3年D組と脅迫状 3

 大林先輩が手紙を入れたと疑われる根拠について、洗い出さなくてはならない。

 2人の証言から、手紙が入れられたのは昼休みが終わってから掃除の後山口先輩が自分の席に戻ってくるまでの間。

 いや、掃除中はほとんどありえない。掃除の時に人の机の近くで何かしていたら絶対に誰かが注意する。机を運ぶときも余計なことをしていれば怪しまれるだろう。第一、掃除の時間は机が普段の位置にあると拭き掃除ができなくて邪魔だから、教室の前方もしくは後方に固めておく。手紙だから不可能とまではいかないけれど、狭い隙間からうまく机の中に手紙を滑らせるのは至難の業だろう。それを誰にも見とがめられずに行える人はまずいまい。

 つまり、山口先輩の机の引き出しに手紙が入れられた時間は昼休みが終わってから掃除の直前まで、と考えていい。

 昼休みが終わる頃から教室の椅子や机の移動を始めて5・6時間目は応援練習。応援練習の時間は全員グラウンドに出ていた。6時間目にあたる時間が終わると掃除の時間になるが、掃除の前に全員椅子と机を教室に戻すことになっていた。つまり、昼休み直後に椅子や机を出してから掃除の直前に戻すまでの間、教室には誰もいなかったということになる。

「なぜ、疑われてしまったんですか」

 大林先輩は眼鏡のツルをつまんでみせた。

「空気が乾燥しているせいかもしれないのだけれど、とにかく目がゴロゴロしてね。レンズを換えても治まらなかったの。だから今日いっぱいは眼鏡をかけることにした。

 5,6時間目の間の休み時間のとき、私は1人で眼鏡を教室に取りに行った。

 混んでいたから3Dの先にあるトイレに行った人が結構いたのね。その中で教室に戻ったのは私1人。何人かが教室の掲示物を凝視したり1人で教室にいたところを見たと言っている。

 もちろん私はあんな手紙を書いてもいないし、千代子の机に何も入れていない」

 確かに状況だけ聞けば、真っ先に疑われるだろう。たまたま教室の机に差出人不明の手紙が入れられていたときに、1人で教室に入ったことを目撃されているのだから。

「それだけで犯人扱いなんて、ひどいです」

 澄香が膝の上で拳をぎゅっと握りしめる。

「状況を、もう少し詳しく教えてください」

 俺が言うと、大林先輩は腕を組んで話し始めた。

「コンタクトがゴロゴロして仕方なかった私は、休み時間になってすぐに何人かの友人と連れだって3Dの先のトイレでコンタクトを外した。裸眼でも自分の教室に行くくらいはできるもの。コンタクトは使い捨てタイプだからティッシュにくるんでトイレのゴミ箱に捨てたわ。

 廊下に張り出された掲示物を頼りに教室に入ろうとしたら、出て行こうとする人たちとぶつかりそうになってね。

 おまけに出入り口からわりとすぐのところに見覚えのあるペンケースと歯ブラシ入れが下がっている席があって驚いてしまったわ。自分のカバンも置いてあったし。もちろん自分の席だったわ。恥ずかしいことに夏休み明けに席替えしたばかりなのを忘れていたのよ。

 カバンの中を覗いて眼鏡ケースを取り出して、じゃない。先に目薬を指したわ。ティッシュで目を押さえているときにトイレに行っていた美希みきが呼びに来た。彼女にちょっと待ってて、と返事をして、目薬をしまった。眼鏡ケースを取り出したのはその後よ。

