赤ハチマキと白色鉛筆 5
運の尽きは黒幕に見つかったことだと思う。養護の先生から午後は出られそう? と聞かれて無理だと遠回しに伝えようとしたときだった。
保健室の隅にいた私に、黒幕はちょうどいいから、と写真を撮ってほしいと頼んできた。綱引きと騎馬戦を撮影してほしいらしい。養護の先生もある程度動けるのならその方がいいわね、と黒幕たちに協力的だった。綱引きは全女子、騎馬戦は全男子参加の競技。本来どうするつもりだったのだろう。
体よく撮影係を押しつけられた私は、昼休み明けも救護テントに出て行く。まあ、応援しなくていいからいいか。ついでに、部活動対抗リレーから見てやろう。腕に腕章をつけてカメラを構える叶内に隣のパイプ椅子を勧められた。おかげで最前席で見ることになる。
説明する必要もないだろうけれど、部活動対抗リレーは、各部のユニホームを着て、部活で使う道具をバトン代わりにして走る、いわばエキシビションだ。
部活動対抗リレー、特にパフォーマンス部門なら気楽な観客でいられると思ってグラウンドを眺めていると、見覚えのある姿がトラックを駆け抜けていった。今考えれば当然だった。黒幕は、掃除用具の前で話しかけてきた横ポニの子と、その子と一緒に茶番劇をやったちっちゃい男子の仲間だったのだ。
黒幕たちの正体は、研究部というよくわからない活動をしている集団らしい。研究部たちは謎のプレートをひっさげてぶっちぎりで優勝した。レース部門に出る運動部の連中と足の速さは変わらないように思える。ますますどういう集団なのかわからなくなった。
やはりとは思っていたが、叶内が部活動対抗リレーの撮影係だったらしい。こちらに駆け寄ってきた赤いハチマキをした女子にカメラと腕章を渡している。その子がお礼を言いかけたところで叶内は運動会実行委員長ですから、と胸を張っていた。
棒倒しが始まると、彼女は私の隣で撮影を始めた。本来は応援席で撮影するらしいのだが、場所の関係上どちらかにアングルが偏ってしまうから、という理由でそのまま居座っている。
あまりに彼女の方を見ていたせいか、撮ってみますか、と聞かれる。邪魔くさそうな目をしていたので、いい、と答えて競技を見る方に集中した。とはいってもサルみたいに棒の先端に登っていく生徒たちの競争がおもしろいわけではない。
棒倒しが終わるころ、入れ替わりで黄色のハチマキの男子が来る。彼が次のマルバツクイズの撮影係らしい。腕章を腕に通して画像をチェックしている。その様子を隣からのぞき込んだ。
「何ですか」
怪訝そうに言われたので、参考にしようと思って、と答えた。
「好きなように撮ればいいんじゃないですか。綱引きは近寄れませんから注目の場所ってないですし、騎馬戦は全部の騎馬追っかけることなんてできないんですから」
ふーん、と体を引く。彼は無言でカメラを構えた。
「正解なんて求めない方がいいのかもしれませんよ」
マルバツクイズの第一レースがゴールした後、グラウンドの方を向いたまま彼はつぶやく。
「普通の人が考えるシャッターチャンスなんて、ゴールテープを切った人くらいじゃないですか。
例えばさっきの棒倒しなら旗をとった瞬間。せいぜい全体を写すとか。
いってしまえば他の人は背景です」
ずいぶんな言い草だが、言い得ている。ファインプレーをした人、または珍プレーくらいしか注目の的にはならない。全員が主役になれるわけじゃない。こういう場では特に努力より才能がものをいう。
「けれど、本気で手を伸ばそうとしなきゃチャンスすら巡ってこないですよね」
シャッターを切ったようで、パチリと小さな音が聞こえる。
「本人が望む瞬間にレンズが向いているとは限りません。誰も見ないようなところでしか活躍できない人もいます。
僕が拾い上げたいのは、華々しい活躍の裏であがく人たちです」
彼はチラリとこちらを見て、別に一生懸命やらない人を否定するわけではありませんが、と付け加えた。
マルバツクイズが終わり、黄色ハチマキの彼はカメラと腕章を私によこした。写真係の証明のために腕章もしなきゃだめらしいので、しぶしぶ腕に通す。
綱引きの準備の時間だけ、撮った写真を拝ませてもらうことにした。
マルバツクイズの方は、正解のコースをそのまま走る生徒も、間違った方から戻ってくる生徒も分け隔てなく撮影している。何枚か首をかしげるものがあって、クイズを出す人や逆走している人に声をかけている人を撮っているのか、後でわかった。
棒倒しの方は、全体から撮ったり、一番に上り始めた子に焦点を当てたり、刺さっている旗に伸ばした手を覗いてみたり。2つの棒で似たような光景なのに、見える風景はまるで違う。1枚だけ、旗を持って地上を走る人の写真があった。
準備が整ったようなので、綱引きにカメラを向ける。まずは全体から撮る。次にどこを撮ろうか迷っているうちに時間が来てしまった。場所を交代してもう一度やるからいいか、とカメラを構えると、今度はあっさり勝敗が決まってしまった。思わず舌打ちしてしまう。
違う色が綱の周囲を流れるたびに、ギリギリで競ったりもう少しというところで大逆転したり。総当たりだから飽きが来るかと思えば、シャッターを切るたびに1回1回違う画像が収められる。
騎馬戦も、団長の組なのにするっとハチマキを取られていったり、隅っこの方で激しいつかみ合いが起こったり。何もせずに崩れてしまう騎馬が真ん中に写る。手にしたハチマキから先が切れてしまった時には思わずあっと言ってしまった。
「危ないよ」
気の抜けきった注意をされる。いつの間にか椅子から立ち上がって撮影していたらしい。そそくさと元の席に戻る。
騎馬戦が終わって撮影した写真を見てみる。ぶれたりピントやタイミングが合わなかったりする残念な写真の中に、最高のタイミングで切り取られた瞬間が現れる。
誰かからは、こう見えているのかな。
「あの……カメラを」
青いハチマキを巻いた横ポニの子が声をかけてきた。次の撮影係なのだろう。カメラを差し出すと、腕章も、と付け加えられたので、腕から外して渡す。
後は色別対抗リレーとフォークダンスだけだ。長かった一日がようやく終わる。
ふと赤組の応援席を見ると、人だかりができている。何かあったのかな。
「あの」
カメラを渡した子に声をかけられる。
「何かあったんですかね」
横目で応援席の方を見ている。自分の組でもないのにとても心配しているようだ。
「これ、ちょっとだけお願いしていいですか。
私が行ったところで、どうにかなるとは思えませんが」
「なら行かなくていいんじゃない?」
「ですが」
カメラをつかむ手に力がかかっている。
「昨日、今日とゴタゴタしたじゃないですか。
最後くらい無事に終わればいいですけど」
「私が行ってくるよ」
返事も待たずに赤組応援席へと走り出す。
そんな気は少しもないんだろうけれど、遠回しに半分は私のせいだといっている。あの子に押しつけたところで何も変わらないなら、せめてましな評価に戻したい。腕章まで預けるのも面倒だろうし。
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