日の放課後、3年D組の時間をいただけますか?」

「まさか、手紙を入れた人について話すの?」

「もちろん関係者だけにです。あまり話が広がらないようにしてください」

 篠田先輩は目を白黒させている。

「ということで、元気君、小倉さん、よろしくね。

 篠田先輩、本日はお引き取りを」

 あれよあれよという間に篠田先輩は講義室から追い出されてしまった。

「よろしくって、どういうことですか!」

 元気が叫ぶ。冬樹先輩はくるりとこちらを向く。

「篠田先輩以外にとって俺たちは部外者でしかないからね。

 もちろん、わかっていることは全部話すさ。篤志君の推理を聞いて穴も埋まったことだし」

 まさか最初からある程度分かってたんじゃ、と勘繰ってしまう。

 よく聞いててよ? と急かされてインタビューに使ったメモ帳を取り出した。

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