 眼鏡をかけたら、後はケースを戻して、ゴミを捨てて教室を出たわ」

「他に教室に入った人は?」

「私と入れ替わりで来た子たちはものを取りに行ってすぐに教室から出たと言っているわ。お互いまっすぐ自分の席に行っただけだと言っているし。

 美希も私が眼鏡かけてから教室を出るまでのほんの少しの間だけだから、長居したのは私1人よ」

 となると、大林先輩以外で山口先輩の机に手紙を入れられる人を考えなければならない。

「忘れ物を取りに教室に戻った、というように途中で抜けた生徒はいませんでしたか?」

 2人に聞いたつもりだったのだが、大林先輩は篠田先輩の方に体を傾けた。

「私も知らないし、昆野さんからも特に聞いてないよ」

 大林先輩は再び俺たちに向き合うように体をこちらに向ける。

「ならいないと思っていいんじゃないかしら。途中でこっそり抜けたり入ってきた人がいれば気づくわ。意外と前に出てみんなを見る立場になるとわかるものなのよね。

 それに、いたら犯人捜しが始まったときに話が出ているはず。あのときクラスでいなかったのは篠田さんと実咲だけなのだし。

 口止めをしたとしても全員黙っているとは思えないわ」

 こうなると誰にも見られずに机に手紙を入れられるタイミングが絞られてきた。

「となると残る可能性は昼休みの後に最後に教室を出た人、または6時間目の後に最初に教室に戻ってきた人、くらいです。まずこの2人を探しましょう。

 それから、5・6時間目の間の休み時間に大林先輩のことを見かけた人も。もしかしたら大林先輩はやっていないという証拠をつかめるかもしれません」

 俺の提案に、全員肯定的な反応を示してくれた。

「問題は声を上げてくれる人がいるかどうかね……」

 うつむく大林先輩。彼女の膝に乗っていた手の上に、篠田先輩の手が重なる。

「確かに、千代子は協力してくれないかも。気分屋さんだし、さっきも教室に戻ってから全然口聞いてくれなかったから。

 鶴岡君も、そんなこと言ったんだったら研究部に相談したことを怒るかもしれないね」

 大林先輩と打って変わって、篠田先輩はあっけらかんとしている。

「でも、このままじゃよくないっていうのだけは、そうだと思う。

 よくないから、昆野さんは怒ったし、限界まで立ち向かったんだよ。

 2人が話を聞いてくれたのも、だよね?」

 篠田先輩の意見に、俺も澄香もうなずいた。

「あ、あと1ついいですか」

 澄香が手を挙げる。どうぞ、と先輩2人は促した。

「大林先輩の席って、教室のどこにありますか?

 もしかして山口先輩の席と近かったりします?」

 大林先輩は掃除の後教室に戻った後で山口先輩が手紙を持っていたところを見かねて声をかけている。休み時間や放課後ならまだしも、掃除の後というのは帰りの支度などで忙しい時間だ。いくら仲がいい友人が困っていても視界に入らないかもしれない。逆に考えると、山口先輩が困っていることに気づくことができるくらい席が近い可能性は十分高い。

「千代子の席は私の隣だから、廊下側から3列目の前から3番目だよ」

 篠田先輩が答える。

「私の席は廊下から2列目、前から5番目」

 大林先輩が言う。つまり、彼女の席は山口先輩から見ると隣の列の2つ後ろの席、ということになる。まあまあ近い。

 そうなると、大林先輩が疑われている理由の1つは、山口先輩の席との距離もあるのかもしれない。席が近ければ手紙を入れに行っても不自然に思われにくい。

「それから、念のためその手紙、できたら本物を見ておきたいです」

 線を引いて文字を作ってあったとなると、もしかしたら意味を取り違えているかもしれない。適当に線を引いてあったのがそう見えたとか、ほかの文字だったのを読み間違えたとか、実はパズルで全く違う文章が浮かび上がってくるとか、要するに本当に『運動会を中止しろ』という文章なのかというところは明らかにしておきたい。

「ちょっと厄介かもしれないわ。最終的には太田先生に取り上げられてしまったから。今頃ご立腹でしょうね」

 3年D組の担任って太田先生だったか。澄香と目を見合わせる。

「まずは手紙を見る方法も含めて、できることからやってみます。

 3年生のいない研究部なので、お2人に情報収集など手伝ってもらうかもしれませんが、よろしくお願いします」

 3年D組の誰に話を聞けばいいのかとっかかりもつかめない俺たちだけれど、助けを求められたなら、絶対に研究部で突き止めなくては。

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