3年D組と脅迫状 2

 職員室からダッシュでパソコン室へ向かう。記事の執筆はパソコンを使うから事前に使うことを申請してありすぐに鍵を借りることはできたが、今回は人を待たせているのだ。

 パソコン室の前で待っていたのは大きな白いエナメルバッグを肩にかけた大林先輩、とリュックサックを膝の前に下げるように持っていた篠田先輩だった。2人とも自転車通学用のヘルメットまで持ってきている。

 講義室1で話を聞く予定ではあったのだが、のぞき見されては困るとの本人の希望もありこちらを指定したのだ。外で待っていてもらうことも快く了承してくれた。

「私って、呼び出される必要あった……?」

 鍵を開けて中に入ってからも篠田先輩は首をかしげていた。落ち着きがなく、あたりをキョロキョロ見回してばかりいる。

「実咲を説得していることにしてあるのに、本人は帰してしまったのだからあなたも雲隠れしてもらわないと困るのよ。あとはさっき軽く話した通り、同じ応援団が受けた傷を放ってはおけないでしょう」

 篠田先輩とは対照的に、大林先輩は隣で足を組んで優雅に座っている。そのまま篠田先輩も自分でとってきたキャスター付きの椅子にちょこんと腰を下ろした。

「ところでもう1人は?」

「実行委員なのでそっちに行ってます。あと2人部員がいますが他のところのインタビューに出てしまっているので遅れて来るでしょう」

 篠田先輩がようやく普段のペースを取り戻していった。応援合戦の練習に付き合っていることは大林先輩には秘密にしている。だというのにこうして呼び出されたことに疑問を抱いてもおかしくない。

「教えてください。3年D組で何が起きたのか」

 澄香がじっと大林先輩を見つめる。

 大林先輩は、息を深々と吸って、事の発端から話し出した。

「掃除から教室、3年D組に戻ると、山口やまぐち千代子ちよこが手紙を持っていた。長方形から2つの角が取れたような形をした、小学生が1枚の紙を折って作るような手紙だった」

 大林先輩が話す隣で、篠田先輩がうなずいている。

「見かねたあたしや篠田さんが千代子に近寄ったところでこの手紙を入れたのは私たちか、と聞かれたの。2人とも入れていないと答えた。

 聞くと、帰り支度をしようとして机の中に手を突っ込んだら、知らない手紙が入っていたのだと。手紙を裏返してみても差出人の名前が書かれていないので誰が入れたのかもわからない。

 千代子が言うには、給食の時に筆箱を取り出そうとして机を漁ったけれど、そんな手紙は入っていなかったのだと」

「確かに、早めに給食を片付けて学級日誌をつけてたよ。今日、千代子が日直だったんだよね」

 篠田先輩が補足をする。

「異変に気づいたのか、他のクラスメートたちが近寄ってきたので話をしたわ。

 昼休みは多くの人の目があるから千代子の机に何かを入れているような人がいたら気づかないわけがない、だいたいそんな意見で一致した。

 確実に言えることは千代子の机に入っていたのだから千代子宛てであることだけ。そういう結論になって、とにかく本人に中を開けてもらうことにした。

 書いてあったのは脅迫まがいの文章だった」

 脅迫、という部分に背筋が寒くなった。

「脅迫!?」

「何が、書いてあったんですか」

 澄香が聞くと、大林先輩は答えた。

「ウンドウカイヲチュウシシロ」

 ずしん、と心臓に突き刺さったような感触を覚えた。

「ご丁寧に定規を引っ張って線をつなげたようにして、カタカナを形作ったような文字、とでもいえばいいのかしらね。そんな文章を送りつけてくるような人間が存在する。そう思うとぞっとしたわ。

 と同時に、中身を見てみようと勧めたことを激しく後悔した」

 篠田先輩が息を飲む呼吸が聞こえる。

「今思えば不気味なくらい味気ない手紙だった。折れやヨレや汚れもない、とてもきれいな手紙だった。ルーズリーフだとはわかったのだけれど、それだけで差出人を特定できるほど特徴はなかった。学校で使っていなくても、塾や自学用、あるいは家族が使っているかもしれない。むしろ一番使われているメーカーのルーズリーフではないかしら。

 当然、千代子は激高した。怒りにワナワナ震えて、手紙にしわができてしまったくらいだもの。

 千代子はわめいた。私にこんなもの送りつけたのは誰、と。クラスの中から外からわらわら野次馬が湧いてきた。悲鳴と罵声と野次が飛び交った。

 近くに寄ってきた女子たちのほとんどはひどい、とか許せない、とかカタキとろう、と言って怒っていた。でも、何人かは特定の方向に怪訝な視線を投げかけてね。

 遠巻きに見ていた奴らは笑い飛ばした。キョーハクジョーじゃーん、ウケルー、などとね。あげくの果てには運動会中止でいいじゃん、などと言い出したり。安っぽいサスペンスドラマのように見えたのかしら。一部のバカがはやし立てた。

 この状況に一番怒りを感じたのはきっと実咲だった。『うるさい!』と一喝したことで、わけのわからない興奮状態だけは収まった。

 代わりに始まったのは、男女での罵り合いだった。

 働かない、文句ばっかり、いちいちうるさい、ふざけてばかりじゃん、所詮なれ合いごっこだろ、何優等生ぶってるんだ、そっちこそやることちゃんとやれよ……。男女の亀裂が入って、積もり積もった鬱憤を晴らすようにお互いの悪口を叫んでいた。特に集中砲火を浴びたのは千代子。目立ちたがりだのうざいだの散々言われて、彼女自身も言い返すものだから聞くに堪えない言葉が飛び交った。

 言い争いはエスカレートしていって、最終的にはみんな疑心暗鬼になっていて気に入らない人を犯人呼ばわりし出した。

 耐えられなかったのでしょうね、実咲は耳を塞ぎながら涙をこぼしてD組を飛び出していってしまった。それをいち早く追いかけていったのが篠田さん。

 さすがにみんなが我に返って、ここぞってときに団長だからってまとめようとしたんだろうね、鶴岡。

『自分だけかもしれないけれど、もし、もしもこの中にこんな手紙を山口に送りつけて、昆野を泣かせた奴がいるんだとしたら、犯人は誰なのかを明らかにしたい。

 この中に運動会を中止しろなんて思っている人と一緒に運動会を迎えたくはないし、団結なんてできっこないと思う。まだ合唱コンクールもあるし、卒業まで半年も同じクラスで過ごす以上、お互い疑心暗鬼のままいるなんてよくない。こんなことをした人がいるなら、きちんと反省してもらいたい』だってさ。

 その直後に犯人として名前が挙がったのがあたし」

 大林先輩はあまりにもあっさりといいのけて、静かに息をつくと、隣の篠田先輩をちらりと見た。

「だいたい、そんな感じ、です。でも……」

 そう答える篠田先輩の膝は、ガクガクと小刻みに震えていた。

 篠田先輩の口調からして、大林先輩が俺たちに話を聞いてもらいたかった理由からして、研究部にとってはここからが本題になる。

 どうして大林先輩が疑われてしまったのだろうか。

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